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第20章 水門――リオコの夢


 真紅の一つ目をもつ巨人から、聖地を目覚めさせてはいけないという声が響いてきたとき、わたしは不思議な感覚に包まれた。例えるなら、今まで見ていたものに突然別の方向から光が当たったような、そんな印象に似ている。

 水門が眠るという聖地。あんな超人的な魔法をふるうルイスでさえ分からなかったそこに、本当にこの世界が必要とするものが存在するのかという疑問が、改めて心に芽生えた。そして聖地で消息を絶った、前回の乙女のことも。

 水門が世界にとって善いものなら、その代償は一体なんだというんだろう。

 幸運なんて、所詮不幸の大小の比較だ。よりリスクが少なくて済むほうを、わたしたちは〝正しい選択〟だと思う。犠牲を払わなくていい未来なんて、あるはずがない。

 そのことに気付いたわたしは、急に白く輝く石柱遺跡が恐ろしくなった。

 真紀は「だめもとでやってみる」と言うけど、未来は試してみることなんてできない。一度きりだ。少しだけ覗いて「じゃ、やーめた」なんてできるわけもない。だから、わたしたちはいつも迷って立ち竦むのに。

 開けてはいけないという禁忌の箱。それは蓋を開けた瞬間、世界に向けて中のすべてを撒き散らすのだ。急速に不安が、闇となって心を覆いつくす。

 だけど、反対の意志を伝えに来たはずのあの巨人は、わたしたちを手に乗せると、聖地まで丁寧に運んでくれた。

――試されている……?

 そんな気がする。わたしは用心深い気持ちで、念入りに巨大な岩の立つその場所を見渡した。猪突猛進型の真紀は、あちこちを飛び跳ねるように行ったり来たりしている。

 運動が得意じゃないわたしは、時々タクに手を貸してもらって、ごろごろと転がる岩や穴をまたぎ、巨大な石たちをひとつずつ目を凝らして回った。大事なことを見落とさないように、じっくりと。だけど、重要なものはもっと大きな視点が必要だったみたいだ。

 一番大きな石をやや離れたところから見上げていた真紀が、突然左に小首を傾げる。

「ま?」

 呟いたと思ったら、血相を変えて遺跡に走り寄り、ばしばしと壁を叩きはじめた。わたしも同じように首を傾げ、彼女の見ていた方を仰ぐ。確かに言われてみると、壁の汚れがなにかの文字に見えなくもない。

――MA……H…O……。

 タクたちと一緒に、凍りついたように柱の一点を見つめる真紀に近づき、手を握る。

『どうかしたの?』

 彼女の指が指したのは〝MAHORA〟の文字。

――……ああ。

 あの巨人が告げにきたのは、このことなんだと即座に理解した。

 それから起こったことは、まったくの理解不能だったけれど。


「Welcome to the [MAHORA] Starship――――星間亜光速宇宙艇[まほら]へようこそ!」


 開けた箱から飛び出してきたのは、混沌と狂乱。憤怒と悲嘆。哀惜と望郷。後悔。

 心の奥底のどす黒い感情すべてが溢れ出し、わたしたちは、ただ泣いた。


 〝まほら〟とは、古い日本の言葉で〝すばらしい場所〟という意味だ。〝まほろば〟というほうが一般的かもしれない。

 この場所にそんな名前をつけたということは、造った人たちが、ここに夢や希望のようなものを託そうとしていたということは分かる。だけど。

――セイカンアコウソクウチュウテイ?

 その言葉に頭がフリーズする。ファンタジーは好きだけど、SFは大の苦手だ。

 すごい光の飛び交う魔法士同士の戦いや〝鬼〟と呼ばれた巨大犬、さらに巨人まで出てきた挙句のこの状況では、頭が恐慌状態になって当然と思う。もうぐちゃぐちゃのめちゃめちゃだ。

 感情のストッパーが全部はじけ飛んだように、わたしは真紀と抱き合って泣きながら、それでも一生懸命頭の隅で考えを巡らせる。

――セイカンって星の間……? アコウソク……高速じゃないよね。すごく速いってこと?

 だめだ、すごく馬鹿な子みたいな思考になっている。だって、今ここで日本語を聞くなんてまったくの予想外だ。いきなりすぎて、ぜんぜん現実が形になってくれない。

――ウチュウテイ……宇宙船の仲間かな。う……宇宙船……??

