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21(前)-6

お待たせしました。すみません。


「レイン。トラというのは、ミヤウに似た黄色に縞のある動物なのか?」

《なぜ突然その質問なのか意味が分からない》

「マキが私の干支をトラだと言うんだ」

 ここは巨大スクリーンのある[まほら]の中心的場所――メインステージ。再びそこに戻るや、ルイスはいきなりメインコンピュータである彼を呼びつけてそう切り出した。

 レインが無言で、彼の後ろにいるあたし(服は着替え済)を見る。拝むようにこっそり両手を合わせれば、碧色の瞳が呆れた。

《黄色くて縞のある動物であることは間違いないけど》

「みんなによく知られている人気のある動物で、たまに飼っている人もいると」

《どんな情報なのそれ》

 実は寅年だと教えた途端、ルイスがどんな動物か見たいと言い出し、適当にごまかしてここまできたのだ。だって、虎がまるっと人を食べちゃうような危険生物だと知られると、いろいろ不味いように思うわけですよ。

――つか、あたしが喰われる。

 なにしろ鶏だからね。ついでに根性もチキンだ。

 レインが、どうしようもないという顔で首を振ってため息を吐いた。

《僕の時代には絶滅していたから、人気があるかは微妙だな。ああ、でも飼っている人はいたかもね。特に宴会の席なんかで》

――それって〝大トラ(=酒乱)〟のことデスカ?

 誰が上手いオチをつけろと?という目で、同い年くらいに見える光の少年を睨む。

 座布団あげると思ったら大きな間違いだぞ!

《……別に欲しくないから》

 ああそうですか。そういえばこのかた、心が読めるんでした。

 ルイスが首を傾げる。

「なんのことだ?」

《いや、こっちの話。それより、本気で異界の扉を開けるつもりなの?》

「ああ。やはり厳しいか?」

《それは君次第》

 きれいに整った顔立ちに浮かぶ、皮肉な微笑。大人でも子どもでも、女でも男でもない容貌をした彼がそうやって笑うと、本当に神がかった霊気が漂う。

 目を奪われたあたしたちは、一瞬言葉を返すタイミングを逃した。そのとき背後のZ字型の扉を開けて、タクと理緒子がやってくる。

「xxx?」

「なに騒いでるの?」

 タクのマフォーランド語が分からないけど、たぶん内容は理緒子と一緒なんだろう。あたしはふり返り、いつものように彼女の手を握ろうとして止まった。

――つ、艶々してる……。

 あたしと同じくシャワーを浴びたというのもあるんだろうけど、それを差し引いても理緒子のきらきら感は明らかに違った。なんというか薄皮まで剥いたぷりぷりのゆで卵のような、女度の磨かれた感じ。心なしかタクの顔も上気している。

――なにかあったな、この二人。

 恋愛激ニブのあたしでも分かるのだから、他の二人に分からないはずもない。やおらルイスが近付いて、タクの首を羽交い絞めにするように部屋の片隅に連れていった。男同士でなにやらひそひそ会話する。

 気になって理緒子と手を繋ぐと、がっくりと肩を落としたタクの最後の言葉だけが聞こえた。

『……と、途中で止めてよかった』

 ほおおおおおおぉ。つまり途中まではしたってことか。そうなのか?

 手を繋いでいる理緒子が林檎よりも赤くなって片手で顔を覆った。

『もぅタクってば』

なんて呟きつつ、まんざらでもない様子。とりあえず上手くいったことは間違いなさそうだ。よしよし、後で二人きりになったときに問いただそう。

『そういえば、ルイスさっきなに揉めてたの?』

『あーあれね……』

 言いかければ当の本人が口を出す。

『リオコ、干支って知っているか? マキが私をトラ年だというんだけど、どんな動物か教えてくれないんだ』

『虎、ねえ……』

 考え込む彼女の袖を引いて目配せをすると、レインと似たり寄ったりの生温い目をされた。溜息がひとつ。

『まあ、かっこいいんじゃない?』

『そうなのか?』

『たしか群れないんじゃなかったっけ? 孤高の虎っていうよね』

『ふーん』

 あ、ルイスの幻の尻尾が立った。嬉しそうにぱたぱたしてるのが見える。あたし重症。

『でも、ルイスって寅になる? 七つ上だよね。……丑(うし)じゃない?』

 小首を傾げ、理緒子が右手の指を折る。そうかなとあたしの横で干支を諳んじた。

 理緒子は二月生まれだというから、干支があたしと一個ずれるんだよね。

『ウシ?』

《マフォーランドのベクの原型になった動物だよ》

『……』

 レインの説明にルイスの尻尾が折れた。確実にへたんと下がってます!

