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20-6


『前の乙女は、どうなったの?』

《百五十年前の人の安否ということなら、答えは分かりきってると思うけど?》

 問いで返された答えに、わたしたちは口をつぐんだ。

――亡くなってる、んだ。やっぱ、そうだよね。

 それぞれの考えに沈むように黙り込んだわたしたちを眺め、レインがふわ、と上方に移動する。

《彼女については、またゆっくり話すよ。これでだいたいの質問は済んだかな?》

『まだ。ね、レインっていくつなの? 家族は?』

《……こだわるね、君。[まほら]のメインコンピュータと結合した意識体に年齢や家族構成が関係ある?》

『同い年くらいなのかなーって』

《死んだとき? いくつだったか覚えてないよ。自分の死亡記録なんて捜す気ないし》

『……あなたはそもそも人だった、というのは確かなのか?』

 ルイスの問いに、レインは不思議な光を湛えた瞳を向けた。

《なぜ?》

『あの力は、人の成し得る範疇なのか?』

《ああ、さっきのあれね》

 レインはすいっと飛ぶと、スクリーン近くのテーブルの上に立った。

《僕は〝稀人(まれびと)〟だ》

 スクリーンに縦書きで、〝稀人〟という漢字が流麗に描き出される。

《最初は〝稀な人間〟〝珍しい人〟という意味ではなかったんだけど、今ではその意味で使われることがほとんどだ。僕は一応生粋の日本人系地球人だけど、一般人にはないこの――〝力〟を備えて生まれた》

 碧の瞳がきらりと光ったと思うと、いきなり椅子ごとわたしたちの体が浮き上がった。

『きゃ……』

 不安定ではない。見えない手にひょいと摘み上げられたような、空気そのものが押しあがったような、不思議な感覚だ。

『わー、すごい』

『これは……どうなっているんだ?』

 素直に驚く真紀と、訝しむタク。ふわふわ漂う椅子に腰掛けたまま、ルイスは眉間に皺を寄せ、顎に手を当てて考え込んでいる。

『これが分からないんだ。なぜ天律を動かさずに、理律のみが働くんだ? しかも働かそうとする力をほとんど感じない』

 ことり、と軽い音をさせて、わたしたちを床に降ろし、レインがその質問に答えた。

《君は、途中捻じ曲がったとはいえ僕たちの血を引いているんだから、多少は分かるはずだよ? 彼女たちは聞いたことがあると思うけど、これがいわゆる超能力と呼ばれるものだ》

『ちょ……超能力ぅ?』

《そう。サイコキネシス(念動力)、テレパス(精神感応能力)、テレポート(瞬間移動)、デポート(物体移送)、アポート(物体転送)、パイロキネシス(発火能力)、クリアボヤンス(透視)、プリコグニション(予知能力)……僕が使えるのはこれくらいかな》

『待って、多すぎて分かんない』

『つか、それほとんどじゃない?』

《だから僕、地球人類史上最強って言ったじゃない。冗談や遊びで、この[まほら]の全システムを乗っ取るなんてしないし、できないよ》

 天使の美貌の少年は、あくまでも爽やかににっこりと笑う。状況を理解しようとするつもりか、タクが真剣な顔で、椅子の背を指の甲で弾いた。

《椅子に仕掛けはないよ?》

『そうだろうとは思うが、気になるんだ。俺は、魔法士でもマーレインでもないからな』

 そういえば、マーレインと稀人って音が似てる。これも元は同じ言葉だったんだろうか。

――まれびと……稀人。まれにん?

