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20-3

天災・人災の表現が出てまいります。ご留意ください。

(2012/1/12 名称変更しました→「クオリア素子(そし)」)


《さて、どこから話すべきかな》

 腕組みをしてそう呟いた彼に、

「ねーねー、レインって年いくつなの?」

『兄弟いるの?』

「前の乙女ってどんな子だった?」

『どこから来たとか、知ってる?』

「結局マフォーランド人って日本人なの?」

『ぜんぜん似てないよね。なんで?』

「この宇宙船って、動くの?」

『今、地球ってどうなってるのかな?』

 立て続けに二人で思いつくままの質問を浴びせたら、天使の容姿をした少年は、きれいな顔をものすごく厭そうにしかめた。なんてもったいない。

《――君たち、うるさいよ? 女三人で姦しいっていうけど、二人でも充分すぎる》

「ご……ごめん」

『ごめんね』

 謝ると、レインはふうっとため息をついて、ふわふわと宙を漂う金髪に指を滑らせた。感覚ってあるんだろうか。

《とりあえず、立ち話もなんだから座って》

 テーブルに収まっていた椅子がふたつ、床に接した脚の部分を滑らすように、こちらへとやってきた。少し固めだけど思ったより居心地のいいそれに、真紀と並んで座る。

 レインはわずかに浮き上がり、やや上方からわたしたちを覗き下ろした。深い碧の双眸が、不思議な光を湛えている。

《さっきの質問にはあとでまとめて答えよう。先に、君たちには少し〝未来〟を知ってもらうよ。今ここに居る意味を理解してもらうためにね》

 黙って、二人で首を縦に振る。光る少年が、心得たように頷きを返した。

《さて――授業開始といこう。歴史の時間だ》

 告げたと同時に、彼の姿が光の粒子となって弾け、背後のスクリーンに吸い込まれる。と、強く輝きを帯びたそこが、ふっと光を消したかと思うと、前に見たのとは違う青い惑星を映し出した。

 ここじゃない別の星――地球、だ。

 鳥ではなく宇宙船にでも乗っているようにその星を彼方から仰ぎ見、次の瞬間わたしたちは急激に地上に引き寄せられた。

 エジプト。メソポタミア。中国。インカ。名前も定かじゃない太古の文明の足跡が、絵巻物のように目の前に繰り広げられていく。スクリーンの片隅に光る数字がACの文字を消す頃、壁画は絵画となり、文字が溢れはじめる。

 そのうちそれは写真になり音が流れはじめ、動画となって画面を埋め尽くした。そして起こる砲撃、銃弾、軍隊の列。収容される何万もの人々。戦車、軍艦、戦闘機――宙に舞い上がる巨大なキノコ雲。

 人類が月に辿り着き、映像がカラーになった後でも戦いは止まない。大地を踏みにじり、次々と家が街が壊され蹂躙されていく。雨となって地に降り注ぐミサイル。銃を抱える子どもたち。

 一方で世界は華やかだ。多くの国々が競う博覧会やオリンピック。美しい名の元に手を取り合う多種多様な人種。新幹線、航空機、巨大な橋。密集する高層ビル。物理的にも経済的にも、積極的に人々は交じりあう。

 PCが普及をはじめインターネットが登場すると、それらは飛躍的に活発さを増した。国の壁が壊れ大国が崩壊し、これまで表に出なかった国が次々と台頭をはじめる。

 表が輝いているだけに、裏側の闇は深い。飢餓、汚染、麻薬、自ら破滅へと向かう人たち。またも争いの火種が噴き出し、強力な武器は天高くから飛んできては、街を焦土に変える。報復に次ぐ報復。

 光と闇をめまぐるしく入れ違えながら、だけど互いの深度を増すように対極の方向へ発展を遂げる世界は、火に焼かれても、大地の鳴動に潰され海の波に襲われても、むしろそちらを喰い尽くす勢いだ。

 やがて、わたしたちの知らない時間へと歴史は突入していく。

 荒れ狂う天候に翻弄される世界。ようやく自然に歩み寄ることを覚えた人間だけど、それでも遅すぎた。

 削られ呑み込まれ、大きく形を変える大地。銀色に輝く都市はついに大地を離れて浮遊し、人の手によって造り込まれた世界は、さらなる上空へと発展の矛先を向けた。巨大宇宙ステーション、幾隻もの宇宙船。天地を繋ぐエレベーターが神の造形のごとく光臨する。

 活発化する天上の陰で、虐げられた地上もまた変貌を遂げる。海も山も川も湖も、残されているはずなのに、それはもう〝自然〟ではなかった。かけ離れた人工の緑。花。水の青。

 ひどいと思う一方で、自分が土の道を歩いたのはいつだろうと記憶を呼び起こす。

――家族でキャンプに行ったとき、とか?

