21(前)-8
ややシリアスです。話の展開上、ややデリケートな問題に触れていますが、私見であることをご了承ください。不快になられましたらお詫び申し上げます。
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結局、手術ロボットは一度も緊急停止することなく終了を迎えた。自制心が強すぎるのってつまんない。さすがに手術が失敗するのもまずいから、遠慮したせいだと自分を慰めてみる。
タクの手術終了後、計ったようにルイスの訓練も終わり、あたしたちはみんなで食事をいただいた。メインステージの一画に隠れていた会議用の広いテーブルと椅子を出し、調理室に通じている配膳用のボックスから鍋や皿を運び入れる。
久々のカレーは、辛さほどほどのベーシックな洋食風だ。鍋で炊いた白いご飯も新鮮な生野菜のサラダも、野菜の切れ端で作ったコンソメスープもすごく懐かしい。
欲を言うなら、本当はカレーよりもお好み焼きが食べたかった。たこ焼きでもいい。あの甘辛いソース味が恋しかったのだけど、関東圏の理緒子には、いまいちあたしのソース愛がぴんとこなかったらしい。で、カレー。
術後のタクは右手が使えないから、先割れスプーンで間に合うこのメニューがよかったかもしれない。完全に理緒子が嫁に見える。味も非の打ち所がない。
――むしろ、あたしが嫁に欲しいよ。
ルイスもタクも、どれも初めての味のはずなのに完食していた。考えてみれば元は日本人。味覚は似ていて当然かもしれない。
『ごちそうさまでした』
四人で揃って手を合わせる。あんまり気にしてなかったけど、このへんの風習は残ってるんだな。カレーとかお好み焼きがないのが不満だけど。
協力して片づけを済ませ、あたしたちはようやく肝心な話し合いに入った。
『では、この現状を王にどう説明するかという問題だが』
腕を組み、この旅の指揮を任されているというルイスが言い出す。無条件に全部話すことが前提でないのが正直嬉しかった。まあ話したところで、実物を見ないことには到底信じてもらえる内容ではない。
『まず君たちの意見が聞きたい。二人はどうしたい?』
いつものように手を握り、理緒子の左に座ったあたしは黙って彼女と目を合わせた。つぶらなコーヒーブラウンの瞳。最初はすがるように見てきたその両方は、今は凛とした意志を窺わせている。
あたしの瞳はどうなのだろう。今どんな表情を纏っているんだろう。
理緒子から目を外し、ぐっと瞼を閉じた。そして開ける。
『前も言ったけど、この[まほら]はマフォーランドの人たちのものだよ。だから真実は隠すべきじゃないと思う。だけど……全部を告げることがいいとも思わない』
はっと理緒子が息を呑む音が聞こえた。反対なんだろうか。構わず続ける。
『マフォーランドの人を尊重するなら、同時にこの[まほら]を眠らせることを選択した人の意志も尊重するべきだと思うんだ、矛盾してるけど。文明は便利だけど、でもそのせいでひとつの星の何十億って人が不幸になったの。この星の人たちには、同じ道を選んで欲しくない』
『リオコはどう思う?』
『正直わたしには〝鍵〟は重いなあって思う。普通の女の子に戻りたい。でも、ね』
想いを落ち着かせるように一呼吸置き、よどみなく理緒子が言葉を続けた。
『使用者を書き換えたり、[まほら]のことを公表するのは反対。それだったら、どんなに重くてもわたしが最後まで持ちつづけたい』
『聖女ユリアのように? 次の乙女が来るまで、また隠すのか?』
『それだけど。次の乙女は、もう来させないようにしたいの』
『来させない?』
『そう。――レイン。扉はこちら側からは開けないって言ったけど、開けなくても壊すことはできるんじゃない?』
それまで姿を消していた光の少年が、テーブルの傍らに輝きと共に現われた。
《できないとは断言しない。二人が望めば、可能な手段で実行に移すよ》
『しかしそれでは――』
『ああ。百五十年後ミィカが機能を停止し、この国は乾いて飢えるだろう』
顔色を変えたタクとは対照的に、ルイスは落ち着いた声でそう続けた。その冷静さに、慌てたように理緒子が片手を振る。
『べつに、この世界が乾けばいいと思ってるわけじゃないの。ただ、もうわたしたちみたいな人は来るべきじゃないと思って』
『それではなおさら鍵を手放すべきではないのか?』
畳みかけられた問いに、理緒子が黙った。
『マキ、君は鍵をどうしたい?』
『マフォーランド人に渡すべきだとは思う。でも悪用される可能性が少しでもあるなら、死ぬまで渡さない。タクはどう思う?』
『二人の意見を尊重したいが、この文明は俺たちの世界を救う。活用すれば多くの人命が助かるものを隠しておく理由はない』
『真っ黒になった地球を見たでしょう?』
『ああ。だが同じ道を通るとも限らない。俺は剣を遣う。剣は人を殺す道具だ。しかし、それはあくまで人を救うために揮うものだ。人の命を奪うのは、剣ではない。それを使う人間だ。この[まほら]の文明も同じではないのか?』
『じゃあ、もしタクに子どもが生まれて、たまたまその子がふざけてタクの剣を抜いたら? 悪気はなくてもそれで誰かを傷つけたり、間違って自分を殺すことになってしまったら?
