21(後)-8
これで21章全部終わりです。な、長かった…。
8
二ヶ月後。浮いていたあたしたちも、ようやく周囲に馴染んできた。王妃様たちの前で歌ってしまったので言葉や文化が違うということが知れわたり、言葉がつたないことや習慣が分からないことをオープンにしてもいいのが助かる。
内宮にいるときはできるだけ指環を外し、マフォーランド語漬けになって言葉を覚えた。外に出るときだけ、安全のために指環をつける。ただし突然言葉が流暢になるのもまずいので、指環をするときはなるべく喋らないというのも鉄則だ。
その他の時間は、あたしはムジカートを弾いたり歌ったり。理緒子は料理がしたかったらしけど、さすが王室の台所に侍女は入れてもらえずに裁縫に熱中している。
支給品を自分の体に合わせて調整したり、端切れをもらって小物を作ったりと、かわいいことこのうえない。あたしも化粧ポーチをもらった。ファスナーもマジックテープもないのに、わりと何とでもなるものなのだと感心しきりだ。
たまにアルやツークス領主(いい加減帰ればいいのに)が冷やかしに来たりして、騒がしくもあったけれど、そんな感じで日常はすごく充実していた。問題は、タクとルイスになかなか会えないことだ。
特にルイスは[まほら]での調査と訓練がハードなのか、一週間に一度会えればいいほうだ。それも「顔が見たくなった」と突然やってきて、二~三時間喋って終わり。酷いときは、話している間に彼がうたた寝してしまうこともある。
――体、壊さなきゃいいんだけど。
会えないのも嫌だけど、倒れないか心配だ。オズも注意しているのに聞かないらしい。おかげで放浪癖のある魔法士長がいつになく王城にいて、アマラさんはご機嫌なんだけど。
――あたしにできることないのかな……。
自他共に認める不器用さんなので、手料理でもてなすなんてこともできない。考えに考えた末、あたしはいろいろと試行錯誤した結果を持って理緒子のところに相談にいった。
「どしたの」
「あのね、お守り作ろうと思って。作り方、教えてもらえる……?」
「別に本格的なやつじゃなくても、巾着みたいなのでいいんでしょ? 簡単だよ」
「うーん。だけど、なんだかこんな感じで」
作ってきたものを見せると、理緒子が微妙な顔をする。そうだよね、しわくちゃだからね。
「これ中身なに入れるつもり?」
「五円玉」
「……お守りでしょ?」
「他に思いつかないもん」
ご縁だし!金色だし!縁起良さそうだし!
「……まあ、いっか。五円玉だったらこの縫い方じゃ弱いから、これは却下。生地はある?」
「この青い布をアルノからもらったの。あと飾り紐と」
「いいかもね。じゃあ、それに型紙作ってあてようか」
「いきなり本番?!」
「波縫いできれば作れるから」
「玉結びできないんですけど」
「……」
ああっ、理緒子の目が冷たい。極寒です。
だって玉結びってね、こうくるくると針先に糸を絡めて、そのまま指先で押さえて下へ滑らして――。
「なんでそうなるの?」
ぐしゃっとなるか、まるっきりできないかのどちらかなんだよねー。あたしも謎だよ。
「左手の親指と人差し指をLにして、間に張った糸に針を下から上へくぐらせて……」
下から上っと。
「ちっが~う! なんで上から下なの」
「え、ちゃんと針で下に」
「針を下! 糸の下です! すでに第一歩目で間違いだからっ」
「あ、な~る」
「もう、小学校の家庭科で習ったでしょ?」
「できないから、糸を二、三回指で結んで」
「ありえないから。それないから!」
なんでだろう、日を追うごとに理緒子の突っ込みレベルがあがっていくよ。
なんて感心をしながら、あたしは針と糸相手に真剣勝負を続けた。慣れないポーズに、左手がひきつりそうになりながらも何度目かのくるくるを慎重にする。
「そのまま指を滑らせて……と。あ、できた!」
「できたじゃん。じゃ、まず袋縫いするから生地を外表に合わせて……」
あたしが玉結びと格闘している最中に、型紙作りと裁断までしてしまった理緒子先生の指示のままに、青い布を手に取った。お茶も飲まずにちくちく作業を続け、一時間後。
「できたっ!」
「おお、やればできる~!」
理緒子やシエナから拍手をもらう。シンプルな青一色の生地に白い飾り紐で蝶々結びしたそれは、いわゆるお守り袋とは少々違う仕上がりだ。中には薄い綿にくるんだ五円玉と〝健康長寿・交通安全・商売繁盛〟と書いた紙を入れる。
「交通安全?」
「天都と聖地の往復があるから」
「商売繁盛?」
「……お仕事がうまくいきますように」
「それ、まんま書いたほうがよくない?」
「いいの。あたしが念を籠めてるから大丈夫なのっ」
「ふぅーん。乙女だねえ」
我ながら、ちょっとだけそう思う。まさか好きな人にお守りあげるとか、そういうことをするタイプだとは自分で思ってなかったのに。
形の決まらない蝶々結びを整えるあたしの横で、理緒子が凝った肩をほぐすように腕を上げて伸びをした。
「あー、わたしもタクになにかあげようかなあ」
「クマさんあげてるじゃん」
しかも理緒子とお揃いの。ペア物って恥ずかしいけど、ほんの少し憧れるんだよね。
――もう一個作って、あたし持っちゃうかなあ?