 くだらないことにわたしが頭を悩ませている一方で、ルイスはまだ〝超能力〟について考え込んでいた。

『あのジャメインという男の使う力に似ていたようにも思うが』

『ジャムは魔法士の訓練を受けたことがないマーレインだから、全部が力任せなんだと本人が言っていた』

《ああ、あの赤い髪の? そうだね、使い方としては彼が一番近いかな》

 自然に男同士の会話に入ってきたから、気付くのが一瞬遅れた。びし!と勢いよく真紀が右手を挙げる。

『ちょっと待った! なんでレインがジャムのこと知ってるの?』

《監視衛星があるって言ったじゃない。僕が休眠しても、分岐した各システムが全部休止するわけじゃないよ?》

『ずっと見てるの?』

《ポイントはある程度絞るけど、必要な情報の取捨選択は僕が行なう。EMIは働き者でね》

『――イミ?』

《EMI ――Extra Mark ground Investigation。外部地上記録調査システム》

 ミィカが天候を操る人工衛星で、イミが監視衛星。

『……ツゥークには何もしてないよね?』

《なんで、そこで非難の目を向けられるわけ?》

『乙女の夢を壊したから!』

 頬を膨らませて、じと目で睨む。月の三女神の神話、結構好きだったのに、夢が台無しだよ。

《え、なに。そこ、僕が謝るとこ?》

『うん!』

《えー。じゃあ僕も、新しい使用者はもっと物静かな子が良かったとか、要望出してもいい?》

『……レイン、壊すよ』

 真紀にまでぎろりとした視線を向けられれば、自称・元人類史上最強の少年は、わずかに顔を引きつらせた。タクとルイスが噴き出す。

《ちょっと、笑うとこじゃないでしょう?》

『失礼した』

『いいやマキ、もうちょっと言ってやれ。彼は少し横暴すぎる』

『だよねー。あたしもそう思う』

『あ、わたしもー』

《なに、その連帯感》

 感じ悪ぅ、と呟いて、整った唇を曲げるレインは、本当にただの男の子みたいだ。

 コンピュータを乗っ取ったこともあるんだろうけど、ソロンのしたこととか歴史のことをあれだけすらすら言えるのだから、きっと元々頭は良い方なんだろう。それに彼は何百年もここにひとりでいたはずで、見た目通りわたしたちと同じ年頃では有り得ないのは分かる。

 だけど、時折見せる子どもみたいな態度が、彼をすごく身近に感じさせた。

――説明してくれたのがレインじゃなかったら、もっと状況は辛かったのかもしれないな。

 ふと、そんなことを思う。

 真紀がしつこく、また前の質問を引っ張り出してきた。

『で、この宇宙船って動くの?』

《正しくは宇宙艇。〝艇〟というのは、真っすぐ進む船ということだ。地球から脱出してきた乗り物が、帰還することを考慮して造られているかどうか、ちょっと考えれば分かるでしょ?》

『箱舟って感じだね』

《ああ、単一神を崇める某宗教風に言うとそうかもね》

 真紀が不服そうに、わたしから手を離して腕組みをした。

「レインてさ、なんでそう、こんがらがった物の言い方するわけ?」

《人の心理というのは、一言で表現できるものじゃないよ》

「レイン、人じゃないし!」

 言い返す真紀に、わたしが声もなく笑っていたら、椅子の背越しに顔を覗かせたルイスが、

『何と言っているんだ?』

と訊いてきた。わたしは笑いながら説明し、真紀の腕をつついた。

『真紀ちゃん、指環』

『あ、忘れてた。レインに日本語通じるから、つい』

 ルイスが苦笑して眉尻を下げる。

『忘れないでくれ。しかし、意識体だからという理由だけで、言語が関係ないのがよく理解できないな』

《テレパスというものは元来、双方向性でね。意識の波長を合わせるから、思考状態や論理がよほどの飛躍を見せない限り、だいたいの意図は通じ合う。

 もちろん、そんなに深く読むわけじゃなくて、言葉として発する直前の意識を拾う程度だから、プライベートは守られる……というところまで言っておいた方が安心かな?》

 意地悪い笑顔で告げられれば、そこはかとなく厭な予感がよぎる。

『レイン、自分で最強って言ってなかった?』

《うん》

『じゃ、プライベートも覗けるんじゃ?』

《そこを肯定すると、すごく彼らから殺気を飛ばされる状況に戻るから嫌なんだよ》

『……それ、肯定と同じだから』

《はは。だよねー》

 にこにことレインが同意する。人だったときもこんなノリだったのかな、という疑問が心中を掠めたけど、黙っておいた。

《だけど、その指環も役に立つものだね。ふーん、作っておくものだなあ》

『レイン、なにか知ってるの?』

《知ってるもなにも、僕が作ったから》

『――――は???』

 みんな目が点だ。

『ソロンが創ったのではないのか?』

《石の部分はね。魔法力をもたない人間を補助するように、なにか魔法を仕込んだらしい。僕が作ったのは台座の部分だ。古い時代で言うICチップに似たものを搭載して、翻訳機能を備えさせたんだ》