タクはそこに剣を置いておいた自分を責めるでしょう。そこに剣がなかったらって思わない? それと一緒だよ。物は物だけど、誰かを傷つけるために生み出されたものでなくても、強い力をもつものは危険なんだよ。持つ持たないを選べるなら、危険なものは持つべきじゃない』
『それを言うなら、この肉体ですら危険だ。拳や足や――私自身のこの力も』
ルイスの反論にあたしは凍りついた。魔法という存在をすっかり忘れて、似たような文明と頭から思いこんでいた。ここは〝異世界〟。合わない常識なんて、いくらでもある。
それでも、納得してしまうわけにはいかない。
あたしはヘッドセットをつけ、スクリーンにPVではなく過去の記録映像を映した。白黒で画質も荒いけど、ありのままの事実は口で言うより説得力がある。
大画面に映したのは、天高く昇るキノコ雲。そして、焦土というより何もなくなった大地と人の姿を留めない遺体の山だ。画面右下に刻まれた日付は、1945/08/06。
『これ、あたしがいた街の写真。絵じゃなくて、本物の景色を記録として残したものだよ。六十五年前、あたしたちの国は他の国と戦争をして、この爆弾が落とされた。もちろん戦争したことも悪いけど、この爆弾ひとつで十四万人の人が亡くなったの。
ねえタク。たったひとつの攻撃で十四万人を殺してその土地を根こそぎ破壊するものが、本当に誰かを守るものになると思う?』
『……』
『しかもこの兵器は、そのあと人も大地も水も空気も蝕むの。直接攻撃を浴びなくても、後でその場所に行ったり汚染されたものを食べたり……風や雨で遠くへ運ばれたりもする。内側と外側からみんなを病気にしていくの。ルイス。そんな魔法って、この世界にある?』
『ない……な。少なくとも私の知る限りでは』
『これが、あたしが反対する理由だよ。この兵器は、人間の智慧と力で自然にはない力を生み出した結果なの。二の舞は、ぜったいにイヤだ』
『だが、これほどまでのものなら、逆に知っておくべきではないのか? われわれが君たちの血脈を引くのであれば、[まほら]の知識を経なくとも、いずれこの兵器の開発に辿り着くかもしれない。そのとき、この事実を知っていれば回避しようという気運も生まれるだろう。そのほうが大切なのではないか?』
『でも……!』
声をあげたのは理緒子だった。
『でも、見たでしょう? この歴史を知ってても、地球は真っ黒になったんだよ?』
『君たちの時代から二千年もの未来に、だ。われわれの歴史よりも長い時間、君たちは高度な文明を保ち続けた。それは充分素晴らしいことだとは思わないのか?』
『思えないよ。未来のことは分からないけど、それでも人はこの道を選んだ。マフォーランドがこうならないって保障はどこにあるの?』
『保障はできない。私たちを信じてもらうほかは、何もない』
『ルイスは……どうしたいと思うの?』
『個人的な意見を言うならば、今すぐにでもこの[まほら]を破壊して、君たちを鍵から解放したい』
思ってもみない発言に、あたしと理緒子は言葉の真意を探るように、向かいの席のルイスを見つめた。タクもレインも驚いている。腕を組んだまま、冗談ひとつ浮かべずに旅の指揮を任せられた男が続けた。
『君たちが神にも匹敵する智慧と力の結晶である彼を左右できる存在であることが知られると、これ以上ないほど命の危険に晒される。それは避けたい』
『だが、ルイス。どうやってこの[まほら]を壊す気だ?』
『[まほら]は使用者の意志に逆らえない。ならば、彼女たちが命じれば自壊するような機構が組まれているのだと思う。違うか?』
ルイスの問いかけに、レインは微笑しただけだった。が、肯定なのだと察する。この[まほら]が地球外生命体に乗っ取られることを恐れていた開拓者たちは、きっと膨大なデータや自律して動くロボットも含めた完全な自爆装置を備えつけたに違いない。
重ねている手の内側に、じっとりと熱がこもる。理緒子が尋ねた。
『扉は? 開けるって言ってなかった?』
