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21(前)-4

あまあま?です。(PG-12)


 重なるって嬉しいことなんだな。

 指と指が重なる。息が重なる。体温が重なる。想いが――重なる。

 自分のゼロ領域に誰かを受け入れるのは、すごく恐いことだと思っていた。その重さを勝手に想像して、あたしは絶対耐えられないだろうと頭から否定していたんだ。

 だけど実際は、嬉しくてすごくもどかしい。重なったり離れたり。ひとりじゃ絶対にできないことを二人で慎重に、探りながら積み上げていっているみたいに、一瞬一瞬が新鮮でくすぐったい幸せに満ちている。

 恋愛は魂の半分を探す作業だと、うまいことを誰かが言っていたけど、その通りだと思う。こんな異世界まであたしの半分が飛んでいたのは予想外で、そしてそれは間違ってるかもしれないけど、お互いの魂の印を確かめるようにあたしたちは唇を重ねた。浅く深く。

 しばらくすると、さすがに唇の感覚がおかしくなってきて、セーブするようにルイスの肩に両手を乗せた。

「あのね、ルイス。聞きたいんだけど」

「なに?」

「ええと、あたしたち、つ、付き合うのでいいんだよね?」

 勇気を出して尋ねたのに、なぜだかルイスの温度が少し下がった。

「この状況で、まだそこを確かめるのか?」

「だ、だって……あたし、付き合うの、初めてだし」

 初カレとは言えない。〝彼氏〟の二文字は、あたしには充分穴を掘って埋めたいレベルだ。

「確認したかったの。こうゆうのも初めてだし」

「キスも?」

 君がソレを言うのか。薬の口移しをなかったことにするなんて、乙女心が許さないぞ。

 無言で睨んでいたら、ルイスが怪訝な顔になった。

「なに?」

「……くすり」

 それだけで察したらしい。気まずげに目を逸らす。

「なんだ、憶えていたのか。てっきり意識がなかったものだと」

 おい!

「あれは……うん。ノーカウントで」

「ひどいっ。初めてだったのに!」

 思わずグーで肩の辺りを小突く。ルイスが一瞬きょとんとなり、ああと頷いて頬を崩した。

「もうちょっとロマンチックなほうが良かった?」

「そういう問題じゃないの! すっごく薬苦かったんだからっ。半分無理矢理だったし」

「そうでもしないと君の熱が下がらなかったんだ。治癒術にも限界がある」

「でも、せっかく初めて、だったのに」

 人生の大事な大事な記念だったんだよ。それが青汁色だなんて、最悪だ。

 しょぼくれるあたしの唇に、ついばむように軽くルイスがキスを落とした。

「じゃあ、初めては今日っていうことにしておいてくれ」

「今さら修正はできないの」

「前はまだ付き合っていなかっただろう? 付き合ってからすることに価値があるんだ」

 ちゅ、とまたひとつ。なんとなくうまく丸め込まれている気がする。

「……ルイス」

「ん?」

「あたし、ね。この先とか、まだ……」

「大丈夫、教えるから」

 あたしの顔一面にキスを降らせながら、平然と言うルイス。

 そろそろいいかと、おもむろに傍らの小さい枕を持ち上げた。引き締まった胴を横から一撃する。

「そうじゃなくてっ」

「分かってるよ」

 ようやく唇を離し、ルイスが顔を上げた。上気した頬に潤んだ瞳。濡れた唇がエロすぎる。

「君は強引にしたら逃げそうだからな。気長に待つよ」

「ほんと?」

「防壁も置いてあるだろう?」

 二人の間に挟まれた、特大枕をぽんと叩く。良かった、ちゃんと気を遣ってくれてたんだ。

「まあ、すぐに乗り越えられる高さだけどね」

 だからだな。そのエロいオーラを少し収めてくれないと、あたしの心身がもたないとゆーか。

 そして、あることを思い返す。

「ルイス、あたしに強引に水飲ませたよね?」

「……状況によるんだ」

 つまり、逃げそうになかったから強引にしたと。

 あたしは無言でベッドを下り、近くのソファからクッションを三つ四つ掴んで、枕の上にうず高く積み上げた。小山と化した向こうから、ルイスがカエルの形のそれをひとつ持ちあげる。