「……真紀ちゃん、自分でもう一個同じの持とうとか思ってるでしょ?」
う。
「分かりやすすぎ。でも、ちょっとだけ羨ましいかも。ベアは既製品だもん。手作りを身に着けてもらうって、いいよね」
「持って、くれるかな?」
「たぶん肌身離さずって感じと思うけど?」
「た、タクだって、ずっとクマさんぶら下げっぱなしじゃん!」
『大事な人からの約束の品だ』と、タクは理緒子につけてもらったテディ・ベアを未だに剣帯に提げていて、近衛隊の部下と王城の騎士たちにはすごく御加護のあるお守りだと思われているようなのだ。ひそかにバッタもんみたいなテディ・ベアが流行の兆しを見せつつあるとは、シエナが仕入れてきた話。
「お守りってさ、中身がなんでもその人が特別だと思うことに意味があると思うの」
理緒子がぽつんと言い出す。
「だからね、真紀ちゃんの作ったお守りは、きっとルイスの特別になると思うよ?」
「だと、いいけど」
少しいびつな青い小袋を胸に当てる。服の下には、ルイスからもらった金の飾りをネックレスにして身につけていた。飾りが重いので、ロザリオ風にビーズを足して少し長めに仕立てたそれは、不安なときや考え事をするときには必ず手で触れるのが癖になっていた。
あたしがこのネックレスに守られていると感じるように、ルイスもこのお守りが心の支えになってくれますように。
小さな袋に溢れるくらいの想いを詰め込もうと、あたしは目を閉じた。
それから数日後、ルイスの仕事がこれまで以上に忙しくなり、会う時間はついに分単位になってしまった。仕方なくお守りは、ミミズの行列のような字の手紙と一緒に[まほら]に送る荷物の中に入れてもらうことにする。手渡しがよかったけれど、タイミングが上手く掴めなかったのだ。
『元気だしなよ、真紀ちゃん。もうちょっとで一段落するから、そしたら時間が空くって言ってたじゃん』
『そうなんだけど』
足りない。五分や十分じゃ、お茶淹れる暇もない。そのあともずっと会議続き(話が専門的すぎて、もうあたしたちが参加できるレベルじゃなくなった)で、挨拶もなくまた聖地にトンボ返りだ。
これじゃ全然付き合ってるって感じがしない。いい加減、空元気の在庫も尽きてきた。
『あたしのわがままだって分かってるんだけど』
『会いたいって思うのは別にわがままじゃないよ。いいじゃん、タクに愚痴っちゃえ』
廊下を歩きながら、小声で理緒子が話しかける。その手にしているのは、タクにあげるクッキーとカステラもどき。チェック柄の端切れでかわいらしくラッピングしてある。
実は要望を出し続けていたら、王后様から厨房の一画を使う許可が出たのだ。『わたくしの分も作ってくださるのなら、喜んでお貸しいたしますわ』なんて言って下さるのが心憎い。
他の侍女たちも巻き込んで作ったその残りを、現在タクのいる離宮に届ける最中というわけだ。
二人のらぶらぶを邪魔するのは気が引けるんだけど、タクとはしばらくちゃんと話してないから、理緒子の心遣いは正直嬉しかった。けど、ここにもう一人いたら、なんて考えてしまう自分が寂しい。
ふう、と何度目かのため息を、侍女服の裾をさばく足元に散らす。ふいにそのとき、どこからか怒鳴り声が聞こえた。
『――食材が逃げたぞ!』
なんてこった。しかも食材て、ベクとかだったら驚きだ。肩に乗っているパンを見上げる。
『パン、探しに行ってみる?』