 タクにもそれが見えるのか(そんなわけない)笑顔で突っ込みを入れてくる。

『干支って重要なものなのか?』

『重要なわけじゃないんだけど、知っておくとなんとなく楽しい』

『ふーん、俺は?』

 君も乗るのか、珍しいな。五つ違いだよね。子丑寅卯辰巳……。

『辰(たつ)?』

『卯 (うさぎ)?』

 ウサギはやだな。ウサギ耳のタクは、視覚的にちょいと勘弁していただきたく。

『レイン、マフォーランド暦=干支変換機能とかないの?』

《ってゆーか、君たち……》

 秀麗な眉を寄せ、レインが考えを吐息にまぎらせるようにして指摘した。

《そもそもこっちの世界と君たちでは時間の周期が違うから、当てはめようとするほうがおかしい》

『私はウシよりもトラがいいんだけど』

『……もう、ルイスは犬でいいよ』

 大型犬決定だ。むしろそれでいてくれ。

 そう決めつければ、寝言の話を知っている理緒子とタクが、明後日のほうを向いて噴き出す。ルイスが腕を組み、その手を顎にあてて意味深な目つきを注いできた。

『ふぅん? じゃあ私は、マキの寝床で共寝をしてもいいってことだな?』

『なんでそうなる!』

『さすがルイス』

 理緒子、さすがじゃないから。その共犯みたいな顔で、二人で親指立てるのはどうよ? 理緒子に問い詰める項目が増えていくよ??

『ねえ、わたしお腹減ったからご飯にしたいな。台所教えてくれたら作りたいんだけど』

『レイン。俺は手の治療を頼もうと思うのだが』

『トラの絵はないのか? イヌでもいいが』

『じゃあついでにウサギの絵も』

『インスタントとかあったら嬉しいんだけどなー』

 みなさん、会話はキャッチボールだって知ってます?

 水門を開けるという目的が果たされたせいなのか、異様にテンションの高い一行からそっと離れ、傍らでレインと眺めた。

《……なにこの状況》

「ええっと、いわゆる〝カオス〟ってやつ?」

《状況を二十一世紀的に言い表わしたところで、なにか改善されるとでも?》

 そんなことは思いませんが。できたら巻き込まれたくないなーと思うわけですよ?

 君が一番台風の目なんだよね、とつぶやいたレインの一言は聞き逃さずに、後頭部に右手のひらをお見舞いしておいた。


《――はいはーい、とりあえず全員健康診断ね。一番大きな君は右手の現状と手術方法について検討するから、そこのクリーンサークルに立って》

 どこかの教師のように両手を打ち、レインが場を仕切る。さすが神。混沌を支配できたらしい。

 指差したのは床の片隅の直径1メートルくらいの円。タクが中央に立つと、その縁から円筒状に緑色の光線が伸びて彼を包んだ。見る間に光の表面に次々と文字や数字、骨格などが現われては移り変わっていく。

《麻酔と薬の反応を見るために血液を採らせてもらうよ》

『ああ』

《で、君たち二人もそれぞれ検査ね》

『なんで?』

《通常、全身走査(スクリーニング)は使用者認証の際に自動でおこなわれるんだけど、二人いっぺんだったから、データに混乱がないか再チェックをしておきたい。時間はかからないから》

『ご飯先じゃだめ?』

《こういう検査は空腹時がベスト。まあ、食後に体重測定なんかの基礎項目を含めた確認をしてもいいけど》

『今でお願います!』

《じゃあ、真紀は右、理緒子は左のブースに行って。……で、残る君はそっちのサークルに。稀人の力を訓練する前に健康体であるか確認しておくから》

『分かった』

 ルイスが、タクとは反対側にある片隅の床の円へ向かう。あたしたちは左側に口を開けた二つの扉にそれぞれ足を踏み入れかけ――ぎょっと歩みを止めた。

 緑の光に包まれたタクの前で、熱心にデータを見るレインが一人。そこからふわりとストップモーションを見るように体が分かれ、青い光に包まれはじめたルイスの前に別のレインがたたずむ。そしてさらにそこから枝分かれして、二人のレインがあたしたちの両脇に立った。

『分身の術……?』

《君たち、僕を生身だと思ってるの?》

『思って、ません』

 っていうか、思えません。

 堪忍袋の緒がぶちぶち千切れる音が聞こえそうな笑顔でレインが指示を出し終わった後、あたしは一人で狭い空間に入った。そこには薄暗くて足元にタクたちと同じようなサークルがひとつ。Hの字が書いてある中央に立つと、淡いオレンジの光が下からぽう、と立ち昇ってきた。

 アマラさんの晶壁と似ているようでまったく違う。光は力の集積ではなく、もっと違った何かだった。オレンジの壁に現われるデータの向こうで、別の光がふわりと動く。レインだ。