「これは?」

「防壁の強化」

「信用されていないな」

「年頃の女性は男性と距離を置けって、ルイスが言ったの」

「私は見知らぬ男性ではないけど?」

「節度は守る!」

「……分かったよ」

 くく、と喉で笑い、ルイスが首を伸ばしてあたしの頬に唇をつけた。やっぱり防壁の意味がない。だけど付き合ってるんだったら、これもおかしいんだろうか。

「ルイス、気を悪くした?」

「いや。君が私を男性としてみてくれるだけでも進歩だよ」

 言われて思い出した。相当まいっていたとはいえ、ヒューガラナでは似たような状況のもっと狭いベッドで寝たんだった。本当にただ熟睡した、ルイスの隣で。

 記憶が甦った途端、急激に恥ずかしさが込みあげる。一人であわあわしていたら、ルイスが満足そうな笑顔を浮かべた。

「やっと分かってくれたようでよかった」

「あのとき顔色が悪かったの、やっぱりあたしのせい?」

「乱闘のあとで徹夜するとさすがにこたえた。もうちょっと体力をつけておくよ。君に持久力のない男だと思われるのも嫌だから」

 そこはかとなくエロが漂うのは気のせいなんでしょうか?

 カエルの要塞を乗り越えて、またルイスがあたしの髪にキスをくり返す。ほんと飽きないな。

――なんだかマーキングされてるみたい……ってまさか。

「ね。今までしてた挨拶のちゅーって、どういう意味?」

「私のことを誰彼かまわずキスをして回る男だと思ってるなら、心外なんだけど?」

「家族とかにする挨拶じゃないの?」

「なぜ家族にあんな濃厚な挨拶をしなくちゃならないんだ?」

 家族と仲がしっくりいってないせいか、ルイスが厭そうに眉間に皺を寄せる。それを指先で伸ばして、質問を重ねた。

「理緒子の手にもちゅーしてたよね?」

「あれは貴人に対する礼だ。本来なら靴先や服の裾、地面にしていたものが簡略化されて右手の甲になった。最近は手を握る程度だよ。特別女性にするわけじゃない」

「じゃあ、男同士でもするものなの?」

「昔はね。今は王族、コーヅァの称号を持つ相手にするくらいだな。リオコは君と同じ渡り人だが、王子の客人でもあったわけだから、当然敬意は払うべきだろう?」

「でもあたし、ルイスのお父さんにされたよ?」

「父は古臭いひとなんだ。それに本来〝異界の乙女〟は、王や王妃に次ぐ立場だ。まあ礼儀としては正しいとは言えるな」

 残っているはずのない痕を拭うように、ルイスがあたしの手の甲を撫で、唇を当てる。案外と嫉妬深い。

「やっぱすごいんだね、乙女って」

「国を救う存在だ。当然だろう? そういう扱いがいいなら、そうするけど?」

「やだ」

 きっぱり言うと、ルイスはほっとやわらかく微笑んだ。唇をひとつ、ついばまれる。

「良かった。今さら不敬だと言われても止めようがない」

「それじゃあ頭にしてたのはなんだったの?」

「他の者に、君が私のものだと示すために決まっているだろう?」

 真顔でこっぱずかしいことを言われた。ぼぼぼ、と顔から火が噴き出そうになる。

「あ、あたし、いつの間にルイスのものになった?」

「拒否しなかったんだから、受容ととるのは当然だ」

 ずるい! ずるいぞこの大人!

「君はふらふらとどこかへ行ってしまいそうだから、周りにはっきり知らせておきたかったんだ。変な男が迂闊に近づかないようにね」

 そういえばアルに挨拶に行ったときもルイスのマントを着せられたっけ、とぼんやり思い出して、はっとした。

――あああ、あれもマーキングか……!

「あたしそこまでもてないよ?」

「気付かないだけということもある」

「買い被りすぎだよ」

 惚れた欲目というやつだろう。恥ずかしいけど、ちょっと嬉しい。心の底をこちょこちょっとくすぐられたに似た幸福感。同時に、これまでルイスを不安にさせていたのだと思うと、少しだけ悪い気がした。

「ルイス、いつからあたしが好きだったの?」

「憶えていないな。うーん……天都に着いたとき、かな?」

 あたしの顔に口を寄せたまま、ルイスが考え込む。横顔を至近で見るのにも、だいぶ慣れた。

「ああでも、その前から君を傍に置くのは嫌じゃなかったし……分からない。いつだろう?」

「あたしが聞いてるのに」

「じゃあ、出逢ったとき」

 どこのドラマだよ。

「ぜったい嘘」

「なぜ? 私があそこまで誰か一人のために時間を裂くなんて、自分でも驚くくらいだったのに」

「……アマラさんがいたくせに」

 波立つ感情を抑えるように、ぎゅ、と彼の胸元でだぼつく服を握りしめる。

 前に付き合っていた人のことをぐちぐち言うなんて子どもっぽいと思うけど、どうしても止められなかった。だって、ただ付き合っていたわけじゃない。

「婚約、してたんでしょ? 別れちゃったけど」

「何年も前の話だよ」

「だけど……好き、だったんでしょう?」

 そう口にすると、心臓が押し潰されるくらい痛んだ。ルイスが困惑した顔で見下ろす。

「まあ、そうだな」

――もう、サイテー。

 分かりきっていたことなのに、自分で確かめて余計に辛くなった。ルイスはエロ親父な発言もするけど、基本すごく真面目だ。好きでもない相手と婚約なんてするはずがなかった。

