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19-10

10


『――見るものは何もないと思うが』

 来たことのあるルイスが乗り気じゃない中、念願の聖地に辿り着いたあたしたちは、早速いろいろと探索して回った。実際間近で見る石の遺跡は、大きな岩の塊が無造作に大地の上に建っている、それだけといえばそれだけだった。

 一番大きな柱と周りの小さな柱は思ったより距離が離れていて、不規則に点在している。三本の小さな柱はどれも斜めに傾いて、ほとんど崩れかけている状態だ。

 白光りして見えた表面も遠目ほどきれいではなく、枯れた草が根元にまとわりつき、ところどころカビか苔っぽいもので黒ずんでいる。指で拭うと下は鈍い淡灰色で、角度によってはきらきらとした光を反射するけど、特にどうという感じではなかった。

 ただ、やはり形は異様だ。わずかにいびつな直方体は、角がきれいに取ってあって、いかにも人工物に見える。一通り眺めて一番大きな柱の前に戻って来ると、やや離れたところからじっくりとそれを仰いだ。

 ちょうど四角い柱の角から両面を見る形となった視界の左端に、長方形の長い辺に沿って大きな染みが縦に数個並んでいる。

 角度のせいか、ただの汚れでしかないその黒ずみが、何かの記号か模様に見える気がした。強引に書くと、こんな感じだ。


 <

 Γ

 ○

 工

 <

 ∑


――なんだろう?

 考えつつ首を横に傾け、自分の目を疑った。それは、よく知っている文字に見えたから。そして、あたしはそれをすんなり読めたのだ。

――まさか。

 走り出す。狂ったように聖地の柱のそこかしこを叩きはじめたあたしに、驚いた他の三人が近寄ってきた。

「どうかしたの?」

 そう訊いて手を握ってきた理緒子に、すがりつくような眼差しを向ける。

『りおこ……』

 どうしようどうしようどうしよう。

 あたしたちは本当に――ここに来てはいけなかったのかもしれない。

 無言で、壁の探り当てたものを指で示す。見る見る理緒子の顔色が変わった。

 そこには、さっき読んだ文字が、正しい向きと形で小さく記されていた。


 MAHORA


『これって……』

『なんなのこれ……なんなんだよ一体』

 その文字の下には、十六年間慣れ親しんだ国の標章に似たものが刻み込まれている。

 手のひら大の円の外周を指で撫でるように触れる。ふっとその縁が青白く発光した。

『真紀ちゃん、だめっ! 目覚めさせたらいけないって……!』

『――わっ!!』

 引き込まれる。そう思って、理緒子の手を振り払おうとした。だけど彼女の細い指は、かえってあたしの指の間に滑り込み、しっかりと絡んでくる。

――理緒子……!

 繋いだ二つの手が、真っ青な光を放つその円の中に吸い寄せられる。体が宙に浮く。

 どちらが掴んでいたのかは分からない。あたしたちは得体の知れない何かに呑み込まれながら、それでも離れないように、ただただ固く手を取り合っていた。

 細くちりりとしたものが巻きつき、右手の爪の先から肘のあたりまで重くしびれる。急に冷たい水に突っ込んだときのような、じいんと芯に響く鈍い痛み。

 真っ暗な中で、誰かの声が聞こえた。巨人の意識とも人の声とも違う、感情や性別のない音声。


「――遺伝子レベル確認。正常。リロードを開始します」


――に……ほん、ご……?

 ぼんやりと目を開ける。倒れこんだそこは冷たくつるりとした床で、周囲は不自然なほど暗かった。ぽつぽつと灯る明かり。それは次第に数を増していく。

――ここは……。

 星の明かりなんかじゃない。ましてや、火でも魔法でもない。


「リロード完了。システム再セットアップ。起動準備完了――メインコンピュータ起動します」


 その声が無感情に告げた瞬間。

 まばゆい人工の光が、一面を照らし出した。真っ白く輝く金属でできた床と天井。壁を覆う巨大スクリーン。無数のボタンが並ぶ台座。曲線を描く銀色の椅子。

 あたしの頬を、ひとすじの涙が伝う。

 怒りでも哀しみでもない。ただ、すべての感情が行き場を失くして、はちきれて暴発しそうだった。

 隣で泣いている理緒子を抱き寄せると、あたしはどうしようもなく声をあげて泣いた。

 不自然な明るさを纏った歯切れのよい音声が、あたしたちを容赦なく現実へと叩き落す。



「Welcome to the [MAHORA] Starship――――星間亜光速宇宙艇[まほら]へようこそ!」



 もし今、運命というものがここにあるなら、あたしは全霊をかけて――それを、呪う。




次章はリオコ視点です。


*2012/3/29:19-9を二つに分けました。内容は同じです。

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