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20-4



 わたしと真紀を解放しなければ遺跡を破壊すると宣言したルイスは、言葉通り、すでに黄金の光を纏って稲妻を喚び寄せつつあった。わたしたちは抱き合い、固唾を呑んで、スクリーンに映るその光景を食い入るように見つめる。

〝水門の神〟と呼ばれたレインが、宙に浮かんだまま、皮肉な微笑を唇に刷いた。

《へえ、〝神〟を相手取るにしては随分と不遜な態度だね。これは少し、思い知らせてやらないといけないかな?》

 ぱちりと指を鳴らす。スクリーンに蛍光色の数字と文字列が流れたかと思うと、十字を持った丸い枠が、ぴたりとルイスとタクの頭上で止まった。

 見たことのある構図――そう思って、その丸枠の傍で点滅する〝LOCK ON〟の文字に背筋が凍る。

『なに、してるの?』

《向こうが魔法を使うなら、こちらもそれなりの手段を使わせてもらう。監視衛星には防衛機能も備えていてね。地上の特定個人をレーザー砲で遠隔射撃するくらい造作もない。なんて言うのかな、こういうの……神の鉄槌?》

『ちょ……だめだよ!』

『絶対だめっ!』

 物騒すぎる内容に声を揃えて否定すると、碧の瞳がきょとりと丸くなった。

《や、だって正当防衛だよ? ここにあれ落とされたら、君たちだってただじゃ済まないし》

『だめなものはだめなの!』

『ねえ、説得とかできない? わたしたちは無事なんだし……』

《やってみてもいいけど、聞く耳もつかなあ。人の神経逆撫でするのは得意だけど、説得は苦手なんだよね》

 不機嫌そうに天使の美貌を顰め、水門の神は腕組みをした。お願い、と手を合わせると、小さな息をついて、肩をすくめる。

《あまり期待はしないでよ》

 そう言いおき、彼は姿を消した。

 真紀とくっついたままスクリーンを仰いでいると、いきなり画面が強烈な光で満ちる。まさか稲妻が、と思って蒼ざめれば、一瞬のちに驚きに目を瞠るルイスとタクの姿が映し出された。

 どうやったかは知らないけど、どうやらレインがあの稲妻を消したらしい。神さまらしくあちら側に話しかけるレインの声が、こちらにも一緒に響いてくる。

《――愚かな男だ。おまえがその力を行使すれば、中にいる者がどうなるか分かるだろうに》

『水門の神……本当にいたのだな。彼女たちを貴様に捧げるくらいなら、貴様もろとも我が手にかけるのにためらいはない』

《そのために命を捨てるのか》

『愚問だ』

 再びルイスが金色の光を帯び、タクが長剣をすらりと抜いて構える。

『われわれは彼女たちを護るために在る。そのためなら、この命が尽き果てるも本望』

 二人の靭い眼差しに、どきりと胸を突かれる。不謹慎だけど、ものすごく嬉しい。だけど。

『やだっ。死んじゃやだよ! レイン止めて!』

 弾かれるように真紀が悲鳴をあげた。わたしも声を張りあげる。

『お願い、死なないように言って。わたしたちは無事だから、大丈夫だって!』

『この声、届かないの? ねえレイン』

《……ああああっ、もうほんとうるさいな、君たちは!》

 神さま口調をかなぐり捨てて、レインが怒鳴る。タクとルイスが少し動揺した。

『どういうことだ?』

『われわれ人の言うことなど、所詮くだらぬという訳か』

 こちらの会話が聞こえてないから、なんだか解釈が物騒な方向へ進んだらしい。お腹の底が冷える。真紀と繋ぐ手に力を籠めた。

『お願い、レイン! もうちょっと待つように言って!』

《この状態じゃ無理だ》

『……なんだと?』

 言い返したのはルイス。もうほんとに混乱してる。真紀が叫んだ。

『ねえ、レイン! 二人をこっちに連れてきてよ、あたしたちが入ってきたみたいに。あたしたちが無事なことを確認すれば、きっと二人とも変なことしないから!』

《……いいだろう。だけど、後悔しても知らないよ?》

『後悔など――』

 タクが言いかけた瞬間、二人の体が光に包まれた。

《彼女たちの望みだ。君たちを〝過去の世界〟へ案内しよう》

 厭味たっぷりの偉そうな言い方で、レインが告げる。と、同時にスクリーンから光の固まりが消えた。わずかな時間差で室内に光が満ち、わたしたちははっと振り返った。

 スクリーンとは反対側の無機質な扉ともつかない壁の前に立つ、レトロな旅装束の男の人が二人。二人とも剣を手にしたまま、唖然とした様子で周囲を眺め、唐突にわたしたちに気がついた。

