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『――見るものは何もないと思うが』
来たことのあるルイスが乗り気じゃない中、念願の聖地に辿り着いたあたしたちは、早速いろいろと探索して回った。実際間近で見る石の遺跡は、大きな岩の塊が無造作に大地の上に建っている、それだけといえばそれだけだった。
一番大きな柱と周りの小さな柱は思ったより距離が離れていて、不規則に点在している。三本の小さな柱はどれも斜めに傾いて、ほとんど崩れかけている状態だ。
白光りして見えた表面も遠目ほどきれいではなく、枯れた草が根元にまとわりつき、ところどころカビか苔っぽいもので黒ずんでいる。指で拭うと下は鈍い淡灰色で、角度によってはきらきらとした光を反射するけど、特にどうという感じではなかった。
ただ、やはり形は異様だ。わずかにいびつな直方体は、角がきれいに取ってあって、いかにも人工物に見える。一通り眺めて一番大きな柱の前に戻って来ると、やや離れたところからじっくりとそれを仰いだ。
ちょうど四角い柱の角から両面を見る形となった視界の左端に、長方形の長い辺に沿って大きな染みが縦に数個並んでいる。
角度のせいか、ただの汚れでしかないその黒ずみが、何かの記号か模様に見える気がした。強引に書くと、こんな感じだ。
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Γ
○
工
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∑
――なんだろう?
考えつつ首を横に傾け、自分の目を疑った。それは、よく知っている文字に見えたから。そして、あたしはそれをすんなり読めたのだ。
――まさか。
走り出す。狂ったように聖地の柱のそこかしこを叩きはじめたあたしに、驚いた他の三人が近寄ってきた。
「どうかしたの?」
そう訊いて手を握ってきた理緒子に、すがりつくような眼差しを向ける。
『りおこ……』
どうしようどうしようどうしよう。
あたしたちは本当に――ここに来てはいけなかったのかもしれない。
無言で、壁の探り当てたものを指で示す。見る見る理緒子の顔色が変わった。
そこには、さっき読んだ文字が、正しい向きと形で小さく記されていた。
MAHORA
『これって……』
『なんなのこれ……なんなんだよ一体』
その文字の下には、十六年間慣れ親しんだ国の標章に似たものが刻み込まれている。
手のひら大の円の外周を指で撫でるように触れる。ふっとその縁が青白く発光した。
『真紀ちゃん、だめっ! 目覚めさせたらいけないって……!』
『――わっ!!』
引き込まれる。そう思って、理緒子の手を振り払おうとした。だけど彼女の細い指は、かえってあたしの指の間に滑り込み、しっかりと絡んでくる。
――理緒子……!
繋いだ二つの手が、真っ青な光を放つその円の中に吸い寄せられる。体が宙に浮く。
どちらが掴んでいたのかは分からない。あたしたちは得体の知れない何かに呑み込まれながら、それでも離れないように、ただただ固く手を取り合っていた。
細くちりりとしたものが巻きつき、右手の爪の先から肘のあたりまで重くしびれる。急に冷たい水に突っ込んだときのような、じいんと芯に響く鈍い痛み。
真っ暗な中で、誰かの声が聞こえた。巨人の意識とも人の声とも違う、感情や性別のない音声。
「――遺伝子レベル確認。正常。リロードを開始します」
――に……ほん、ご……?
ぼんやりと目を開ける。倒れこんだそこは冷たくつるりとした床で、周囲は不自然なほど暗かった。ぽつぽつと灯る明かり。それは次第に数を増していく。
――ここは……。
星の明かりなんかじゃない。ましてや、火でも魔法でもない。
「リロード完了。システム再セットアップ。起動準備完了――メインコンピュータ起動します」
その声が無感情に告げた瞬間。
まばゆい人工の光が、一面を照らし出した。真っ白く輝く金属でできた床と天井。壁を覆う巨大スクリーン。無数のボタンが並ぶ台座。曲線を描く銀色の椅子。
あたしの頬を、ひとすじの涙が伝う。
怒りでも哀しみでもない。ただ、すべての感情が行き場を失くして、はちきれて暴発しそうだった。
隣で泣いている理緒子を抱き寄せると、あたしはどうしようもなく声をあげて泣いた。
不自然な明るさを纏った歯切れのよい音声が、あたしたちを容赦なく現実へと叩き落す。
「Welcome to the [MAHORA] Starship――――星間亜光速宇宙艇[まほら]へようこそ!」
もし今、運命というものがここにあるなら、あたしは全霊をかけて――それを、呪う。
次章はリオコ視点です。
*2012/3/29:19-9を二つに分けました。内容は同じです。