『それはできるだけ手短に済ませるよう努力する』
――手短て。
言葉の選び方がおかしい。絶対に言いたいことだけ言って扉壊す気なんだ、こいつは。言いたいことの中身も、あまり深く考えたくない感じだよ。
これまでほぼ傍観者に徹していたレインが、ふっと鼻で笑った。
《そんな簡単な作業じゃないよ、悪いけど》
『扉に関する責任はあなたにある。できるまでここに泊り込んでもいいが』
おいおい。
《さあて……一年かかるか、十年かかるか》
『わりと仕事が遅いのだな』
《悔しかったら、僕をしのぐ力をつけたまえ。そうすれば、いつでもこの席は譲ってあげよう》
いや、さすがにルイスがそこまで人間超えるのは勘弁なんだけども。
犬猿の仲という表現がぴったりな二人をタクがなだめ、本題に戻す。
『確かに[まほら]を壊せば扉も壊れるだろうし、二人が懸念している問題も消える。しかし俺は、この国の騎士だ。苦しむ人たちを救う手段が目の前にあるのに、みすみす見逃すわけにはいかない』
『そう、問題はそこだ』
ルイスが大きく息を吐き出し、ほろ苦い微笑を浮かべた。
『天都人として言うなら、この[まほら]を厳重な監視下においたうえで王にすべてを報告せざるを得ない』
『だけど!』
『まあ待て。だが魔法士として――さらにマーレインであるものの立場で言わせてもらうと、この[まほら]、特にミィカの存在は非常に危ういように見える。人の手で容易に扱えるものではない』
『どういうことだ?』
『ミィカは気候を変える。が、この星を包む大気・熱・水の量を変えるわけではない。つまり一部を改変すれば、かならず別の場所で破綻が起きる。それは、なにがしか人の予測を超えた現象を引き起こすこともあり得るということだ』
『それって……たとえば、今雨が降っている代わりに他の場所がカラカラになってるかもしれないってこと?』
あたしの問いに、ルイスは子どもみたいな質問で返した。
『マキ、雨はどこから来ると思う?』
『雲? 雨雲だよね。地上の水が蒸発して雲になる』
『じゃあ、その雲はどうやって移動する?』
『風に運ばれる……?』
『そう。風は大気の循環だ。大気の循環とは熱の移動。つまりミィカは、表向きは〝雨〟を操っているように見えるが、実際には〝熱〟を操っているんだ』
《――マフォーランド人がそこを理解するとは思わなかったよ》
皮肉なレインの言葉がなによりの裏づけだった。青い瞳が睨むように光の少年を見やる。
『魔法士がこれを分からないでどうする。〝水門〟が実在すれば、この星の気候に混乱をきたすだろうとは常々予想されていたことだ』
『しかし、雨が降らなければ人々は……』
『すべてが飢えて死ぬわけではない。どんなに少なくとも、生き延びるものは必ずいるだろう。冷たいようだが、天災とはそういうものだ。皆で助け合っていくほかない』
ふと、弱肉強食的なヴェルグの発言が甦った。魔法士という立場は、みんなそうなんだろうか。考えるあたしの耳に再びルイスの声が流れ込む。
『だが、人災は別だ。防ぐ努力を怠る理由はない。記録によれば、百五十年前に起きた強烈な熱波が雨で沈静した後、稀に見ない寒気に襲われたという。それはすぐに収まったようだが』
『ミィカを使った反動だというのか?』
『あくまで可能性だがな』
『しかし、例えそうなったとしてもミィカで補正できるのではないか? 俺の記憶する限り、その後ひどい災害に見舞われたことはなかったはずだ』
『ああ。それでも矛盾は残る。ミィカによって狂わされた天候をミィカの力で正すなど、割れた鍋底を蓋で塞ごうとするようなものだ。決して根本的な解決にはならない』
『じゃあ……そもそも、なんでMICAって作られたの?』
率直な理緒子の問いに、ぽっと蝋燭に灯りが点るように、あたしはあることに気がついた。
『まさか時間稼ぎ……?』
口元に微笑を湛えたまま無言を貫くレインに、矢継ぎ早に問い重ねる。