――分かってたのに……馬鹿だ、あたし。

 泣きそうだ。いやもう心の中は半分泣いてた。

「ね。アマラさんとも、キス、した……?」

「――マキ」

 大きなため息。子どもだと呆れられたのだと思ったら、カエルの要塞を跳ね除けるように、すごい勢いで両腕に抱き締められた。

「マキ、妬いているのか?」

「ち、や、そうじゃなくて、気になったの!」

「妬いてるんだろう?」

「…………るいすのばか」

 嫉妬が認められるほど大人にはなりきれないんだよ。肯定の代わりに、彼の背中の服を両手で握る。あたしを包む抱擁が、さらに深くなった。

「どうしよう、マキ。困った」

「な、なにが?」

 文脈が意味不明だぞ?

「どうしよう。嬉しくてどうにかなりそうだ」

 ささやく声が切羽詰まったようにうわずっている。あたしの全身がかっとなった。

「君が妬いてくれるなんて思わなかった」

「ちが……」

「すごく嬉しい。マキ、愛してる」

 ここで爆弾投下ですか。ごまかされてるみたいで、もがいて彼の腕から抜け出た。

「ちゃんと質問に答えて!」

「君が答えてくれたら言うよ。マキ、嫉妬したんだろう? 私とアマラの関係に」

 もおおお、ずっるい、大人!

「……そうだよ。だってルイス、自分の意志じゃないと結婚しなさそうだもん」

「ひょっとしてヒューガラナで機嫌が悪かったのはそれか? アマラに変なことを吹き込まれたからではなく?」

「別にルイスがあたしを捨てても、それはいいの。嫌だけど、ルイスにはルイスの考えとか立場とかあるから、あたしに止める権利ないもん。だけど……ルイスに誰か特別な人がいるのが、すごく嫌だったの」

 溜まっていた心の深い部分を吐き出すようにそう言うと、ルイスがさらりとあたしの髪をすくいあげた。その先に唇をつける。

「アマラと私は長い付き合いだ。先に魔法士になったのは私だが、年が同じということもあって一緒にいることが多かった。といっても他の人と比べて、という程度で、君のように四六時中というわけではない。たまに喋る友人、というくらいかな」

「え……」

「言っただろう、私は周りに人を置くことをしない。人といるのが堪えられないんだ。この髪と目の色のせいか、大抵の人に拒否されるしね。アマラはあの性格だから、常に人の輪の中にいたが、それでも未来視は特殊な力だ。魔法士でも異端中の異端と言われる。お互い孤独な魂だから、一緒にいても苦じゃないんだと彼女は言っていた」

 アマラさんと孤独って似合わない気がする。だけど、強い彼女にもそんな面があったのだと少し興味を惹かれた。

「交際をもちかけたのは彼女だ。当時お互いにごたごたとあった時期でね。特にスオウシャの長子である彼女には、親から結婚についていろいろと言われていたらしい」

「スオウシャ?」

「アクィナスの西の主権領だ。隣だから、幸い親同士も知り合いでね。付き合っていることを公にするととんとん拍子に話が進んだ。彼女は自立した女性で、一緒にいてもいなくてもそこまで苦痛ではなかったし、なにより私を必要としてくれていた。それだけで私には充分だった」

 話を聞いていると、恋愛というよりもっと穏やかな感情が流れていたように思える。

「好きじゃなかったの?」

「好きだったよ。女性としても魅力的だし、魔法士としても優秀だった。だけど、手に入れたいとか欲しいという感情があったかと言われると違う。それは彼女も同じじゃないかな」

「アマラさんはルイスのこと好きだと思うよ?」

「婚約破棄を言い出したのは彼女のほうだぞ? 親戚筋に私のようなものの血を入れるのを嫌がるものがいると言っていたからな」

「それは――」

 違う、と続けようとして止めた。未来視であたしといるルイスを視たアマラさんは、だけど自分の選択に後悔はないと言っていた。あたしが口を出すべきことじゃない。彼女の凛とした横顔を穢しそうで、言葉を呑んだ。代わりに別の問いを投げかける。

