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20-2


 ふう、と息を吐いて、真紀が両足を広げ、おぼろな男性の映像に半身に向けて立つ。

 確かに彼の言い分には腹が立ったけど、光の筒の中にいるソロンさんはただの映像だし壊してもしょうがないんじゃ、とおろおろするわたしの前で、好戦的な友人は片目を瞑り腕をまくって、狙いを定めるように幾度かパイプの先をそちらへ向ける。

――あ、あの模様の半分は、真紀の腕にあるんだ。

 パイプを持つ彼女の右腕に、わたしの左腕と同じ光る渦巻き模様を見つけ、現実逃避的にそんなことを考える。

 わたしの思惑なんて知るわけもなく、真紀は両手に持ったパイプを大きく振りかぶると、一気に打ち下ろした。長さ1メートルほどのパイプが、まだらな彼の姿を裂き、鈍い響きをたてて何かに当たる。ばりり、と火花が走り、映像ごと光の筒が消えた。

――わ、ほんとに壊した……。

 大きく息を吐き、真紀が切れ長の一重で、きっと辺りを見回す。

「さっさと出てきぃ、ここの管理者!」

 艶のあるアルトが、威勢のいい広島弁で啖呵を切った。

「出てこんと、こいつみたいに二度と出て来れんなるけど、それでもええんね?」

『ちょ、真紀ちゃん。何言って……』

「さっきのソロンさんの話、理緒子も聞いとったよね? あの人はここへ来ていろんな情報を知って、ここの機械で自分を録画したわけよ。ってことは――」

 手にしたパイプを肩にとん、と乗っける。

「あのソロンとかいう人に余計なことを吹き込んだ馬鹿がここにおる、ゆうことよね?」

『……あ』

 そうだ。ソロンさんのしたことにばかり気を取られていたけど、彼はここで水門の存在やこの世界のことを知った。そしておそらく――ここで最期を遂げた。

『でも、人の気配しないよ?』

「たぶん人じゃないんよ。ここへ来た最初、どっかの声が〝メインコンピュータ起動します〟って言うたんよね」

『あ、それ聞いたかも』

「つまりうちらが来るまで、ここのシステムは死んどったわけよ。なにがスイッチになったんか知らんけど」

 乱暴に言い、真紀は複雑な視線を自分の右手に注いだ。

「そのシステムが黒幕じゃと思う。水門も……この訳の分からん召喚の茶番も」

『こ、壊さなくてもいんじゃない?』

「なに言うとるん。害虫駆除は巣から根絶ゆうのは常識じゃろ?」

 にっと笑う。なんだか真紀が生き生きしてる。どうも広島弁になると、何かが降りてくるというか。

『真紀ちゃん、ヤのつく家業の人みたくなってるよ?』

「日本語の分かる相手なら、ちょっと余計に脅しかけといた方がいいかと思って」

『なるほど』

 広島って喧嘩を売りたくない県民の上位三位くらいには絶対入ってそうだもんね。そのとき。

《――へえ~。今度の〝乙女〟は、ずいぶんと乱暴なんだなあ》

 突然、軽い笑い声とともに不思議な音声が響いた。

「だれっ」

《君が呼んだんじゃないか。ここの管理者って――》

 録音されたものでも、機械で合成された音でもない。それはむしろ、あの巨人から響いてきた深い声の波に酷似していた。

 目の前の大きなスクリーンが白く光りだし、いきなりはじけたかと思うと、空間にふうわりと何かの姿が浮かび上がってくる。

 青年と呼ぶにはわずかに足りない、同じ年くらいの若い男性。半端な長さの髪が淡い金色に輝き、後光みたいに顔周りでたなびく。白い肌も服も、どこか燐光を放っているようだ。

 淡い色彩の中で、二つの瞳が深海の碧を纏って際立った。まっすぐな鼻梁と花びらのように繊細な曲線を描く唇。それらが顎の尖った小さな輪郭の中で、完璧な配置をみせている。

 中性的な容姿は、浮世離れした雰囲気もあって、ギリシア彫刻や宗教画の天使を連想させた。といっても着ているのは、縦襟のシャープな仕立ての軍服っぽい上着にズボン、シンプルな靴。