《……いやいや、それに食べられるとかごめんだから》
『牛とか走ってきたら驚きだよね』
《牛一頭生きたまま仕入れるってどうなの。ってか、気付け》
『まさかカケロ飛んでくるとか?』
《飛ばない。あれは家禽化されて羽が退化してるから、むしろ飛べない。って、いい加減気付け!》
『――――レイン?』
なんかうるさいと思ったら、どこからか聞こえる皮肉調の少年の声。
右腕を見ても定着しきった鍵は発動している様子はなく、きらりとも光らない。理緒子と二人できょろきょろと辺りを見回す。
《おーい、ここだって。おーい!》
いつも思うけど、こういうとき〝ここ〟って言われても絶対分かんないよね。
《足元だって! ほら、ここ!》
『足元?』
目線を下げれば、柄物の豪華な絨毯の上に、ちんまりと大福サイズの丸い物体がひとつ。白と茶色のもこもこしたそれから突き出たつまようじみたいな手が、左右に揺れて主張している。
『レイン??』
『……つか、なんでネウロ?』
興味を示したパンが飛び降りそうになったので、慌てて抱き止める。小動物がびくりと身を震わせた。
《ちょ、ちょっとしっかり持っててよ、そいつ。このまま頭から丸かじりとか勘弁だから!》
『ほんとにレインなの?』
《僕の意識の一部をこのネウロに同調させて操っている。簡易の媒体だ》
その言い方は、まぎれもなくレインだ。
『鍵、発動させなくても来れるんだね』
《僕はこの星全体を常に監視している状態なんだから、来る来ないという表現が違うの》
『こんなことできるんだったら、あのときもルイスを媒体にしなくてもよかったのに』
《あのときは姿を現わしたほうが効果的だったでしょう? それにそこのミヤウを媒体に使おうと思ったら、精神力が強くて弾かれたんだ。意識を乗っ取るのには、このくらいのレベルじゃないと無理だね》
両手を挙げて、やれやれと首を振るレイン。その恰好はまんまるもこもこのモルモットだ。
――なにこれめっちゃ癒し系。
絶世の美少年よりこっちのほうがいいと思うのは、癒しが足りてないってことだろうか。
『なんで突然来たの?』
《だから〝来た〟という表現が違うって……まあいいや。実は、二人に知らせたいことがあったんだ。早いほうがいいだろうと思ってね》
『ルイスは?』
《寝てる。っていうか、半強制的に眠らせた。あいつ限度を知らないから》
『そう、良かった』
[まほら]内は高級ホテル並みの施設が整っているから、安心だ。理緒子が腰を屈めてレインを覗き込む。
『それで、知らせたいことってなんなの?』
《ああ、扉が開いたんだ》
『へー……え??』
『はああああっ?! 扉が開いた???』
《そう。なんていうの、約二ヶ月半で成功してしまう僕って、やっぱり神?》
えっへんと腰に手を当て、胸を張ってレインが威張る。少年バージョンだったらまだしも、今はネウロだ。毛もじゃの大福餅が鏡餅サイズに伸びた感じしかしない。
――むしろ、ずっとこの恰好でいーんじゃないかな。
ちらりとそんな考えがよぎったのは脇に置いておいて。
『開いたって、どの程度? 向こうとお話できるとか?』
《そんな中途半端なこと、僕がすると思う?》
モルモットの顔ににやりと浮かぶ不敵な微笑。
『え。じゃあ、まさかほんとに……?』
《ああ、帰れるよ。君たちの世界に》
次は「終章 未来――二人の絆」です。現代に戻ります!