『マキ!』

『リオコ!』

 口々に叫んで、こちらへ駆け寄る。両手に剣を持っていたルイスはさすがに収めたけど、タクはまだ片手に長剣を提げたまま、左腕でぐっとわたしの体を抱き込んできた。それだけで、彼の広い胸にわたしはすっぽりと納まってしまう。

『良かった、無事で』

『う、うん。心配かけてごめんね』

『……涙を?』

 まだ潤んだ眼と瞼の赤さに気付いたのか、タクが気遣わしげに覗き込む。武骨な指先が、そっと触れた。

 泣いたのとは違う理由で、わたしの顔全体に血が昇る。自分でふっておきながら、この優しさは絶対に反則だ。彼の顔が見られなくて、目を逸らす。

『ちょっと、いろいろ驚いて』

『驚く? まあ……確かにそうだな』

 ちら、と肩越しにスクリーンやボタンのついたテーブルが並ぶ光景に視線を送り、タクが苦笑した。わたしたちの横では、ルイスの腕に抱え込まれた真紀が質問攻めにあっている。

『乱暴なことはされてないか? 怪我は?』

「もう、大丈夫だってば! はーなーせー」

 ごめん真紀、勢いで繋いだ手が外れちゃったんだ。送心術でも同じ言葉が伝わっているのか、ルイスの胸を平手でばしばし叩く真紀は、林檎みたいに顔が真っ赤だ。なんだかかわいい。

 思わず笑ったら、頭の上をタクの吐息がかすめた。

『本当に良かった。君たちが目の前で消えてしまったから……もう二度と会えないのかと思った』

 低く告げられた言葉は簡素で、だけど深い響きに満ちた囁きだった。彼の顔を下から見上げる。左目の上に傷のある精悍な顔が、心配という言葉以上のなにかを漂わせてわたしを見つめていた。

『……タク』

 わたしが言葉を続けようとしたとき、きらりと目の端を光が流れ、その流れがひとつの形となって宙に立った。

《はーい、そこまで。感動的な再会は後回しにして、先に説明を続けたいんだけど?》

 突然現われた碧の瞳をした光る少年に、わたしを腕に抱いたまま、タクが剣を向ける。ルイスは真紀を背中に庇い、剣呑な眼差しを注いだ。

『貴様が水門の神か……』

《だったら?》

『彼女たちは連れ帰る。貴様の犠牲にはさせない』

「待ってよ、ルイス! 違うんだって!」

 真紀が日本語で訴えるけど、当然通じない。傍に行きたくても、タクは大きな腕と胸で、がっちりわたしの体を捕らえていた。どこにも行かせないくらいに。

――う、嬉しいけど、ヤバいよぉ。

 レインは明らかに、この二人が気に入らないらしい。冷酷な、まるで本当に人知を超えた存在のように、高みからこちらを睥睨する。独り言のような呟きが洩れた。

《愚かの極みだな。これがわが末裔の成れの果てとは……情けないにもほどがある。この未来を選び、その娘たちをここへ連れ来たのは、他ならぬおまえたちだろうに。見え透いた偽善ぶりに反吐が出そうだ》

