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終-7

7.手紙――真紀


------

 真紀ちゃんへ


 元気にしていますか?

 この手紙を読んだということは、本当のことを知ってしまったということだと思います。

 もう勘違いさせないように、はっきり書いておくね。

 わたしは二〇一九年十月十五日に、マフォーランドに来ました。だから真紀ちゃんとは、本当なら十才離れているのかな。なんだかすごく不思議な気分です。

 わたしもまだ信じられない気持ちでいっぱいで。だから、ずっとごまかしてきました……真紀ちゃんのことも、自分のことも。ごめんなさい。

 実はこのことをはっきり教えてくれたのは、わたしのママからの手紙なんだ。

 なんのことか分からないよね。順番を追います。


 最初におかしいと思ったのは、一緒に[まほら]でいろんな曲を歌ったときです。

 わたしのママが[Crys†allize]のファンだって言ったら、真紀ちゃんは「若いね」って驚いたでしょう? そのとき、あれ?と思ったの。だって二人は、わたしが幼稚園の頃からいたアイドルだから。

 違和感の自信がなくて、そのときすぐは聞き直せなかった。だけど気になって、あとでレインに聞いてみたの。「わたしたちは同じ世界、同じ時代から来てるの? レインなら分かるでしょう」って。

 そうしたら「個人情報だから言えないけど、疑う根拠があるなら心に留めておくといい。いつか必要になるから」って言われたんだ。

 はっきりとは言われなかったけど、それでちょっと疑いを持ったの。だけど今さら「何年から来たの?」なんて聞くタイミングを完全に逃してたし、そんな質問をすることでぎくしゃくするのも嫌だったし……って言い訳だよね。

 そのあと天都に帰って初めての会談が終わって、わたしだけ王様に呼び出されたでしょう? あのときにママからの手紙を渡されたの。

 鞄の底に隠してあって、解読したら信じられない内容だったから返すのをためらっていたんだって。だけど、わたしたちのことを知ってきっと乗り越えられると思ったって、そう言って返してくれたんだ。


 内容はね……すごく驚いた。涙が止まらなかったよ。

 わたしのパパとママは、全部知っていたんだよ。この意味分かる?

 十六歳になったわたしが十月十五日に異世界に飛ばされることや、そこで〝異界の乙女〟として聖地に行くこと。好きな人ができること、同じ年の女の子と友だちになること、全部。

 わたしがまだ小さい頃に一度だけ会ったカップルから話を聞いたって、その手紙には書いてあった。サギと疑うくらい、とんでもなく信じられない内容だったけど、その子がすごく真剣だったから、とりあえず忘れないようにメモをとったんだって。

 わたしが中学に入るくらいまでは、そのこともすっかり忘れていたみたい。でも頭の片隅では覚えていたんだろうね。メモの内容を思い出して、パパとママは何度もこのことについて話し合いをしたんだって。

 本当は、かなりぎりぎりまで迷ったみたい。だけど〝一生大事にしたいと思える相手に巡りあう機会はそうあることじゃない。自分が必要とし、相手に必要とされる場所に行くというなら、送り出そう〟――そう決めたんだって。

 だからね、わたしはもう両親にお別れを言う必要はないの。逢いたいし、いろんな話をしたいけど、お互いが大丈夫だってもう分かっているから。

 今まで黙っててごめん。勝手に決めてごめん。本当にごめんなさい。

 でも真紀ちゃんが大好きだから、言えなかったんだよ。どうしても言えなかった。


 あのね、最初に逢ったとき「一緒に帰ろう」って言ってくれたこと覚えてる? あのとき、すっごく嬉しかったんだよ。泣きそうなくらい嬉しかったの。

 だから、帰るんなら一緒だって信じてた。もし一緒に帰ったら、二人で行きたいお店がいっぱいあったんだよ。だけど、わたしたちは〝一緒に〟は、帰れない。来た時間が違うから。

 わたしのほうの扉が開かないってことが問題だったわけじゃない。レインは、真紀ちゃんの時代からわたしのいたところへ飛べばいいって簡単に言ってたけど、そういう問題でもないんだよね。

 だって帰ったら、わたしたちは絶対にもう二度と逢えなくなる。

 ……すごく悩んだよ。悩んだけど、帰っても帰らなくても離れ離れになるんなら、わたしはマフォーランドに残ろうと思ったの。真紀ちゃんもタクも失うなんて、耐えられなかった。

 弱いのは分かってる。今も、真紀ちゃんに全部打ち明けてこっちに残ろうって説得すればよかったと後悔してるよ。だけど、真紀ちゃんの家族はきっと心配してるよね。突然行方不明になったんだもん、警察にだって行ってるかもしれない。

 真紀ちゃんが悩んでたの知ってたのに、相談に乗れなくてごめんね? でも真紀ちゃんなら、帰るって言うんじゃないかと思ってたんだ。それを後押しする勇気はわたしにはないから。

 だから、最後は笑顔で見送るね。それくらいしか、わたしにはできそうにないです。

 本当に本当にごめんなさい。全部わたしの弱さがいけないんだと思います。


 ルイスは一緒にそっちに行ってるのかな? このことを知った真紀ちゃんが、つらい思いをしていないことだけを祈ります。

 真紀ちゃん。もしそっちで子どものわたしに逢うことがあったら、年はぜんぜん離れてるけど、よかったら友だちになってくれますか?

