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3-2


 朝食の間は、テラスに面したオープンな空間だった。

 敷いてあるテープルクロスは淡いコーラルピンクと生成りで、優しい感じ。テーブルも椅子も白。中央には、かわいらしい小さな白い花が生けてある。

 昨日も感じたけど、ルイスの家は絢爛豪華だが品が良い。飾り立てているわりに圧迫感がなくて、居心地はそんなに悪くなかった。お嬢様扱いは別として。

 少し開けてあるテラスの窓から、ひんやりとした朝の空気が流れ込んでくる。庭は芝を短く刈って広々として、木立の隙間からきらめく陽射しが少しずつ辺りに暖かさと色を与えていく。

――朝だなあ……。今、何時だろう。

 向かいに座るルイスは挨拶をしたきり、手にした紙の束に目を落として、白いカップに入った黒っぽい飲み物を口に運んでいる。

――仕事、かな。

 魔法使いの仕事はよく分からないが、今はなんとなく出勤前の会社員のようだ。

『よく眠れたか』

 紙の束を下ろさずに、ルイスが声をかけてくる。

『あ、はい。おかげさまでぐっすり』

『そうか、よかった』

 沈黙。

『あ……あの、昨日はすみませんでした。いろいろ失礼なこと言ったり、泣いたり倒れたり、その……迷惑かけて』

『……ああ』

『謝るなって言われましたけど、やっぱり気になるんで、きちんと謝っておきたいです。

 それに、まだお礼を言ってなかったので……泊めて頂いて、ありがとうございました。夕飯きちんと食べれなかったのが残念ですけど』

『いや』

 また沈黙。おや、ルイスはそんなに無口な人だったんだろうか。

『おはようございます、マキさま。お加減はいかがですか?』

 にこやかに香ばしいパン(に似たもの)の籠を持って、シグバルトがやってくる。

『あ、おはようございます。昨日はお世話になりました。もうすっかり元気です』

『それはようございました。こちらはパニといいまして、テム芋の粉を練って蒸し焼きにしたものでございます。お召し上がりになりますか?』

『お願いします。すごくいい匂いです。美味しそう』

『ベクのミルクから採ったクリームがこちら、アジュの実のジャムがこちらでございます。お好みでつけてお召し上がり下さい。お飲み物は何をお持ちいたしましょうか?』

『紅茶ってありますか?』

『お望みのものと同じかは存じあげませんが、若い女性にも飲みやすいお茶がございます。そちらをお持ちしましょう。温かいものでよろしいですか?』

『はい、お願いします』

 やっぱり長い前髪で目は見えなかったが、シグバルトは口元でにっこり笑って、あたしのお皿にパニをひとつ置き、ルイスにも給仕して籠を残して去っていった。

 ほんわりと湯気のたつパニは、クリームパンくらいの大きさで、色はややくすんだグレー。

 食欲をそそる色ではないが、手にとって、それが灰だと気がついた。指先ではじいて灰を落とすと、ナンによく似た白い生地が出てきた。焦げ目もついて香りがいい。

 ルイスを見ると、灰を簡単に皿に落とし、気にせず千切って食べている。

 何もつけずに一口食べて、なかなかいけると思った。もちもちした食感で、灰も入るが香ばしくて気にならない。

――でも、お茶欲しいな。

 喉が貼りつく感じがして、シグバルトが戻るのを待った。こんな時に、気付かなくてもいいルイスが気付いて呼びかける。

『口に合わないか?』

『いえ、美味しいんですけど、ちょっとお茶が欲しくて。待ってようかと』

 そこへミルテが、目にも鮮やかな蛍光ピンクの物体を透明な器に盛ってやってきた。

『火の鳥の実でございます』

『うえぇっ?!』

 素っ頓狂な声をあげたあたしを、ミルテとルイスが笑う。

『サヴォという植物の実だよ。見た目が奇抜だから、火の鳥の実と呼ばれているんだ』

『今が旬でございます。水気があって大変おいしゅうございますよ』

 皮ごと三日月形に切られたそれは、ど派手なピンクの果肉にゴマ粒ほどもない種がぱらり。緑の皮には棘のような角がたくさんついて、確かにかなり奇抜だ。

 添えられているスプーンで掬うと、果汁がじゅわっと溢れた。味は癖がなくて、やさしい甘さ。桃をもっと柔らかく水っぽくした感じだ。ルイスはフォークでざくざく食べている。

 渇いた喉が潤って、あたしは笑顔になった。

『美味しいです。ほんと、見た目と違って食べやすいですね』

『お気に召して頂けるとお持ちしたかいがございます。もっとお持ちしましょうか?』

『お代わり、いいんですか?』

『かしこまりました』

 ルイスがくすりと笑った。

『気に入ったようだな』

『果物好きなんです。ドリアン以外なら何でも食べれます』

 あたしの世界に君臨する果物の王様は、一度チャレンジしたが、甘いのに何ともいえない匂いがダメで諦めた。本当にヒドイ匂いだった。ビニールを三重にして即行成仏して頂いた。

『ドリアン?』

『匂いのキツい果物で……でも、基本的に食べ物に好き嫌いはないほうです』

『じゃあ、ここにもすぐに慣れる』

 励ますつもりで言ってくれたのだろうが、その一言で、あたしは現実に引き戻される。家に帰れないっていう、どうしようもない現実に。

 いつの間にかシグバルトが現われて、白いカップにこぽこぽとお茶を注いだ。

 ほのかに香る甘いお茶の匂い。ゆたかな湯気。少しスパイシーだ。

――ここは〝異国〟じゃない。〝異界〟なんだよね。

 一文字違いだが、えらい違いだ。あたしはしみじみ、そう思った。



ドリアン好きな方、すみません…。

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