『翻訳……』

《そう。ソロンがうるさくてね。地球人は使用する言語が違うと知って、意思疎通のためのツールを作れと無茶難題を持ちかけたんだよ。もう、断るのも面倒でね。二十世紀代の日本語データもマフォーランド語データもあるから、適当に作ったんだ》

 ルイスが目を輝かせて、身を乗り出す。

『どう作ったんだ?』

《マフォーランドの技術で再現するのは難しいね。原理としては、テレパスの応用だ。

 喋ろうとする直前に湧き起こる脳の言語野の微量な電磁電圧変化……これをマフォーランド語に変換し、対応する音を喉や口の筋肉を動かして声として出す。その時間差は0.01秒ほどだ。ほぼ同時通訳だけど、本人には違和感が二重音声となって感じられる。

 逆に聞いた言葉は、最初に音、つまり単なる振動として指環に認識され、それを言葉として変換した情報が微細電流となって脳へと伝わる。だから、指環に触らないと機能しないんだ》

『指環本体を触らなくてもいけるよ?』

《微細電流が伝わる範囲なら問題ない。本当にわずかな電圧変化だから、あまり厚みのあるものや密度の高いものが間にあると、伝わりかたがおかしくなる。

 それに、これは日本語からマフォーランド語への翻訳対応ツールだから、マフォーランド人が持っても何の変化も起こらないしね》

『ソロンが遺した創り方というのは?』

《後世いろいろと詮索されては困るから、それらしいことを書いておいておくみたいなこと言ってたけど? 石の部分は彼の手によるものだし》

 ルイスが難しい顔で黙り込んだ。そういえば、もう一個魔法話の指環を創ろうとしてたんだっけ。

『では……もう創れないということか』

《試作品ならあるけど?》

 レインの一言に、ルイスの目がぎらりと光った。獲物を見つけて今すぐ獲って食べちゃう的な眼光の鋭さに、思わず真紀と引く。

『それを是非譲り受けたいのだが、どうすればいい?』

《……君、露骨だね。まあ君たちには、貴重な〝使用者〟を保護して無事にここへ送り届けてくれた貸しがあるからね》

『では』

《特別に割引くよ。前払いでよろしく》

 レインが、天使の笑顔で悪魔なことを言う。真紀が冷たい眼差しを注いだ。

『ただであげれば? レイン』

《この世に二つしかないものを? しかもここにあるのは日本語への対応ツールとして作った試作品で、これひとつしかないんだよ》

『試作品なら別にいいじゃん』

『いや、物には対価を支払うのは当然だ。前払いとはどれくらいだ?』

《ああ、お金じゃなくていいよ。君の――体で》

 言った瞬間、レインの輝きが急激に増して、ルイスの体をざあっと光の洪水が走り抜ける。がくり、と金色の頭が横向きに倒れた。真紀が悲鳴をあげる。

「レイン、何したのっ?!」

《彼の力の扉を開けただけだよ。ちょっと強引だったけど、悪い影響はないはずだ》

『ほんとに? なんで分かるの』

《だって僕、〝神さま〟だから?》

「自分で言うなっ」

 言い返し、真紀が気遣わしげに金髪の男を覗き込む。胸が動いているから呼吸しているのは分かるけれど、なんだか顔色が蒼い。

 と、ふいに青い目が開き、大きな深呼吸を吐いてルイスが頭を持ち上げた。

「大丈夫?」

『頭が……くらくらする』

 呟き、ルイスは何かに驚いたように、腕に掴まって自分を見つめる真紀をまじまじと見返した。

「ルイス?」

『……いや、心配ない。ありがとう』

 そう言って、見ているこちらがどきっとするほどの甘い笑顔を浮かべる。わたしとタクの存在を忘れたように真紀を引き寄せ、繊細な手つきで髪を撫でた。

《おっと、そこまで。いい加減に閉じなさい》

 レインがふわりと近寄って、ルイスの額に指先を当てる。かすかにルイスが眉をしかめた。

《今は仮に僕が閉じたけど、あとでちゃんと自分でできるようにね?》

『すごい……感覚だった。あれが、マレビトの力か?』