「ルイス、後悔してない?」

「婚約したこと? それとも破棄したこと?」

「どっちも」

「後悔したよ。婚約して破棄したあと、アマラは天都魔法士から地方へ配置換えになったからな。本人の意向もあったんだろうが、[双月]としてはかなりの痛手だった」

――そこかよ……。

 本音なんだろうけど、同じ女としてはそこで悔やまれると傷つく。だけど綺麗ごとを言わないでおくと、あたしはアマラさんとルイスが別れてくれないと困るわけで。

「あたしは、良かったな。アマラさんと出会ってなかったら、ルイスは今のルイスじゃなかっただろうし、アマラさんと結婚してたらこんなふうになれなかったから」

「……そうだな」

「そうだよ。アマラさんにお礼言わないと」

 ルイスがあたしの額に口づけて、複雑な顔をした。

「君はアマラを嫌いなんだと思っていた」

「嫌いだとは言われたけど、嫌いじゃないよ?」

 それにあのつんつん具合の姐さんの口から出た〝嫌い〟が、単なる嫌悪の感情ではないのは、なんとなく分かったし。

「ルイスは? ほんとにあたしでいいの?」

「今日は質問攻めだな」

「だって、二人で話すの久しぶりだもん」

 二人きりになるのはヒューガラナの宿以来だから、三日くらいぶりだ。それだけで禁断症状になってるって、ちょっとどころじゃなく病んでるみたい。ルイス中毒だ。

――半分こいつのせいだよな……。

 ちら、と下から睨むと、今度は左頬にキス。せっかくシャワー浴びたのに、あとで顔洗わないといけなくなりそうだ。

「そんな顔をすると、誘っているようにしか見えないよ?」

「すけべ」

「好きな人が目の前にいるんだから当たり前」

「ルイス、ほんとにあたしのどこが良かったの?」

「……おもしろいところ?」

 ぅおい!

「冗談だよ。あ、おもしろいのは事実だけど」

 ええい、カエルパンチ!

 頭上から降り下ろしたカエルクッションを、ルイスが笑いながら手で避ける。

「好きになるのに理由なんて突き詰めたことはないよ。強いて言うなら……君だから、かな」

「答えになってない」

「じゃあ、どう答えればいい?」

 問い返されて言葉に詰まった。別にルイスを困らせたいわけじゃないんだけど。まだ持っていたカエルを胸の中で押し潰す。

「不安、なの。だってルイスは大人だし、あたしは子どもで、この世界の人間でもないでしょ? アマラさんみたいに美人でも色っぽいわけでもないし」

「君がアマラみたいだったら、私が困る。ああいうタイプはひとりいれば充分だ」

 やっぱり姐御はルイスにも強烈なんだ。ちょっと笑った。

「それに君がこの世界の人間だったら、こうして逢えていなかっただろう?」

「……うん」

「君が君でいてくれることが、私は嬉しい。そのままの君が好きだ。それが理由じゃだめか?」

「だめ、じゃない」

 良かった、と笑って、カエルごと抱き寄せられた。

「不安なのは私のほうだ。マキは、私のどこが好き?」

 これって、聞かれるほうはかなり恥ずかしい質問なんだな。いや聞くのも勇気がいったけど。

「ええと。声」

「こえ?」

「最初に聞いたときに、いい声だなあって思ったの。言葉はぜんぜん分かんなかったけど」

 それに名前を呼ばれるときのトーンが好きなんだ。指環で変換されていても、それだけは変わらないと思うから。

「あ、目も好きだよ。この髪も好き」

 ロン毛の男は絶対論外だと思ってたけど、ルイスは別格。金色長髪じゃないなんて想像つかない。クッションと枕の間に落ちる髪を、指先にくるくると巻きつかせて玩ぶ。

「それから、手とか……指とか」

 言いながら、そっと手のひらを合わせ、指の間に指を通す。

「不安なときに抱きしめてくれるのも好き」

 胸板が好みと言うのは恥ずかしいから勘弁。ついでに抱きついているときに、平たい腹筋を堪能しているのは内緒だ。あたしも痩せなきゃやばい。

「あとは、やさしいばっかじゃなくて叱ってくれるとことか。面倒くさがらずに質問に答えてくれたり、ちゃんと向き合って話を聞いてくれるとことか。そういうのが好き」

「――」

 まだ言おうとしていたのに、ルイスが声を塞ぐようにキスしてきた。長く、想いを刻みつけるように続く交わりに、頭の芯がしびれて気が遠くなる。

「ル、ルイス。息できな……」

「ごめん。ちょっと抑えられなくて」

 金色の頭が、あたしの左肩にうずまる。声が、震えていた。

「君の口から好きだと聞かされるのが、こんなに嬉しいだなんて思わなかった」

 そう言えば、あれだけ避けていた〝好き〟を連発していたんだった。ちら、とすぐそばの頭に目を落とすと、髪の毛から覗く耳の先や首筋まで真っ赤になっているのが分かった。

――ルイス、照れてる?