『ここ……宇宙船、なの……?』

『分かんない。調べて、みる』

 ぐい、と拳で涙を拭って、真紀が立ち上がる。わたしは座り込んだまま、白い光に包まれる無機質な空間に立つ、彼女の後姿を茫然と見送った。

 床に置いた左手に視線を落とす。きっと真紀はなにかあったら一人で背負い込んじゃうから、あの丸い模様が光を発したと同時に、わたしは繋いだ手を強く握った。強気で突っ走るくせに、真紀はすごくもろい部分がある。だから、今度こそ絶対についていこうと思っていた。

 わたしだって強いわけじゃない。だけど弱くても二人いたら、一人分の強さくらいになれるかもしれないから。

 青い光に触れた瞬間、左手の指先から肘まで、ぴりぴりとした痛みが走った。恐くて目を瞑ってしまったから、何があったのかはわからない。でもまだ違和感の残るその腕には、不思議に光る紋様が残されていた。花にも流水のようにも見える曲線。螺旋。渦。

 それは腕の途中で、なにかに邪魔されたように縦半分がふっつりと途切れ、完全な形は分からない。それに全部の模様を見たところで、意味なんて解読できる雰囲気ではなかった。

――そもそも……ここ、どこよ?

 直前の状況を頭で幾度か反芻してみて、ぼんやりと聖地の遺跡の中だろうと結論づける。

 現状が呑み込めなくてもイェドで目覚めたときのような不安がないのは、日本語を聞いたせいだろうか。

 正面には、映画館並みの巨大スクリーン。わたしが知っているものよりやや横長で、奥行きがぐっと膨らんでいた。その前の机には、ずらりとボタンにキーボード、レバーが並ぶ。

 スクリーンに沿うように曲線を描いて広がるそれらは、機能的すぎるくらいシンプルなデザインだ。机におさまる椅子やバーは、金属のチューブで出来たオブジェにも見える。

 宇宙船というと、もっといろんな機械が所狭しと並んでいる気もするけど、なんだかとても洗練されたオフィスのようだ。そこまで考えて、足りないものに気がついた。

――人が、いない……。

 遺跡なんだから当然だけど、人がいることを想定して造られた空間は、色のない景色をさらに空虚に感じさせた。それでも遺跡に命が通っていることを示すように、スクリーンパネルは淡く発光し、いくつかの計器は光を点滅させている。

 さすがに用心したのか、真紀はそれらに手を触れないように、慎重にひとつひとつ覗いていっていた。

 弧を描いて繋がるデスクの一画、円の端の飛び出した部分に差し掛かった途端、そこから丸い光が筒となって立ち昇る。慌てて真紀の傍に走った。

『な、なにも触ってないよ?』

『じゃあ、センサー?』

 おどおどと、お互いまだ涙の残る顔で言い合う。

 光の筒はほどなく、その中心に背の高い人間の映像を結びはじめた。

 背が高く、浅黒い肌。後ろへ流した黒髪は長く背に下ろされ、細かな紋様の入った上着はゆったりとした造りで、どこかヘクターさんの格好に似ている。濃い眉に高い鼻すじ、薄い唇。切れ長の両目は落ち窪んで、瞳の色は分からない。

 宇宙人というには少々古代の雰囲気の漂うその人物は、無表情のまま語りはじめた。

『――ようこそ、異界の渡り人よ。わが名はソロン』

 はっと左手の指環に視線を落とす。確かこれは、ソロンという人が創ったはず。しかもその人は異界の乙女の予言をした人で――。

『そなたがここを訪れたということは、すなわち水門の覚醒が無事成されたということだ。まずは歓迎と……礼を申し上げる』

――ちょっと待った。そんなのした覚えないってば!

 驚くわたしたちを置き去りに、ソロンは淡々と続ける。VTRのようなものなんだろうか、顔はこちらに向いているのに、見られている感じがまったくしない。

『そなたは、なぜ自分がここに呼ばれたかと疑問に思うだろう。それに答えるには、まずこの世界の話をしなくてはならない。

 ここは、そなたらの因果によって成された世界だ。その末(すえ)に、われわれは誕生した』

 言い回しが古臭いうえに状況説明が曖昧すぎて、まるっきり理解できない。それでも我慢して聞き耳を立てる。

『そなたらの成したことを、私はこの地に眠る記録映像で見た。おのれが住まう星をおのが手で滅ぼし、この星へと逃れる道程を――この目と耳で識ったときに、私は確信したのだ。

 過去のあやまちは、過去のものに償わせるべきだと』

――なにを……言っているんだろう、この人は。

 償うべき何かを、わたしたちがしたとでもいうんだろうか。だけど、それがどうして水門と結びつくんだろう。さっぱり分からない。

 真紀も眉間に皺を寄せているけど、彼がただの再現映像だと気付いてるのか、反論の言葉はなかった。

『われわれが住まうこの世界は、そなたらの末である、わが祖が拓いたもの。本来のあるべき姿を捻じ曲げて、住み良いように創り変えた仮初めの世界だ。

 しかし――われわれは、もはやここから立ち退くことも移り住むすべも持たぬ。だからこそ、われわれには水門が必要なのだ』

 両脇に下ろされていたソロンの手が、ぐっと拳を握る。

『わが祖らが降り立ったこの星は、まだ若く、天からの熱も地を覆う熱も人に耐えられるものではない。ひとびとの生き延びるすべを探してこの地に辿り着いた私は、人を護るために祖が創りたもうた水門の存在を知った。