《今は体調に問題ないみたいだね。最近気管支炎になった?》

「あ、うん。でも治癒術かけてもらったよ? 薬湯も飲んだし」

《まだ炎症が残ってる。もともと皮膚が弱いんだから、気をつけて》

「気管支と皮膚って関係があるの?」

《粘膜は皮膚の一部でしょう。繋がってるの。胃腸もあまり丈夫じゃないよね?》

 はい、そのとおりです。お医者さんには逆らえません。

《合いそうな薬を出しておくから、それ飲んで。一週間は続けること。あとは……こっちの世界の影響はほとんどないみたいだな。病気も問題なし、と》

「ね、こっちの世界の人は大丈夫だけどあたしたちには病気、みたいなことってある?」

《あるよ。もちろん逆もね。だけど基本構造は同じだから、症状が重いとか軽いくらいの差しかない。個人差のレベルに埋没する程度だね》

「よかった」

《じゃあ、あとは口頭でいくつか確認を――》

 フルネーム・生年月日・住所・家族構成などを聞かれ、答えるとそれが光の壁に文字となって刻みつけられていく。自分の記念碑(オベリスク)でも作っているようだ。

 ちり、と右腕に虫に刺されたくらいの痛みを感じる。見ると、少し淡くなっていた右腕の紋様が再び輝いて、しかもその光の曲線の端は肉体を通り越して周りの壁と繋がっていた。

――リンクしてる?

 頭にはなにも感じないのに、双方向から情報が光となって行き来しているのが分かった。

「レイン、これ……」

《情報の上書きだよ。見た目はグロいけど、痛みはないと思うからちょっと我慢して》

 鍵はメモリなのか。レインと直結してるって話だけど、SFすぎてぴんと来ない。生粋の理系人間の兄なら、少しは理解できたかもしれないのに。

 SFの要のくせに一番ファンタジーな光の少年が、オレンジの光の向こうからあたしを見る。

《じゃあ、次は質問。もう一人の彼女と接点は?》

「こっちで会ったのがはじめてだよ」

《彼女の素性に疑問を持ったことはない?》

「ないよ」

 答えながら考える。どうしてだろう、あたしは理緒子が同じ世界、同じ日本から来たと最初から疑いもしなかった。見知らぬ世界で、たったひとりいるという状況に判断がおかしくなっていたのだろうか。

――ううん、違う。

 お互い制服姿であの広間に立ったとき、感じたんだ。あたしたちは一緒だって。

 こういうのは理屈じゃない。体や心よりももっと根っこの部分で感じたんだ。

「疑うの? レイン」

《いや。確認もせずに信じるなんておめでたいなあと思って》

「確認したよ? 荷物だって見せ合いこしたし、生徒手帳も見たし」

 名前と学校名が書いてあるだけのシンプルなやつだけどね。

《向こうから来たのはいつ?》

「二〇〇九年十月十五日。理緒子も十月十五日って言ってた。ちゃんとした時間までは分かんないけど、同じ夕方だったと思う。あたしも彼女も学校帰りだったから」

《……なるほどね。彼女との共通項を探りたいんだけど、なにか思い当ることはない?》

 あたしは黙って考えた。それは二人で会ったときから謎で、いくらお互い記憶を探っても共通するものはなかった。あたしの関東の知り合いは千葉にいる叔父さんくらいで、神奈川には遠い親戚も友だちもいない。ましてやネットなんて身内くらいしか回らないから、顔の見えない知り合いすら存在しない。

 理緒子のほうも状況は似たり寄ったりだ。親戚は関東周辺で、転校した友だちもなし。掲示板やプロフは、いじめられたトラウマがあるから恐くて近寄らないようにしているらしい。修学旅行も京都・奈良・大阪と沖縄だったそうで――広島、素通り。ちょっと残念。

 ま、あたしも修学旅行は九州と北海道だもんね。お互いすれ違い人生だったらしい。

「それがこんなとこで会うなんてねー」

と、のん気に笑っていたんだけど。

「……レイン、やっぱり二人来るって不自然なの?」

《今回で二例目なのに、自然・不自然の判断はつけられないよ。それより扉を開ける気でいるなら、二点をばらばらに攻めるより共通項を探って条件を見つけ出すとか、比較してどちらか可能性の高い一方に絞るほうがいいでしょう》

 さらりとレインは答えたけど、あたしはなんとなくすっきりしなかった。

 レインが比較してどうなの?と問いかければ、個人情報だから僕の口からは言えないと返される。さすが年寄りは手ごわい。

《言っておくけど、血縁はないにしろ僕は君の子孫だからね? ご先祖様》

 むう。こんなかわいくない孫はいやだぞ。

《はいはい。じゃ、次ね》

 くだらない応酬を間に挟みながら、あたしは三十分ほどの検診を終わらせた。

 そのときに胸をよぎった形にならないいくつもの疑念は、だけどその後の騒がしさですっかり忘れてしまった。

 思えば、このときあたしはもっと突っ込んで聞くべきだったんだ。彼が違和感を覚えていることのすべてを――見ていたつもりで、あたしが見逃していた大事なことを。

 のちにあたしは、嫌というほどこのときの自分の甘さを後悔することになる。



あれ?と思った方、おそらく正解です(笑)。

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