《そう。君たちの魔法とは感覚器官の使い方が異なるはずだ。すぐに慣れる……っていうか、慣れてくれないとね。君には僕に、〝魔法〟を教えてもらうから》

『なるほど。前払いにしては、後々の努力を要するのだな』

《嫌なら指環あげないよ?》

『努力しよう』

 即答で応じ、ルイスは椅子の上で上体を起こした。戸惑う真紀に、もういちど艶のある微笑を向ける。真紀が変な顔になった。眉をひそめ、光る少年に呼びかける。

「れーいーん。本当はなにしたの?」

《えーと。だから扉をね?》

「……まさか、ルイス。人の心読めるようになったとか言わないよね?」

 日本語が分からないはずのルイスが、気まずそうに視線を逸らした。

『君が聡いのを、また忘れていた』

《自分でばらさないでよ。ってか君、分かり易すぎるから》

『そうかな』

《最初に読んだ対象が、自分に好意的な相手でよかったよねー》

『それは、もちろん』

 本当に、嬉しくて仕方ないというようにルイスが顔をほころばす。部外者のわたしまで照れるくらいだ。真紀が、髪に隠れた耳たぶまで真っ赤になった。一体何を思ったんだろう?

 わたしの手を取り、真紀は半分涙目でルイスを睨む。

『……絶対、忘れて。今すぐ、即行で!』

『あー、うん。ごめん、嬉しくて忘れられそうにない』

『レイン、力戻して!』

《無理。目の悪い人が視力を改善されたら、見させないわけにいかないのと同じ。あきらめてよ》

『うう、二人ともサイテー』

 真っ赤な顔で涙ぐむ。完全にいじけた真紀に、さすがのレインも困り顔になった。

《力を全開放すると、読もうとしなくても他人の考えが飛び込んで来るんだよ。特に君は、あのとき彼に気持ちを向けていたから読まれやすかったんだ。

 前もって忠告をすべきだったね。謝るよ、ごめん》

『マキ、そんなに私に読まれたのが嫌だったのか?』

『断りもなくプライベートを盗み見されたのが嫌なの!』

『そうか、すまなかった。これからは、きちんと統制できるようにするから』

『やり方、分かるの?』

『力を開放された瞬間、彼から力に関する知識がすべて流れてきた。魔法の使い方とはまったく違うが、訓練すれば可能だと思う』

――すご。

 初めて目覚めた力をコントロールできると言い切るルイスもだけど、あの一瞬でそこまでの状態に彼を引き上げたレインは、本当に神さまみたいだ。

 その言葉に真紀の機嫌もやや持ち直す。それなのに、タクが余計なことに気がついた。

『心が読めるのなら、指環はいらないのではないか?』

 レインが額に手を当てて呻く。

《……そこは黙っていようよ》

『なしだよね』

『ダメ、絶対ダメ! 心読むのはんたーい!』

 真紀が、ぶんぶん首を横に振る。乙女心を何だと思ってるんだろう、まったく。

『ありえないよね』

『ねー? 全然分かってない』

『ほんと』

 なんて会話をしていたら、レインがぽつりと、心の底からしみじみタクとルイスに洩らした。

《君たち、あの二人と旅してきたんだよね。嫌にならなかった? あのやかましさが四六時中でしょ?》

『そうか? なかなか楽しいぞ』

『退屈をしないのは確かだ』

《それ、心広すぎだよ。ちょっとだけ尊敬するね。僕だったら絶対、途中で逃げ出すのに》

 そのぼやきに『えー』『レイン心狭いー』と言い返したら、光る少年は海の色の瞳で、おしゃべりを続けるわたしたちをきっと睨んだ。

《あーもー、ほんと君たちうるさい! 僕の静かな時間を返してよ!》

『え、なに。レイン、やっぱり壊れとく?』

『もう一回眠るとか?』

《……僕は本気で、君たちを眠らせたいよ》

 レインが混ぜ返すから余計に、だけど半分ふざけて言い合う会話は、無軌道なまましばらく迷走して、数分後タクとルイスのお叱りをきっちり三人で受けることになった。



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