『なに……?』

《連れ帰るというなら、彼女たちの意見を聞くといい。どうしたいのかを》

 ルイスが真紀をふり向く。タクも顔を向けてきたから、わたしはやっと口を開いた。

『あのね、今この[まほら]のこととかの説明を受けてたの。まだ途中だし、聞きたいこともあるから、もう少しここにいてもいい?』

『危険なことはないのか? 無理強いでは?』

《……っていうより、むしろ君たちのほうが〝無理強い〟してるように見えるんだけど?》

 レインが皮肉る。本当に人の神経を逆撫でするのが得意みたいだ。納得していないのか、送心術で真紀と会話していたルイスが再び顔を上げた。

『貴様が神なら、人心を惑わすなどたやすいだろう。――っ!』

 言い返す途中で台詞が切れる。わたしは咄嗟に、両手の中に悲鳴を殺した。

 いきなりルイスが苦しげに喉に手を当てたかと思うと、目に見えない手にそこを持って引っぱられでもするように床を離れ、天井高く吊り上げられていく。

 碧色のレインの二つの瞳が、LEDライトのように強く輝いていた。

《相手を至高の存在と呼んでおきながら、畏怖することもしないのであれば、身をもって分からせるしかないな?》

 瞬間、ルイスの体が目にも止まらぬ勢いで横の壁に吹き飛んだ。だんっと鈍い音をたて、ルイスの背中が壁に張り付く。

「やだっ! レインやめてっ!」

『だめ、放してぇっ!』

 金切り声に近い声で叫ぶと、宙吊りになっていたルイスの体が、どさりと床に落ちる。真紀が走り寄った。

「もう、レインの馬鹿! 乱暴しすぎだよ!」

《椅子壊してパイプで殴りかかった人に言われたくないね》

 言い返し、レインは光の粒子に変わると、今度はうずくまるルイスのすぐ傍で人の形になった。脂汗をかく彼の顔を間近で覗き込む。

《ふうん。マフォーランド人になって徐々に力が弱まってきてるって話だったけど、わりと君は強いんだね。上手くコントロール出来ているようではないけど》

 どう気付いたのか、腰の二本の剣に目を移す。

《開放も統制も学ばせるものがいないか……仕方ないな。君たちが選んだことだ》

『なんの……ことだ』

《昔の話さ。この星に旧時代の文明は必要ないと、そう君たちの先祖が判断したという、それだけのことだ》

 呟き、レインはすうっと碧の瞳を細くした。まるでルイスの何かを推し量っているようだ。

《なるほど、形質欠損は色素体にのみ顕われたのか……どうも魔法は分からないな。確か〝律〟とやらを動かすのだったか。肉体への影響もずいぶんと緩やかなようだ。面白い》

「面白がらないでよ、レイン」

《生のマフォーランド人に接する機会は少なくてね。いいサンプルだ》

――まったく、どこまで人を人扱いする気がないんだか、この神さまは。

 心の中で愚痴る。同じだったのか、真紀も厭そうに眉間に皺を作った。気にせず、レインはどこか上機嫌で独り言を続ける。

《ああ、そう。君はわりと早い段階から決めていたんだな……心中とはロマンティストなことだ。そうか、あの男をここまで引き寄せたのもそのためか……?》

『なにを、言っている。いい加減離れろ』

 手で払いのけようとするが、ルイスの指は光の少年を素通りする。ルイスが呻いた。

『……まいったな』

《そう、僕は本物だ。君たちの知る超次元の存在とはまた違った意味での、自由意志をもった無形の非生命体だよ。幽霊と呼んでくれても差し支えないけど?》

『不思議だ。あなたは……この世のものに視える』

《正解だ。やっと理解してくれたようだね》

『なぜ、途中で攻撃を止めたんだ?』

《彼女たちがそう望んだから》

 その答えに、わたしたちも驚いた。光となって漂う少年が、ふわりと立ち上がる。

《意図したわけではないが、彼女たちは僕を目覚めさせ、その身に鍵が刻まれた。彼女たちは、正式なここの使用者として認められたということだ。使用者に僕は逆らえない》

『鍵……?』

 呟き、ルイスが真紀の右腕を掴んで袖をまくった。慌てたように、タクもわたしの手を取る。それぞれの素肌に刻まれた光る流水模様を見つけ、少しの間二人は重く沈黙した。

『痛みはないのか?』

「うん。もう平気」

《消えては困るものだからね。定着に十日ほどかかる。あとは馴染んで、分からなくなるよ》

『ほんと?』

《鍵が常時分かるような状態では危険だから、必要なときにのみ現われる。女性の体を傷つけて申し訳ないけど、心配はないよ。四十一世紀の技術を甘く見ないで?》

 前までの軽い口振りに戻り、レインは微笑むと、ルイスから離れて先程の位置へ戻った。

 真紀の手を借りて起き上がるルイスに、タクが呼びかける。

『ルイス、彼は本物の神なのか?』

『いや……神ではなく、それに近いこの世の存在だ。まさかこのようなものが在るとは、想像してもみなかった』

 なんとなく理解した。

――そっか。ルイスはマーレインだから……。

 特別な〝目〟をもっているルイスにとって、この〝コンピュータを乗っ取った元人間の意識体〟なんていうレインは、とてつもなく危険極まりない存在に視えたのだろう。

 そんな存在と気付きながら、それでも危険を顧みずにわたしたちを助けようとしてくれたのだと思うと、本当に正直、震えるくらい嬉しさが湧きあがった。真紀も同じように感じたのだろう、何も言わずルイスにぴったり寄り添っている。

 わたしは黙って力を抜き、背中を包む力強い腕と胸とに体を預けた。タクの腕がほんの少し緩み、今度は包むように優しく引き寄せてくる。

《……君たち、仲がいいのはいいんだけど、状況分かってる?》

 レインの声に我に返る。かあっと耳たぶまで熱くなった。それでも、わたしに回された腕は離れなかった。

 真紀の手を引いて戻ってきたルイスが、こほん、と軽く咳払いをして光る少年を見上げる。

『失礼した。ところで……ここは一体どこなんだ?』

《――――またそこから説明なの?!》

 レインの声が裏返る。

 やっぱり、そうなるよね?



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