――せっかくだから、トーガとかチュニックとかで出て欲しかったなあ……。

 少々残念に思っていると、深い海の色の双眸がすいっと細くなった。

《わりとのん気なんだな、君たちは》

『……え?』

「はっ?」

 真紀とほぼ同時に声をあげ、横目でお互いくだらないことを考えていたのだと確認し合う。

「あんたも人の考えが読めるの?」

《一応は》

『こ、コンピュータなのに?』

《コンピュータ、という表現がそもそもちょっと違うんだよ。理解してもらえないのを承知で言ってしまうと、この船は人工知能が組み込まれたコンピュータによって統御されているんだけど――実は、僕がそれを乗っ取っちゃったんだよね》

「はあ??」

『まじで?』

《あ~、いいなあ。二十一世紀っぽい反応で》

 宙を漂う少年が、くすくす笑う。ふわりと舞い、テーブルの片隅に腰掛けた。実際は座ってないのだろう、なんとなく彼の後ろにボタンやライトが透けて見える。

「……幽霊?」

《うん、近いね。僕はもともと人間で……ちょっと特殊な力を持っていてね。ここのシステムをハッキングするために意識を同調させて操作していたら、肉体が死んだ後でも意識だけが残っちゃってさ。気がついたら離れられなくなってたっていうか、融合しちゃったっていうか》

 自分で幽霊と言い切るわりに、彼は天使そのもののほがらかな笑顔を浮かべる。

《自我なんて勝手に消滅するだろうと高を括ってたんだけど、まさかここまで残り続けるとは思わなくてねー。いやあ僕、最強だからなあ》

『魔法士、なの?』

 わたしの質問に、彼は少し寂しそうな顔をした。

《違うよ。僕の時代に〝魔法〟というものは存在しなかった。それに近い力はあったけどね》

「今は……いつ?」

《残念ながら、西暦五千年以上としか言えない。メインが休眠しても補助システムは作動しているんだけど、すべての情報が遅滞なく記録されているわけじゃないんだ。ここと地球の誤差を正確に計算できているとも限らないしね》

 五千年。途方もなさ過ぎて、驚く気にもならない。これまで充分驚いたことだし。

 真紀が授業中の生徒みたいに右手を挙げる。パイプは左手だ。

「質問! 今は、あたしたちのいたところから三千年先くらいの未来で合ってる?」

《正解》

「ここは、地球じゃない別の星なの?」

 その問いに、彼は片手を挙げてぱちんと指先を弾いた。途端、巨大スクリーンが宇宙に変わり、中央に青い星が映し出される。

《そのとおりだ。これが、君たちの現在いる惑星。僕たちの呼び方で〝トヨアシハラ〟だ。正式名称は〝TA012〟。№012アマテラス星系の第三惑星にあたる》

 分からない言葉が出てきた。前を向いている真紀の袖を脇からこっそり引っ張る。ふり返り、真紀はわたしの意図を悟ると、向き直ってまた右手を挙げた。

「はいはーい、もっと分かり易い説明でお願いしまーすっ」

《これでも充分噛み砕いてるんだけど?》

「相手が理解してくれなかったら、説明の意味ないじゃん。本当に頭のイイ人は、お馬鹿な子にも分かるように説明できるもんだよ? ほら、自分ですごいって言ったんだから頑張って」

《そういう意味で言ったんじゃないんだけど》

 メインコンピュータを乗っ取ったという彼は、秀麗な眉間に皺を浮かべ、細い指先を当てた。

《じゃあ、かなり遠回りになるけど順を追っていこう。まず、君たちのいた地球からだ。

 地球は、恒星である太陽を中心に周回軌道を描く〝惑星〟のひとつだ。恒星はだいたいひとつだけど、惑星は複数ある。こういった星々の組み合わせをまとめて〝系〟と呼ぶ。地球は〝太陽系〟だね。ここまではいい?》

 わたしたちに確認を取り、続ける。

《そっくり同じじゃなくても、太陽系と似たような環境をもつものは宇宙にたくさんある。

 ソロンの遺したメッセージにもあったと思うけど、僕らの先祖――つまり君らの子孫は、あるときいろんな事情で地球を捨て、他の星に移り住むことを計画した。

 そのとき候補となった別の太陽系には、便宜上、名前がつけられた。日本神話にちなんで、中心となる恒星は太陽神である〝アマテラス〟。移住に適すると考えられた惑星には、日本の古い呼び方である〝トヨアシハラ〟というものがそれだ。〝TA〟はトヨアシハラの略だね。