 舗装されていない道路なんて、よほどの場所じゃないとなかった。とっくにわたしの周りでも、これと同じことが起こっていたのかもしれない。ソロンの言葉が甦った。

――わたしたちの〝罪〟が、これ……?

 目の前の歴史絵巻はまだ続いていく。幾度も起こる紛争、暴動。鎮圧、抑制と繰り返されるそれは、武器や手法が違っても、これまで見てきた戦争となんら変わりはない。

――……なんで学ばないんだろう。

 すでに〝過去〟だと分かっていても苛立つ。哀しくなる。

 そしてついに――各地で同時に巨大なキノコ雲があがり、地上は火の海に包まれた。

 地獄。

 その形容詞しか思いつかない光景に、両手で口を覆う。ぼろぼろと涙がこぼれ出た。

――これが未来? これが〝過去〟?

 火が消えた後には、塵なのか雲なのか厚い灰色の靄が地表を覆い、それは何十年経っても薄れることはなかった。破壊を逃れた空中都市から、銀色の巨大な物体が宇宙に向けて何基も発射される。そのうちの高層ビルに似た見覚えのある四角いそれが、[まほら]なのだと直感した。

 視点が宇宙へと返る。

 暗黒の海の中、灰色に沈黙した惑星を離れて船たちが銀色の光となって四方へ照射されていく様子は、まるで星が終焉を迎え、最後の光を放っているように見えた。

 辛くて、ぎゅっと隣の温もりを抱きしめる。やわらかい真紀の腕が、抱きしめ返してきた。

 説明も、一切の注釈もなかった。それでもレインが伝えたかったことが、胸の奥深くまで真っすぐに、容赦なく突き立てられた気がした。

《――今見たものは、すべて事実だ。正確には事実の一側面にすぎないけれどね》

 気がつくとスクリーンは白さを取り戻し、目の前にはレインが浮かんでいた。

 眩しく感じる明かりに、頬の涙を拭う。真紀も目を赤くしていた。

《前回の乙女もソロンも、君たちと同じものを見た。勿論、予備知識のないソロンにはかなり説明をしたけど、僕が伝えたのは〝起こった事実〟だけだ。それを知って出した彼の結論が……君たちの召喚というわけだ》

「なんで、わざわざ呼ぶの? 水門、開けたいだけなんでしょ?」

《それには[まほら]が、このトヨアシハラに着いてからの歴史が関係している。

 さっきも言ったけど、この星は第二の地球として、31の候補の中から選ばれた。だけどその根拠となったのは、地球から観測するデータと小さな探査船が持ち帰った試料から分かる断片的な事実にすぎない。[まほら]が到着する前、実態を詳しく知るために調査隊が入ったけど、それでもすべてを完璧に把握できたわけではないんだ。

 それらから分かったことは、トヨアシハラが地球で言う三畳紀程度の時代にあるということ。大気その他この星を構成する物質に人体に有害なものは発見されなかったこと。そして、人類に類似するような知的生命体は確認できなかったことだ》

「開拓団みたいだったんだね」

《むしろ開拓団そのものだったと言うべきだね。開拓用のロボットはいくつもあったけど、それでも世界設計は未知数だった。特に懸念されたのは、人体への影響だ。この星がまだ古環境にあるということが重要視されたけれど、問題はむしろ別にあった。