 きっと子どもでよく分かっていないと思うけど、わたしがわたしでいる以上、絶対に真紀ちゃんと友だちになりたいと思うから。もしよかったら、お願いします。


 最後に。

 真紀ちゃん、本当に本当にいろいろありがとう。真紀ちゃんと友だちになれたことは、わたしの一生の最高のプレゼントです。

 ありがとう。ほかに言葉は見つからないけど、いっぱいいっぱい感謝しています。いくら感謝をしても足りないけど、真紀ちゃんからもらったたくさんの言葉や元気、一緒に過ごした時間は、これからもずっとわたしの心の支えです。

 真紀ちゃんのこと絶対ぜったい忘れないから、真紀ちゃんも少しでいいから、わたしのこと覚えていてね?

 大好きだよ。


    高遠理緒子

------


 敬語と口語交じりの文章を、半分泣きながら読んだ。ルイスにも分かるように音読したのだけど、声が潤みすぎてきちんと伝わったか自信がない。

 これでやっと分かった。理緒子がなにを考えてなにを悩んでいたのか。干支の話やその他いくつか感じた些細な違和感の理由も。そして――。


『――ねえ……真紀ちゃん。わたしたち、向こうの世界で出会っても友だちになれたかな?』


 あの問いかけの意味も。

 あたしは、それになんて答えた?

――理緒子……。

 号泣するあたしの手から、兄が手紙を取り上げる。

「ええ娘さんじゃないか。のう」

「にーちゃん、あたし理緒子にひどいこと言った……」

 喉をひくつかせながら、懸命にしゃべる。

「あたし、向こうの世界以外で逢ってたらきっと友だちになれなかったと思うって……言っちゃった、よお」

「別に意地悪で言ったわけじゃなかろうが」

「うん。だけど」

「確かにおまえの答え方次第で、その子はそのとき本当のことをしゃべろうとしたんかもしれん。じゃけど、それは過ぎたことよ。おまえはいっつも過ぎたことを気にしすぎじゃ。

 その子はそれも全部踏まえたうえで、この手紙を書いたんじゃないんか。こんなふうに書いてくれる子なら分かってくれとるじゃろうよ。友だち信じぃや」

 うん、と頷いてあたしはティッシュで涙をぬぐった。すでに兄の部屋のゴミ箱とティッシュを引き寄せて専有している。

「うん、理緒子なら大丈夫、と思う」

「ま、おまえの友だちいう段階で、わしは慙愧の念に耐えんけどな」

「なんでよ」

「胸に手を当ててよう考えてみい。あほなおまえの面倒をみるのがどれほど大変か、同じ苦労を味わう兄としては頭百遍下げても足りんわ。お世話になったんじゃろ?」

 はい、そのとおりです。相談もしたし愚痴も聞いてもらったし、料理もしてもらったしお裁縫も習ったし。

 足を向けて寝れないのだが、困ったことに異世界の方角が分からないときた。

「ほいで、これからどうするんや?」

「携帯は通じそう?」

「お・ま・え・は・あ・ほ・か。未来じゃ、ゆーとるじゃないか。電話機能もメールもネットも却下!」

 もうひとつの封筒の表書きを眺める。そこには住所と、両親の名前なのか〝高遠将行・理奈さま〟とあった。理緒子は郵送でいいと言っていたけど怪しすぎて捨てられてしまうのも嫌だ。

「……ルイスは、この子の分の王様の親書とか持って来とるんじゃないんか?」

「ああ、こちらで渡した物と同じ物を用意してある。やはり十年後にお渡しするほうがいいのかな?」

「娘さんを異世界に送り出すことを決めた親御さんにか? それもなんかなあ……売り渡したわけじゃないけどが、交換するみたいであんまりいい気持ちはせんじゃろうな」

「じゃあ持って帰るか……」

「ルイスはいつ帰るんよ? 砂、三分の一以上なくなっとるよな?」

「おそらく明後日の朝方くらいになるのではないかと思う」

「ほうか……」

 いつの間にかルイスが兄とタメ口になっている。今日のデートで仲良くなったのかと思えば、腹立ちついでに少し元気が出てきた。

 兄の手から理緒子の携帯を取り上げ、おそるおそる指を滑らす。フォルダに仕舞われた何枚もの鮮やかな写真が、彼女のいた温もりを残していた。意外に手に馴染むものだと、手帳サイズの携帯をくるくる返して眺めて気がついた。

