第4章 東から西へ――リオコの旅
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がらがら、がらがらと規則的な車輪の音が響く。
太陽はすっかり昇りきって、もう少しで真上に来るくらいだ。さすがに暑くて、ついているカーテンで窓を半分隠した。
『お加減は大丈夫ですか? リオコさま』
目の前に座るラクエルが、手を握って聞いてくる。平気だと、首を振ってみせた。
ラクエルの横で、お風呂のときについて来てくれた侍女のシエナが、安心したように微笑む。
初めて乗る馬車(らしきもの)は、小さな箱型の乗り物に大きな車輪が四つついて、コマと呼ばれる大型の動物が二頭で引っぱる。
マフォーランドでは、このコマが大体の乗り物らしくて、わたしがタクと初めて会ったときに驚いたのも、この動物。頭がすごく大きくてごつごつしていて、ずんぐりした毛の長い牛と馬の間くらいな感じ。牛も馬も実物は見たことないけど。
つまり、この乗り物は〝馬車〟ではなくて〝コマ車〟というところ。乗り心地はまあまあ――道路も舗装されていないから振動が響くのは仕方ない。内張りのふかふかクッションがなかったら、正直お尻が痛くなってしまいそうだ。
問題はこの揺れ。自慢じゃないけど、わたしは車酔いしやすい。
胃には今朝つまんだ果物しか入ってなかったけど、少しでも気を逸らそうと、上下にスライドする窓を少し開けて外気を入れた。埃っぽく、乾いた熱い風が髪を揺らす。
イェドは〝乾都(けんと)〟と呼ばれるほど、荒涼とした地方だ。もともとは豊かな森と平野の広がる東の要だったらしいけど、世界が乾いて事情が変わってしまった。
変わらないのは――ひとつだけ。
『ほら、リオコさま。見えて参りましたよ』
「ほんと?」
天を突く巨大な山。聖山フージャイ。マフォーランド一の高さを誇る山だ。
観光名所にすればいいのにと思うけど、この国の人はそういうことにあまり興味がないみたい。
フージャイは活火山で、だからお城でも温泉に入れるような贅沢ができるわけだけど、危険といえば危険。常に魔法士が監視して噴火や地震予測を立てて警戒しているらしいけれど、なにぶん相手は自然だ。触らぬ神に祟りなし、とばかりに、みんなあまり近付こうとはしない。
それでも美しい山だ。城でもその姿は仰げたのに、近くで見ると荒々しい気品すら漂う。
山裾を大きく広げ、青空を裂いて伸びる三角錐のシルエット。淡い翠色に見えるそれは、光の加減で、銀粉をまぶしたように煌めいている。
火山だけあって、もっと近付くと岩と灰と溶岩でとても美しい姿とはいえないみたいだけど、人の手では到底成しえない自然の偉大さには、素直に畏敬の念を感じた。
――タキ=アマグフォーラも、こんな感じなのかな……。
最終目的地と教えられた南の聖地に思いを馳せる。
だけど思ったところで、どうしようもないのだ。
――わたしは、水門の鍵をもつ乙女じゃないんだから。
実は出発する前、わたしたちの元に驚くような報せが飛び込んできた。
なんと、異界の渡り人がもうひとり現われたのだという。
タクとラクエルは、最初そのことをわたしに告げるつもりはなかったみたいだけど、
『いずれ天都で顔を会わせるのだろう。知っておいたほうがいい』
とアルマン王子に諭されたらしく、しぶしぶ教えてくれた。
わたしと同じ日同じ夜、別の場所に異界から女の子が現われたのだそうだ。しかもそれはアクィナスの地で、彼女はすでに意思の疎通を可能にする〝魔法話の指環〟を手にしているのだと。
――そんな……。
わたしがどうしても手に入れたいと願うものを、別の子が持っている――もう一人同じような境遇の子がいることよりも、そのことのほうがショックだった。
――わたしもタクやラクエルと普通に会話したいのに……。
たぶん、この感情は嫉妬だ。叶えられることのない望みへの。
ただ、そのことを教えてくれたとき、ラクエルは不思議な表情で付け加えた。
『異例の事態に、王はどちらかが偽者ではないかと疑っています。もちろんリオコさまが本物の渡り人であることはわれわれが証明しますから、問題はないのです。ただ……』
言い差し、ふっと眉を曇らせる。
『あのアクィナスが偽者を仕立てるなどとは考えにくく、われわれとしても混乱しています』
どうやらラクエルは、その人のことを知っているようだ。
『彼は大変優れた魔法士です。わたしなど足元にも及ばないほど……そして、非常に冷静で理性的な人物でもあります。あまり敵に回したい人物ではありません。渡り人には因縁のある家柄ではありますが……。
リオコ様をお守りする覚悟はできていますが、指環のことを考えると、交渉は難航するかもしれません』
そう伝え、それでも女性魔法士は、姉のようないつもの笑顔をみせた。
『これは、万が一に考えられる事態をお伝えしたまでです。ご心配は要りません。アルマン王子の協力を取り付けておいて本当によかった。大丈夫、きっと上手くいきます』
力強くそう言われたけれど、心のしこりは晴れるどころか深まって。
もやもやした気持ちのまま、わたしはイェドの城を出たのだった。
――わたし、どうすればいいんだろう。
青空いっぱいを埋め尽くす山影に呼びかける。
アクィナスに現われた子は、きっと本当の水門の乙女なのだろう。だから指環も、彼女の手にあるんだ。
じゃあ、わたしはなに? ついでに呼ばれた? それとも間違って?
取り立てて何も優れたところのないわたしは、元いた世界でも重要な子じゃなかった。
一人っ子だから両親くらいは泣いてくれるだろうけど、いなくなってもただ淡々と日常は過ぎていっているんだと思う。それくらい、ちっぽけな存在。
山に問いかける。あるいは――どこかにいるかもしれない神様に。
――わたし、ここに居てもいいの……?
投げかけられた問いに、答える声はなかった。
慣れない文章を読んでいただき、ありがとうございます。
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