 君たちは、ここの人たちに何か違ったものを感じなかったかい?》

『違ったもの?』

《そう。彼の召喚に引き寄せられたのだから、それなりに分かるはずなんだけどね》

 言われて首をひねる。

『……髪がきらきらしてる、とか?』

「あ、黒髪なのに不思議な感じがするよね。なんかこう、光る色が混じってるっていうか」

《まさしくそれだ。僕たち四十一世紀の人間が分からなかった未知の因子――僕はそれを〝クオリア素子〟と名付けた》

「くおりあ?」

《クオリアとは〝感覚質〟とも呼ばれる、主観にともなった心的質感のことだ。ざっくり言ってしまうと〝感じること〟。赤いとか、わくわくするとか、そういった感覚のことを脳科学的に偉ぶって言うとそうなるんだよ。

 視覚や聴覚といった五感の感覚と喜怒哀楽などの感情――それらは全部〝脳〟が決定していることだというのは知ってるね?》

「な……なんとなく」

《例えば、僕の声も姿も、実際には無いものだ。それを僕が、目や耳ではなく君たちの脳に直接働きかけて、在るように感じさせている》

『えっ?!』

 思わず声をあげて頭に手を当てれば、レインは可笑しそうにくすりと笑った。

《わりと僕らの時代には普通のことなんだけどね。脳科学も二十一世紀から注目されはじめたから、近いことはあったと思うよ。脳に電極を埋め込んで痛みをコントロールするとかね。

 僕の力は機械を介さず、それを直接脳同士で行なえるものだと思ってくれればいい》

 ぽかんとするわたしの隣で、真紀が腕を組んで眉間に皺を寄せる。

「まっったく理解不能だけど、とりあえず了解。で、ナントカ素子がいったいなんなの?」

《うん。クオリア素子が長期的に人に干渉しつづけると、脳の感覚機能を飛躍的に高める働きをすることが分かったんだ》

「つまり?」

《魔法の源は、それ》

 端的に告げられた言葉に、二人でしばらく呆気にとられる。

 それに魔法が物質としてあると言われると、なんだか不思議な気分だ。理解可能な世界に収まったことへの安堵感と、謎めいたものへの憧れが打ち砕かれた失望が混じり合う。

《源という言い方は少し違うかな。僕たちのもっていた力が魔法として発展する大きなきっかけが、その超感覚質微粒子であり――同時に彼らを大きく変貌させた要因でもある》

『どういうこと?』

《多少は予測されていたことではあるんだ。地球とは異なる環境で長い時間軸を過ごすと、人に遺伝的変化が訪れるだろうということはね。

 だけど、僕たちはクオリア素子の存在を知らなかった。変異は予測されたものをはるかに超え、地球から来たはずの僕たちの末裔は、まったく違う新しい人種になってしまった。君たちの言う〝マフォーランド人〟に、ね……》

 おずおずと真紀が手を挙げる。

「で、それと水門が何の関係が……?」

《では、復習しよう。ここは、君たち日本人系地球人の子孫、仮に開拓者と呼ぶ彼らが脱出のために乗ってきた宇宙船の成れの果てだ。他の星へ移住して生活できるだけの最新技術をすべて搭載してある》

「うん」

《転じてこの星は、開拓者たちの予想をいろいろと超えてしまった。ひとつしかない大陸は環境が安定せず荒れ狂い、地球でいう三畳紀にあたる地上はまだ二酸化炭素が濃く、オゾン層はごく薄い。もちろんそれには手を加えられたが、完璧ではなかった。

 いろいろと老朽化していた[まほら]は、あるとき天候管理システムの一部を損失した。原因は太陽活動の活発化による磁気的影響だ。まだ薄いオゾン層は太陽が放つ強力な電磁波を阻みきれず、システムの機能に混乱をきたしたために緊急停止したんだ》

『それが……水門』

《と、ソロンは呼んだけどね。正確には天上水域貯留管理システム――Management of Impound Celestial Aquae――通称MICAシステムだ。大気圏に拡散しがちな水蒸気をコントロールし、定期的に雨として還元する天候管理の要となるシステムだよ》

――MICA(ミーカ)……み、ミィカ?