 充電器用の穴がない。ACアダプタ用のプラグが嵌まる場所が隠れているのかと角を指でつつく。

「にーちゃんや。これ、どうやって充電したん?」

「あ、気がついてくれた? 聞きたい、聞きたい?」

 途端に目をきらきらさせて問う兄。うざい気持ちを抑えて、今回の主役を立てる。

「うん、聞きたい。教えて」

「これなあ、裏側に隠れとるんよ。じゃけど普通のACアダプタじゃ合わんの」

 裏を返し片隅をぱかりと開けると、1センチ×5ミリほどの縦長の穴が現われる。

「わしも考えたわ。こがなものは見たことがない。見たことはないが、なんとなく嵌まりそうな予感がしてUSBケーブルを差してみたわけよ。そしたらばっちり……イケるんじゃない?」

 ぱしりと手を叩いて、指を突きつける。

「USBが嵌まるんならパソコンにも繋がる。パソコンに繋がるんなら、携帯は死んだままでもデータはとれるかもしれん。ゆーわけで、繋いだら甦ったわ。もうわし天才!」

「すごい、にーちゃんほんと天才!」

「褒めときんさい。褒めて崇めたてまつっとけ、妹よ!」

 キャラがおかしな方向に行ったが、とりあえず手を叩いて褒めちぎる。

「で、にーちゃんや」

「お兄様と呼べ」

「お兄様や。その作業は夕飯に出掛ける前の数分でできるようには思えないんですけど、これいかに?」

 兄が気まずそうに天井を見、ぽりぽりと指で鼻の頭をかいた。

「まあ……わしもな? こがいに未知なるものを前にすると科学者の卵の血が騒ぐというか、探究心が抑えられんというかな? 目の前の山に登らんでどうするみたいなな?」

「……やっぱり昼のうちにケータイの充電は終わっていたんだな」

 ルイスの突っ込みとあたしの冷ややかな視線をもともせず、兄が言い訳を重ねる。

「一応大事な妹から託されたものじゃし? できる範囲で安全なことを確かめておかんといけんじゃないか」

「つまり昼の間ルイスをほって、ずっと携帯調べとったと。そーゆーわけ?」

「いやあ、この携帯、意外に電気くうんよ。驚いたわ~」

「それで夕方に電池切れなんか!」

「突然真っ暗になったけんね、もうびっくりよ。復活して良かったわー」

 充電をさぼっていた罪は払拭されたけど、なんとなくすっきりしない。友だちの携帯の中身を見たことを怒りたいのに、見ないと分からなかった事実があるから余計にもやもやした。

「なんかもう、プラマイゼロだわ。さっき怒って悪かったけど、今すんごい褒めたから相殺ね」

「もうちょっと褒めとこうや。わし、結構がんばったんよ?」

「うん、でもにーちゃんより未来の技術が偉い気がする」

 ずばりと真実を突いて封筒を差し出す。

「とゆーわけで、もうイッコお願い。この住所までの行き方調べてよ」

「おまえのパソコンで調べぇよ」

「あたしのプリンタに繋がってないもん。さくさく調べて印刷してくれたら、それ持ってちょっと明日行ってくるわ。理緒子が書いてくれたから、たぶん今住んでるんと思うし」

「連絡はどうするんや?」

「携帯のアドレス帳は無事なんよね? もう遅いから明日の朝、駅からするよ。とりあえずダメ元で行ってみる」

「おまえ、元がダメじゃったらダメダメで?」

「ダメダメにならんように行くんだってば」

 言い返せば、ため息を吐いて兄がさっきの手紙と交換に封筒を奪った。インターネットの地図画面から住所を確認し、最寄り駅を見つけて印刷。路線情報に飛んで、乗換えと時間を確かめる。

「飛行機で行かんでいいんか?」

「飛行場に自信がないもん。それにいったん東京行って戻るんじゃろ?」

「時間的には飛行機が早いが……無難なほうがええか」

 JR路線に決め、金額と時間を見て唸る。広島から新横浜までで四時間四十分。うちから理緒子宅までだとざっくり五時間半はかかりそうだ。

「半日埋まるなあ」

「一泊して朝一で戻ってもええけど」

「ルイスが朝に帰るんなんら、ぎりぎりなことはしたくない。夜には戻るわ」

 兄がなんだかルイスと目で会話をしたが、すぐに逸れる。

「まあ……おまえらがそれでええならええわ」

「ありがとにーちゃん」

 もう寝るね、と時計を確認して手を振る。いつの間にか九時半だ。明日は六時前に起きないと間に合いそうにない。

 涙でがびがびになった頬を、えいっと気合いを入れて上向ける。

――理緒子……明日、会いに行くね。



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