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19-2


 スイッチが切れたように、いきなりぱきっとあたしの頭は覚醒した。

 そこにはもう、ルイスはいなかった。喉はまだ鈍く痛んだけど、体はすっかり軽くなっている。夢かと思って薄暗いテントを見渡せば、あのお椀が枕元に見えた。ほんの少し残る、不気味な緑色の液体。

――夢じゃ……なかったんだ。

 唇に触れ、考え込む。でもあたしの恋愛スキルは低すぎて、何も答えを思いつかない。

 隣に理緒子がいる気配がしたので、相談しようと起き上がると、毛布に包まった彼女は――泣いていた。

「どしたの、理緒子」

「ま……まきちゃぁん」

 泣きべそをかきながら、理緒子が情けない声をあげる。

「どうしよう……わたしタクに、〝乙女じゃない〟って言っちゃったよぉ……」

――まじすか?!

 咄嗟に大きな声をあげるのだけは止めた。布のテントじゃ筒抜けだ。

「な、なんでまた?」

「うう……えと、勢いでタクに好きって言っちゃって」

「ほー」

「そしたら、タ、タクが、近くにいた自分を好きだって勘違いしてるだけだろうって……忘れろって……」

 毛布を両手でぎゅっと握り締め、理緒子が嗚咽する。

「君は男の人をよく知らないだろうって言われたから、思わず、言っちゃった、の……」

「乙女じゃないって?」

「……うん」

「……」

 ごめん、正直〝タク大変だったなあ〟って感想しか出てこない。同情できないあたしって、友だちとして失格なんだろうか。とりあえず、言える範囲で話を繋ぐ。

「そりゃ、タクも驚いただろうねぇ」

「う……は、はしたない子だって、思った、よね……?」

 はしたないとか何とかより、好きって言われて断った相手から、そういう攻め方されて引かない男っていないんじゃないだろうか。まあ当事者じゃないから断定はできないけど。

 しかも、タクって明らかに理緒子のこと好きな雰囲気だったはず。それが『自分を忘れろ』なんて言ったってことは、彼なりの考えがあったわけで。

――なんか腹立ってきたな。

 変な言い方かも知れないけど、あたしはわりとタクのことを買ってる。ご主人様のアルと一緒で、口下手だから誤解されることも多いけど、タクはだいたい〝相手基準〟で物事を考える。状況をみて、自分のしたいことよりも、相手にとって自分がどうしたら一番いいかを優先させるタイプなんだ。

 だから、彼が理緒子にきっちり一線引いてる感じとか、じれったいけど好ましく思ってた。自分だけの感情で突っ走るより、ぜんぜんいい。だって理緒子の意志を尊重してるってことだから。

――なんでそんなことも分かんないんだろう。

 目的の聖地に辿り着く直前の今、タクに告白したり、彼にそんな台詞を言わせるようなことをする理緒子がすごく身勝手に思えてしまう。

 ずっと近くで見てきたから、理緒子が本当にタクを好きなことは分かる。でも、だからって素直に気持ちをぶつけることがいいとは限らない。相手にとっても、自分にとっても。

「理緒子さ、もう……タクのこと諦めた方がよくない?」

「え……」

「だってさ、うちら帰るんだよ? それなのに、タクと両想いになってこの先どうすんの? タクだってそう思ってるから、断るようなこと言ったんじゃないの?」

 また泣かせちゃうなと思ったのに、理緒子は真っ赤な涙目のまま、あたしをぐいと睨んできた。

「真紀ちゃんには分かんないよ」

「なにが」

「最初からルイスに守られて大事にされてる真紀ちゃんには、わたしの気持ちなんて分かんない!」

「ああ、分かんないね。好きになるのは勝手だけど、なんで後先考えずに口に出しちゃえるの? タクが困るの、分かりきってたでしょう」

「先のことなんていいの! わたしは〝今〟の話をしてるの!」

 いつものやんわりした口調が嘘のように激しい口振りで、理緒子が言い返した。

「なんで〝帰るから〟とか〝帰るべきだ〟とか決め付けるの? 先のことなんて、分かんないじゃない。ひょっとしたら、水門だって開かないかもしれないのに――」

「分かんないから考えないってわけにもいかないでしょう?」

「考えてないわけじゃない。だけど、それよりもわたしは〝今〟の方が大事なの!」

 間の置かない、真っ直ぐな答え。あたしの胸に突き刺さる。

 理緒子は、ぼろぼろ涙を零しながら拭きながら、それでも一気に言葉を吐き出した。

「わたしは、タクが好き。今まで二人付き合ったけど、自分から好きになって告白した人っていなかった。すごく怖かった。でも言いたかったの。今この想いを伝えないと、この好きって気持ちをきちんと伝えないと、わたしはわたしじゃなくなっちゃう気がしたから。

 未来は大事だよ……向こうの世界も大好き。でも、〝今のわたし〟を精一杯できなかったら、それだって無意味なんだよ。わたしは〝今〟をちゃんと大事にしたいの。だから、この気持ちは真紀ちゃんにも、誰にも否定させない。絶対に」