 この候補となったアマテラス星系は、全部で31。そのうちの12番目が、最終候補地であるこの星というわけ。分かった?》

「火星とか金星とか、月とかには行かなかったの?」

《君たちの時代から百年余りのちに、地球は〝大統一時代〟を迎える。〝国連〟がさらに発展したものだと考えてくれていい。その規定により、太陽系内にある星はどれも、特定国の独占利用が厳重に禁じられているんだ。

 もちろん月開発は進められていたから、そちらへ移住した者も多い。火星と金星は主に資源開発に用いられて、居住星としては成り立っていない。もちろん、これはこの[まほら]が地球を旅立つ前までの情報にすぎないけれどね》

「なんで、移住をすることになったの?」

《ようやく本題だね。その前に、ちょっとこっちのほうをさせてもらえるかな?》

 また彼が指を鳴らすと、今度はぱくりと床の一部が開き、そこから円盤型の銀色のものが飛び出してきた。円盤の上下が割れ、その間から青く光る丸いレンズともさっとした機械が顔を出す。

――空飛ぶハンバーガー?

 ロボットらしいそれは、くるくる回りながら真紀が壊した台座部分まで飛ぶと、具にあたるところからハサミのついた細長い手を四本伸ばした。器用に壊れた部品をとり除いて、破片と一緒に次々と床の穴に落とす。それから新たな部品を取り出し、青い火花を散らしながら組み立てはじめた。

「修理ロボット?」

《そう。船内は広いから、定期的にメンテナンスが必須でね。こういった自律型ロボットが役に立つ》

『他にもいるの?』

《掃除や管理用のがいくつか。メインとは一部切り離しているから、僕が眠っていても、不備があれば彼らが自分で動いてくれる》

「電池切れとかしないの?」

《使うたびにエネルギーを消費して他から補充する必要のある機器類というものは、三十世紀初頭には根絶されたよ? 今はロボットも自律・自活・自営業が鉄則だ》

 終わりの一文句がなにかおかしかったけど、とりあえず、すごいねーとスルーする。

 空飛ぶ修理ロボットは台座部分の補修を終えると、今度は真紀のほうへ飛んできた。ピロロと音を出して手を伸ばす。真紀がパイプを差し出すと、それを持ち、瞬く間に元の位置へ繋ぎ直してしまう。

《ああ、ついでに溶接しておいてよ。まさか椅子を壊してくるとは思わなかった。いやさすが旧時代の人間。発想力が豊かだよね》

 なんだろう、微妙に褒めていない気がする。真紀も妙な顔になったけど、そのことを指摘する代わりに別の言葉を洩らした。

「壊したのに怒らないんだ?」

《前の〝乙女〟は素手で殴りかかったよ。まあ、拳を痛めたのは彼女の方だったけどね。

 あの映像は結構強烈だからね。暗い内容のくせに強面のおじさんが喋るから、余計に心象悪いし。僕が当たりよく改竄してあげてもいいんだけど、それだとちょっと違うでしょ?》

『じゃあ、全部知ってるんだね』

《……そうだね。知っているよ》

 少年のようで、だけど若くしては表わすことのできない静謐な微笑。テーブルに座り、足を組んで頬杖を付き、こちらを見る彼は、その瞳の色と同じ深海のような声で言った。

《このことを君たちに語るために、僕は百五十年間待っていた。そう思うよ。――じゃあ、始めようか》

 椅子の修理を終えた円盤が、ピロロと鳴いて床へ戻るのを見計らい、立ち上がる。そこで真紀が三度手を挙げた。

「その前に、肝心なこと忘れてる」

《なに?》

「名前だよ。自己紹介。あたしは朝野真紀。彼女は……」

『高遠理緒子です。で……あなたの名前は?』

 その問いに、彼は少しはにかみ、まるで本物の少年のような顔でうつむいた。

《――レイン。僕はレインと呼ばれている》

 今も昔も。

 付け足された小さな言葉は、本当にかすかで、だけど口に出来ない彼のすべてを物語っているようだった。



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