 だが、われわれに水門を開けることは叶わぬ。叶わぬゆえに、私は祖と元を同じくする存在を招き喚ぶことにした。それが、そなただ。渡り人よ』

 拳が解かれ、すっと右手がこちらを指差す。

『その腕に、すでに水門の鍵は刻まれた。じきに水門は目覚め、その役割を果たすだろう。この世界に偽りの豊かさをもたらすために』

――偽り。

 まったく予測していなかったその言葉は、わたしの胸に鋭く刺さった。おさまっていた涙が、また噴き出しそうになる。

『そなたは、私を深く恨むことだろう。しかし残念ながら、そなたがここへ来るときには、私はすでに亡い。そう……そなたの世界でいう〝ジゴク〟とやらで、永劫の炎に灼かれている頃であろうな』

 口元に浮かぶ、酷薄な微笑。その胸に当てられた手に視線を向け、わたしはどきりとした。

 皺の深い、老人のように枯れて節くれだった手。顔立ちは陰影にまぎれてはっきりしないけど、張りのある声に比べて、年齢がかけ離れてすぎているように思える。

 青年にも老人にも見える彼は、変わらぬ調子で言葉を紡ぎつづけた。

『これは、そなたに理解と選択を与えるために、この地の遺物を借りて遺したものだ。今、そなたは鍵を手にし、水門を目覚めさせた。

 そなたが選ぶべき道は二つ。このまま水門を開放し、人の世に束の間の潤いをもたらすか。前世紀の罪がもたらした水門を、人の触れぬ奥深くに眠らせるか――それは、そなたの意志にかかっている』

 一度語を切り、彼は吐き出すように短く、衝撃的な言葉を告げた。

『渡り人よ。そなたは、ここから還ることはならぬ』

――え……?

 すうっと全身から血の気が引いた。真っ白ながらんどうの空間に、ただ彼の声だけが流れていく。

『そなたをこの地へ召喚する次元魔法を理律に組み込むために、私は魔法力を使い切ってしまった。もうすぐ、この体は土に還るだろう』

 干からびた手が、きらびやかな服を強く掴む。

『いかように私を恨み、罵るがいい。私の罪は深い。だが、そなたとて同じ罪を負うのだ。神が創りたもうた世界を改変することを選び、この地で水門とわれらを生み出した――その罪はそなたにも、われわれにも流れ続けている。生きるとは罪深い。この召喚は、贖いなのだ。

 ……渡り人よ。この世界は、そなたの末となるものたちの生きる世だ。この世界を愛し、共に生きてくれることを私は願う』

 音声がぼやけ、ザ…と砂嵐が流れるように、彼の姿が乱れる。

『さらばだ。渡り人よ、そなたの決断に幸いあれ。では……ジゴクで逢おう』

 その言葉を最後に、彼は動きを静止した。わたしは点滅を続けて佇むその姿から、なぜかしばらく目を離せずにいた。

 頭の中に浮かぶのは、それまでの混乱に輪をかけた混乱。そして、やり場のない怒りだ。

――この人が、わたしたちをここへ喚び寄せた……。

 しかも、身に覚えのない〝罪〟が理由で。彼の言っているとおり、ここがわたしたちの子孫が創ったところだとしても、わたしたちには何の関係もないというのに。

 一方的な理屈を並べ立てられ、選択を迫られ、さらに帰れない――次々と突きつけられる事柄に、なにもかも投げ出してわめき散らしたくなる。

 ガタリ、と背後で音がし、ふり向いたわたしは、近くの椅子を足で蹴り飛ばしている真紀の姿に目を丸くした。

『ま……真紀ちゃん?』

「ああ、ごめん。ちょっと頭にきてさ」

 答える声は低く、抑揚がない。目が据わっているようだ。

 真紀はきれいなカーブを描いた金属製の椅子を蹴り、蝶番をいじると、ぱきんとパイプの一本を取り外してしまう。なにをしているのだろうと見ていたら、鉄棒くらいの太さのそれを片手で掴み、バットを揮うように軽く宙で振った。

 ものすごくイヤな予感。

「よし」

『え、と……〝よし〟じゃなくて、真紀ちゃん何する気?』

「腹立ったから、こいつぶっ壊す」

『……まじ?』

 本当に、わたしが一番理解に苦しむのは、一緒に召喚されたこの同い年の友だちの行動かもしれない。



…どうしてもシリアスが続かない(汗;)。

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