 でれてるというか、半分溶けかけているように力の抜けた背中をさわさわと撫でる。ついでに金色の頭も。

 なんとなくそこに、へにょりと垂れる犬耳の幻が見えなくもない。これは大型犬か?

――こんなに喜んでくれるんなら、もっと早く言えばよかったかな。

 それでも、あたしにしてはここまで来たのはだいぶ進歩なんだけど。

「ルイス」

「ん?」

「あたしも、そのままのルイスが好き、だからね?」

 そう言うと、あたしを抱く腕に力をこめ、ルイスが顔を上げた。鼻先が触れる距離。さっきはもっと近づいていたのに、その瞳の青に吸い込まれそうになる。

「マキ、愛してる。結婚しよう」

 いきなりプロポーズかい。こっちの世界では付き合う=結婚なのかな。

「う、うん。でも、さすがに早くない?」

「十六で結婚できるんだろう?」

「うん。親の許可があればね」

「――な……に?」

 ルイスの瞳から一気に熱が失せた。え、まさかこんなところで破局?

 うろたえるあたしに、急激に目の据わったルイスが厳しい顔つきで問いただす。

「マキ。君の世界での成人年齢はいくつだ?」

「二十歳」

「なんだって?!」

 ルイスが飛び上がって驚いた。文字通り飛んだ。ベッドのスプリングが勢いよく上下する。

「る、るいす……?」

「あと、四年、だと……」

 膝立ちのまま後ろに退り、ルイスが頭を抱えて呻いた。はああと長い溜息。

 恐くなって、カエルクッションを抱えたまま、ベッドの端にしゃがみこむ彼のシャツを後ろから引っ張った。

「ルイス?」

「だめだ、マキ。私に近づくんじゃない」

 胸の奥がぎゅんと縮んだ。泣くのはよくないと思っても、自然と喉が震える。シャツを掴む手をとるためかルイスがふり向き、あたしの様子に表情を緩めた。浮かんだ涙を指先で拭う。

「ごめん、泣かせるつもりじゃなかった。だが、成人していない君に私がこれ以上近づくわけにはいかない。我慢してくれ」

「嫌いに、なった?」

「違うよ。問題は私のほうだ。四年も君に触れずに待つのは堪えられない」

 目尻にキスが落ちる。結婚観の違いで決裂したわけじゃないと分かったら、安心してまた涙が滲んだ。

「四年じゃないもん。あと三年だよ。あたし、もうちょっとで十七だから」

 十二月が誕生日だ。こっちへ来たのが十月十五日。半月過ぎたから、そのままの時間を計算すると、向こうはおそらく十一月の初め。誕生日まで1ヶ月ちょっとだ。

 そう説明すると、ルイスの顔がほんのわずか和んだ。

「そうか、もう少しで誕生日なんだな。なにかお祝いをしないと」

「……ルイスがいてくれればいいよ」

 精一杯そう言えば、ルイスは了承するように唇を重ねてきた。熱い息がこもる。

「よし。やっぱり決めた」

「なに?」

「マキはここで待ってて」

 ちゅ、と今度は軽くキスして、ルイスがベッドから立ち上がる。洗面所に入っていったので、どうしたんだろうと眺めていたら、ほどなく洗濯の終わったらしい今までの旅の服に着替えて出てきた。まだ髪は束ねずに、短い外套の上にふわりと散っている。

「今からレインと異界の扉を開く相談をしてくる」

「……は???」

 戸惑うあたしに、ようやく想いの通じ合った年上の彼は、にっこりと極上の笑顔で告げた。

「君の親に結婚の許可をもらいにいかないといけないからね?」

――動機が不純すぎる……。

 せめて、そこは嘘でもあたしを帰してあげたいとか言うべきだろうと思ったけど、口にはしなかった。もうなんだかルイスがいろいろとヤル気満々なのが見てとれたから。

 風呂場でのレインとのやり取りが脳裏を流れる。

――男を見る目を養うべき……か。その通りかも。

 選ぶ相手を間違えたかな、なんて思ってしまったのは、ルイスには絶対内緒だ



どんまい、ルイス(笑)。

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