『開拓者は知ってたはずだよね? 無理に自然に手を加えれば、必ず反動が来るって。それでもMICAを作ったのは、この星から人類を守るためじゃなくて、人類をこの星に慣れされるためのものなの? この環境に適応できる人類に作り変えるために――』
パズルがかみ合っていく。遺伝子操作をすれば、この星の環境に適応できる種を創り出せたかもしれない。だけど自然を変え遺伝子をも操りつづけた自分たちの歴史は、けして良い結果をもたらすものではなかった。だからもっと〝自然〟な方法に任せることにした。
冷たい水に入る前にぬるいお湯で体を慣れさせるように――それは、とても不自然な〝自然〟だ。
でも、そのゆるやかな〝自然〟の変化に従えば、いずれ子孫たちは自分たちとは違う人類に変わっていくだろう。そうすればもう[まほら]もMICAも使うことができずに、この星と一体となっていくほかない。
開拓者たちは、そうやってゆっくりと自分たちの遺産が淘汰されることを望んだのではないだろうか。
なのに、現実はうまくはいかなかった。理想郷を作るはずの地で争いが起こり、[まほら]は休眠させられMICAは壊れ、環境にまだ馴染めないまま人は別の人類へと変わってしまった。
――休眠……?
これまで聞き流してきたキーワードが引っかかる。
『レイン。昔の使用者は、なぜ[まほら]を破壊せずに眠らせたの?』
《なぜだと思う?》
『いつか……必要になるかもしれないと思ったから?』
《そのとおり》
うつむいて片手で顔を覆う。やるせなかった。
この世界は――あたしたちは、一体どこで未来のボタンを掛け違えてしまったのだろう。
《すごく当たり前のことなんだよ。永遠に続くものなどない。MICAも[まほら]も、いつかは止まる。この宇宙でさえ消えてなくなるんだ。……理緒子、真紀》
テーブルの端にいた光の少年が、ふうわりと宙に踊りあがって、あたしたちを見下ろす。
《選ぶのは簡単じゃない。だけど、例えどの道を選んだとしても行き着く先は同じなんだ。すべてを生かし、幸福になる道などはない。必ず失うものが出てくる。いや……失うための道なのだと言ったほうがいいかもしれないね。それでも、これが現実だ》
『レインはどう思う? どうするのが一番いいと思うの?』
海の色の瞳が、ちらりと二人の男たちを見た。
《僕が意見を言う前に、君たちはもう答えを出してるんじゃないのかな。君たちがこの二人を招き入れたことを、僕はとても重要だと思っているよ?》
『重要?』
《君たちは彼らが呼びかけたあのとき、〝外へ出て行く〟という決断ではなく〝彼らをここへ呼ぶ〟というほうを選んだよね?》
それはすなわち、あたしたちが二人に〝[まほら]の秘密を共有することを許した〟ということだ。
《それがいいとも悪いとも僕は言わない。だけど、それがもう答えなんじゃない? 君たちは彼らを、それだけ信頼に値する存在だと思っているということでしょう?》
『信じてるよ。すごく頼りにしてる』
『そうだよ。だからずっと相談してるのに』
《そうだね。それに彼らも真剣に応えようとしている。この意味するところは、分かっているよね?》
――ああ、そう……そうなんだ。
今度こそ理解した。あたしたちはもう、すでに[まほら]の秘密を残らず分かち合っている。それを王様に言うか言わないかが重要なんじゃない。前の乙女のユリアさんが必死で隠してきた秘密は、とっくにマフォーランドの人の手に渡ってしまっているのだ。今さら引き返すなんてできない。
握った手に、そっと力を籠める。理緒子の瞳があたしを見て頷いた。
『分かった。[まほら]のこと王様に言うよ。それで、きちんと相談をしてどうするか決める』
『いいのか?』
もういちど理緒子と顔を合わせて、首を縦に振る。
『うん。あたしはやっぱり今はまだこの文明を利用することに反対だけど、そのことも全部含めてみんなできちんと話し合いたい』
『あの巨人が〝この星を守って〟って言ってくれたのも、伝えたいな。だってこの星は、みんなの星でしょう? だから、ちゃんと大切にしたいの。いろんな人の気持ちも』