 たった今、聞いちゃいけない言葉を聞いた気がする。真紀と顔を見合わせる。

「今、ミィカて言った?」

《ああ、マフォーランド人は月だと思ってるらしいね。まあ、合ってるんだけどね。人工だけど衛星だから》

『あんなでっかいの、人工衛星なの? だって月でしょ?』

《一から造ったわけじゃないよ? 核となる小惑星を捕まえてハイパーコンピュータを搭載し、周回軌道に乗せただけだ》

 変わらずの天使の顔で、レインはけろりと言う。未来人の感覚は大きすぎて理解不能だ。

「まさか、他の二つの月も人工衛星とか言わないよね?」

《いや、あれはもともとこのトヨアシハラが持つ衛星だよ。ひとつには監視機能を付加してあるけど》

 なんだか不穏な発言だ。だけど、今は月にこだわってる場合じゃない。

《話を戻そう。MICAに限らず、移住用に配備されたシステムはすべて、ここ[まほら]のメインコンピュータと繋がっている。そのためMICAが機能を回復するには、ここから一度リセットする必要があるんだ》

「レインがすれば?」

《できないんだよ。僕はあくまでもシステムであって、使用者ではない。開拓者は、移住星の命綱というべきメインと各システムの機能を守るために、厳密なプログラムを組んだ。

 この[まほら]の使用者――正式には継承者と呼ぶべきだけど――を認証するための鍵(コード)に〝遺伝子〟を採用したんだ。さらに外部知的生命体に遭遇する可能性を踏まえて、地球人もっと言うと〝日本人〟しか受け入れないようにした。これがすべての災いだ。

 前にも言ったように、マフォーランド人はすでに日本人でも、地球人ですらないのだからね》

「使用者の設定を書き換えるとか、だめなの?」

 深い海の色の瞳が、哀しげに微笑む。

《……人は不思議なものでね。繁栄には争いが付きものだと信じている。争いのせいで星から脱出したはずなのに、数が増えると意見も分かれ、時と共に本来の目的を失ってしまうんだ。

 高度な技術を持つがゆえに争いの種になると考えられた[まほら]は、古い時代に使用者によって〝休眠〟させられた。MICAが活動を停止する以前にね。だから書き換え不可能のまま、技術は埋もれてしまったんだよ》

『そしてソロンさんが発見した……』

《そのとおりだ。彼の魔法力は強烈でね。僕は強引に〝覚醒〟させられたけど、彼は使用者には成り得なかった。理由は……想像のとおりだよ。

 ここまで説明したから分かったよね? ここを発見したソロンが〝なぜ〟君たちを召喚したのか。召喚する必要があったのか》

「自分たちじゃ水門を開けられないから、わざわざ過去の人間を喚んだ……?」

《そう。復讐も兼ねてね》

『なんで……わたしたちなの?』

《残酷なことを言うようだけど、喚ばれるのは君たちである必要はどこにもなかった、というのが真実だ》

 がたん、と真紀が椅子から腰を浮かせる。

「……なんか無性に殴りたくなってきた」

《僕が意識上の存在だと説明したのに、その行動は無意味だとは思わない?》

 レインが冷ややかにそう諭した、そのとき。

 耳の傍で大きく空気が破裂する音と同時に、部屋全体が大きく揺らいだ。

 慌てて椅子を蹴って、真紀にしがみつく。真紀が抱き止め、庇うようにわたしをやや背中側に回した。一緒にがんばるって決めたのに、やっぱりこういうときに彼女は心強い。

『なにがあったの?』

 魔法の影響で二重がかった声を厳しくして、真紀がレインに問う。

 光でできた少年も立ち上がり、無言で画面に手を差し伸べた。映像に切り換わったスクリーンには、見覚えのある岩が転がった大地と――こちらを仰ぐ、タクとルイスの姿。

 どこかにマイクを仕掛けているのか、ルイスの喋る声がスピーカーを通して室内に響く。

『――水門の神、聞こえるか。今すぐ彼女たちを解放しろ』

 それは、要望というより恫喝。彼の両手はすでに、抜き身の二つの剣を握り構えている。

 魔法士戦のときの比ではない、怒りに満ちた青い目がこちらを射抜く。

『解放しなければ、この場のすべてを破壊する』

 ばりり、と画像が乱れ、金色に輝きを帯びる彼の頭上に、あの恐ろしいまでの稲妻が今まさに再び宿ろうとしていた。



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