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第3章 予言――マキの決意


 ぼんやりと辺りが明るくなってきたのを瞼に感じ、目を開けた。

 高い天井、ガラス片を吊り下げた見慣れない照明器具。カーテンをひいていない窓から、白々と朝の空が見える。

――やばい、学校っ!

 がばっと布団を跳ねあげ、気がついた。

 固い生地のシーツと薄い綿の入ったキルト風布団、草の香りのする毛布。白い浴衣に似たパジャマ。そして、右中指に嵌まる紅い石の指環。

『あ……』

 異世界マフォーランド。

 昨日のことが夢じゃなかったのだと知って、あたしはベッドの上でしばらく膝を抱えた。

 頭はまだ、どこへ何を収めたらいいやら分からない状態だ。それでも、眠ると気分もだいぶ違う。昨日したことや聞いたことを思い出し、自分の落ち着きぶりに少し笑ってしまった。

『渡り人、かあ……』

 まさか、自分がこんな目に遭うなんて妄想すらしていなかった。十六年生きてるから紆余曲折はあっても、ドラマチックとは程遠い人生だったから。

 だけど、その多少の紆余曲折で、あたしは極めて諦めのいい性格に育っていた。もとい、ものすごく諦めが悪いのだ。

――なんとか……なるよね。

 家に帰りたい。そう口にするよりも、心の中で執念深くあたしは信じる。絶対帰ると。

 そのために今自分ができるのは、目の前に掲げられたハードルを乗り越えて進むこと。

 とはいえ――初っ端からこのハードルは超ド級すぎる。いきなり世界を救えと言われても、即行で無理ですと答えたい。泣いても喚いても怒ってもどうにもならないってところが、さらにカンジ悪いが。

 それでも、少なくともこの家の人たちは、あたしに何かを強要するという雰囲気ではないような気がする。それは、あたしが我儘を言った時のルイスやシグバルトの態度から、そう思い込もうとしているだけなのかもしれないけれど。

――考えてもしょうがないもんね。

 とりあえず起き上がる。

 ベッドの近くのテーブルの上には、いつの間にか持って来てくれたらしいショルダーバッグと、自分で畳んだ制服がそのまま置いてあった。服の間に隠した下着と靴下も同じく。

『あ~、一緒に洗えばよかったぁ』

 あたしってば要領悪い。昨日お風呂で洗っていれば、明日快適に清潔な下着を履けたのに。

――アルノさんに頼めるかな。

 遠い親戚の家に来た気分だ。歓迎はしてくれるが、どこまで親しく接していいのか境界が分からない。お金を払って民宿に泊まったほうが気兼ねをしない、妙な感じ。

――アルノさんに聞いて、自分で洗おう。

 そう結論を出して、ちょっと気が楽になった。

 できるだけ、自分のことは自分でするように言おう。渡り人でもなんでも、もてなされるのはいいけど、それじゃ自分が出せなくなる。遠慮はやめよう。できることはさせてもらおう。

『うん、よし!』

 ぴしゃりと顔を叩いて、気合いを入れた。浴衣風寝巻きを脱ぐと、腕や膝にあちこち青痣ができている。

――寝相悪いな、あたし。

 思って気がついた。夕食のとき、椅子から転がり落ちて気を失ったんだった。

 同時に、そのときの自分の態度をありありと思い出し、頭から軽く血の気が引いた。

――ちょっと、やっぱ態度悪すぎたかもしれんわ。

 胸中をすべり出る広島弁。ああ、これぞあたし。

 ようやく自分を取り戻せた気がして、いつも通り制服に着替えた。昨日は体育祭の予行演習で一日ジャージだったら、まだきれいだったのが幸いだ。

 下着は仕方ないので、魔法ランド仕様のまま。バッグに入れっぱなしの予備の靴下(あたしは雨の日に必ず靴がびちゃびちゃになる)を履いて、スニーカーの紐を締める。完璧だ。

 湯浴みをした小部屋で顔を洗える水がないか探そうとして、壁際の台の上に小さな盥と水瓶を見つけた。零さないように気をつけて顔をすすぎ、髪を撫でつける。

 その脇にある大きな姿見で、あらためてじっくりと自分を眺めた。

――違和感、あるよなあ。

 シックな木彫りの枠に映し出される高そうな絨毯と巨大ベッドと、その前に立つあたし。

 正直、自分くらい平凡っていう言葉が似合う子もいないんじゃないかと思う。

 住んでいた街も田舎と都会のちょうど真ん中くらい。両親、兄一人、犬一匹の核家族で、父親は会社員。成績も中の上から下を行ったりきたり(教科によってムラがある)だ。

 見た目は、大きな声で平均的とは言えない。日本人の平均顔は、それはもうどこの美男美女だよっていう結果を見たことがあるから。あれが平均だったら、あたしは下の下だ。

 たまに見知らぬ人から声を掛けられても、本当に単純な人違いだったりする。それぐらい、ありがちな顔。

 少し癖のある真っ黒な硬めの髪をボブにして、一重の茶色の眼。怖いと評判の兄に似ていると言われるので、女の子らしいタイプではないと自覚している。後輩と同級生から、かっこいいと褒められたことが数度。女としては間違っている。

 背はあるほうだが、モデルやバレー選手になれるほどはない。だいたい後ろから二番目をキープ。お肉が程よくついた体型で、痩せる前に筋肉化してきたふくらはぎが目下の悩みだ。

 鞄に入れていたポーチから櫛を出し、寝癖を直した。襟足がはねるけど、見なかったことにする。日焼け止めを塗ろうか考えていると、ノックが響いてアルノが顔を覗かせた。

『おはようございます、マキさま。朝食はどちらになさいますか?』

 どちら、というのは、何のどちらだろう。

『あの、それは……?』

『お部屋にお持ちいたしましょうか。それとも、朝食の間でお召し上がりになりますか?」

 朝食の間。そんなものがあるんだ。

――うーん、さすが〝若様〟。

『ルイスはどうしてるんですか?』

『若様は朝食の間でお召し上がりになられております』

『じゃあ、そちらに行きます』

 アルノに連れられて、あたしは朝御飯を食べに部屋を出た。



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