『……分かった』
『ああ、そうしよう』
男二人も視線を交わし、低く同意した。どうにか話が折り合いを見つけたと思った瞬間、どっと疲労が肩にのしかかる。外はとっくに夜だ。しかもまだ雨が降り続いている。
『アマラさんたち大丈夫かな?』
『長居して泊まることになるかもしれないとは言っておいた。もう遅いから、今日はここで一泊しよう。いいだろう、レイン?』
《……部屋割りは変えさせてもらうよ》
なんだろう、この冷たく強張った空気は。
『元人間というわりに人間のようなことを気にするのだな、あなたは』
《ここの規律は僕だ。秩序は守りたまえ、若輩者》
『両方の鍵を近づけたらまずいのではないのか?』
《個々の部屋をとればいい。部屋は十二分にある》
口論が長引きそうだったので、間でそっと手を挙げた。
『あのー、さすがに一人ずつは寂しいんで、部屋ももったいないし、四人いっぺんは?』
途端ルイスとタクの口から呻き声があがった。なぜだか理緒子にまで軽く睨まれる。
《それ、まったく抜本的に間違ってるから》
『それだったら個室のほうがましだ』
《あ、そ。じゃ、そうしてもらおうか》
乗せられた気もしないでもないけど、これで決定。一人になっていろいろ考える時間も必要かもしれないと、あたしたちは席を立って、それぞれ部屋に向かうことにした。
《理緒子、真紀》
レインに呼び止められ、あたしたちは手を繋いだまま宙に浮かぶ彼を仰いだ。
《ひとつだけ僕から言っておくね。二人とも難しい立場にいるけど、これだけは忘れないで欲しいんだ。
君たちはただの十六の子どもで、特別なものなどなにひとつ持っていない。できることなんて高が知れている。だけど――それこそが大事なんだ》
厳しい内容を並べたて、それでも光の少年は、この上ないやわらかな笑顔を見せた。
《君たちは、この僕がなにでできているか知っているかい?》
きら、と光る手をこちらに差し向ける。
《作りはずいぶん違うけど、根本的には君たちのいた時代と変わりない。僕自身である[まほら]の根幹を成すコンピュータシステム。それは、すべて二進法に基づいて作られているんだ》
『にしんほう?』
《0と1。この二つの数字の組み合わせで、数千年にもわたる膨大なデータは蓄積され、制御され、今このときまで引き継がれている。たった二つのものが、この〝神〟にも匹敵する世界を創りあげたんだ》
碧の瞳が、ひたとあたしを見つめる。
《0と――1》
そして理緒子を見た。
《君たちは何も持たず、持てたとしてもほんのわずかしかその手に掴むことができない、それだけの存在だ。それでも、そんな二人だからこそ、誰も成し得なかった未来を創ることができるのだと思う。僕たちの予想しなかった、新たな未来を》
彼を象る無数の光の粒子。黄金の輝きを放つそれは、細かな0と1の羅列がめまぐるしく移り変わる光景そのものだった。
二つから成る――二つだからこそ創り出せる世界。
《君たちは、彼らと秘密を分かち合うことを選んだ。存分に悩んで、話し合って結論を出すといい。そうやって出した答えには、正解も不正解もない。どうやっても君たちはひとつしか選ぶことができないのだから、それがすべてだ。
だけど、君たちが君たちであることだけは見失ってはいけないよ。君たちが一番君たちらしく在る未来を選びなさい。これが、僕が君たちに言える最大の助言だ》
ものすごく力強い後押しだった。レインはきっと最初から、あたしたちが自分を消す未来を選択する可能性があることを知っていた。知っていても――もしその未来を選んだとしても構わないのだと、言外に告げてくれていた。
宙を漂う、さほど体型の変わらない彼に理緒子と二人で抱きつく。温かくもなく冷たくもない、ただわずかな質感だけが感じられる不自然な抱擁。
だけどそれは限りないやさしさに満ちていて、なによりもあたたかかった。
やっと帰路につきます…