 言ってる内容は、本当に自分勝手な自己中心的なことだと思う。だけど、小さな体から噴き出すような気魄に、あたしはただ圧倒された。

 だって、気づいたんだ。理緒子は誰よりもちゃんと自分自身と向き合って、この結論に辿り着いたってことに。

――強くなったんだなあ、理緒子。

 それに比べて、あたしのこのうじうじさはどうよ? 情けないったらありゃしない。

 誰よりも何よりも、自分が一番自己中心的でわがままにならないで、他に誰が肩代わりするっていうんだ。自分自身が自分の味方にならないで、どうやって胸を張って〝自分〟として生きられるんだよ。

――馬鹿だな、あたし。

 思ったら涙が滲んできた。「ごめん」と呟いて、理緒子に抱きつく。

 泣いてるあたしに気がついてか、理緒子が軽く息を呑んだ。

「……わたしこそ、ごめんね。なんか頭いっぱいいっぱいになっちゃって」

「ううん、こっちこそごめん。簡単に諦めろって言ったわけじゃないんだけど、恋愛スキル低いから、他にうまいこと言えなくて」

「それは分かってる。けど、真紀ちゃんには味方になって欲しかったな。だって、わたしもう、ふられちゃってるんだよ?」

「……そっか、そうだよね。ごめん」

「ううん。怒ってすっきりした。また、元気な時に聞いてくれる?」

「今じゃなく?」

「だって、真紀ちゃん病み上がりでしょ?」

 忘れてました。そういえば泣いたのと考えたので、頭がくらくらする。治癒術の反動か、強烈なだるさが襲う。

「やば……めっちゃだるい」

「まだ夜明け前だよ? もうちょっと寝れば?」

「んー、でもなんか寝たくない」

 そういえば、理緒子に言われた台詞で気になることがある。

「ね、あたしってそんなにルイスに大事にされてるように見える?」

「うん」

 そうなのかなあ。大事な相手に、強引に薬口移しとかしないと思うんだけどなあ。

「ひょっとして、疑ってる?」

「うん。ルイスがあたしを大事にする理由が思い当たらない」

「まあ、大事にされてるっていうより、真紀ちゃんはルイスの内ポケットに入れられてるっていうか、テリトリー圏内に囲われてるっていうか、そんな感じなんだよね」

 微妙に表現が怖いですけど。

「ルイスって、実は人付き合いが下手なんだと思うの」

「社交的なほうではないね、確実に」

「だからね、急に大事な人ができて距離感がうまく掴めないんじゃないかなあ。それに、真紀ちゃんは恋愛ベタでしょ? 踏み込まれると引いちゃうんじゃない?」

「うん、どん引き」

 つか、踏み込まれたっていうより、捻じ込まれたっていうか――再認識してすごく恥ずかしくなってきたぞ。

「だから、さらにルイスが追いかけて泥沼なんじゃん。追いかけるほうが燃えるからさ、恋愛って」

 なんだか理緒子が恋愛の師匠のようだ。

「だけどルイス、理緒子にだってやさしいよ?」

「わたしが真紀ちゃんの友だちだからに決まってるでしょ」

「へ?」

 理緒子が、物分りの悪い生徒を見るような目であたしを見る。

「あのね。ルイス、真紀ちゃん以外に眼中にないよ? なんで信じられないの?」

「でも」

「恋愛に疎いのはしょうがないし自信がないのも分かるけど、でも保護者とか飼い主とかって、いつまでもごまかさないで」

 ぺそ、と理緒子があたしの頭に手を置く。

「ちゃんと真面目に考えてあげて。そうじゃないと、ルイスに失礼だよ」

「理緒子……」

「答えがNOでも、きちんとルイスの気持ちに向き合ってあげて。ね?」

 あたしの心のもやもやと見透かすように、理緒子が笑う。少し寂しそうに。

――やっぱり理緒子は強いや。

 失恋したばかりなのに、恋愛経験値ゼロのあたしにそういうことを言えるって、自分がいろんな痛い想いをしてきたからなんだろうな。

 ぐっと唇を噛み締めて、そのまま理緒子の肩に頭を乗せる。

「真紀ちゃん?」

 ここで理緒子にさっきのことを話せば、きっと相談に乗ってくれるだろう。だけど、それじゃダメなんだ。あたしが自分でちゃんと答えを見つけないと、ルイスと自分の気持ちとに向き合わないといけないんだ。

「がんばる」

「ん、がんばれ」

 くそお、タク。こんないい子ふっちゃって、後悔しても知らないからな。

――ってか、とっくに後悔してるだろうな、たぶん。

 なんて思いながら肩でごろごろなついてるあたしの頭を、理緒子のやわらかい手が何度も撫でる。これじゃあ慰める相手が逆だ。

 失恋しちゃった友だちには、たぶん〝もっといい人がいるから元気出して〟とか〝あんなやつ泣いて忘れちゃえ〟とか励ますのもありなんだと思う。だけど、今はふさわしくない。

 なんだか理緒子はそんなことを超えてるくらい、自分でしっかり立って前を向いているように感じた。



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