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2-3


 誠実そうなタクの存在で、わたしは一気に今いる現実に馴染みはじめた。それでも、ほとんど言葉は通じないから、大袈裟なジェスチャーと単語のくり返し。

 それによると、彼はここへ誰かを連れて来たいらしい。脈をとるような格好をするから、お医者さんかもしれない。わたしは頷いた。

 部屋にやってきたのは、小柄で頭の薄い、いかにもお医者さんぽい髭を生やしたお爺さんだった。その後ろから、ボブヘアの小柄な女の人がついてくる。

「ラクエル!」

 声をあげ、タクが女の人に駆け寄った。というか、まあまあ距離があったんだけど足が長いから数歩で辿り着く。

 どうやら知り合いのようで、真剣な顔で早口で会話している。入り込めないわたしは、黙ってベッドの上で医師の診察を受けた。お爺さん医者は仰々しいくらい深々と礼をすると、わたしの手首を取り、目や口の中などを診て、また礼をして退る。

 タクに何か言っていたけど、彼の表情が和んだのを見て、悪いことはなかったのだと察した。

――さっきからわたし、タクの様子ばっかり気にしてるな……。

 知り合いが少ないのだから仕方ないのだけど、わたしにしては珍しい。

 正直、男の人では先生でもこんなに親近感を覚えたことはなかった。中・高と女子だらけの生活を送っているから、男の人にあまり免疫がないのだ。一番よく話す異性が父親、なんて恥ずかしくて友達には言えない。

 医者が部屋を出て行ったあとで、タクはわたしに、ボブヘアの女の人を紹介した。

「リオコ、シ イェ ラクエル」

 ラクエルという名前らしい女の人は、ボブの黒髪を外跳ねにしていて勝気そうな感じだ。タクとは違った雰囲気の縦襟の上着に、短いマントを羽織っている。

 わたしに右手を差し伸べてきたので、まさかまたキスされるわけじゃないだろうと思いつつ、その手を取った。すると、

『初めまして、リオコさま』

 不思議な声が頭の中で、うわん、と鳴った。例えて言うなら、イヤホンなしにいきなり音だけが飛び込んできた感じ。

 慣れない感覚にぼーっとしていると、次の言葉が聞こえた。

『わたしの名前は、ラクエル・メイサ。イェドの一級魔法士です。今は送心術という魔法を使って、あなたの心に声を送っています』

「は、はい」

『体の一部を接触することで声を送ることが可能ですので、しばらくわたしがお傍にいて、お話をさせて頂いてもよろしいですか?』

 やけに丁寧な言葉遣い。他にどうしようもないので、頭を縦に振る。

「あの……ここはどこ、ですか?」

『残念ながら、これはあなたの心の声を聴いたり、言葉を理解できる術ではないのです。

 できるだけ分かり易いように説明をいたしますので、分からない時は首を振るなりして頂いてよろしいですか?』

 頷く。ラクエルは、まだベッドに長座したままのわたしの枕元に腰を下ろし、右手を両手で包むようにして話しかけた。

『ここは、マフォーランド王国の東の都イェド。その城にあなたは居ます。彼は、タキトゥス・アルディ・ムシャザ将軍――イェド近衛隊の隊長です。その彼が夜警に見回っていたところ、イェドの外れ、ムシャズ近くの荒野であなたを見つけました』

 タクの苗字はムシャザ。そして将軍らしい。わたしは脳内メモに書き込んだ。

『あなたは異界からいらしたのですね?』

「え……?」

 驚いた。質問ではなく確認だ。

 確かに高校のセーラー服を着ているわたしは、この世界の人とは違うって思われても仕方ないけど。

『実はこのマフォーランドでは、百五十年に一度、三つの月の合の日に異界より渡り人が訪れると言われています』

 渡り人。わたしはそんな伝説の人間になってしまったの?

 驚きすぎて何がなんだか分からないわたしに、ラクエルはゆっくりとこの国の伝説を教えてくれた。

 昔、大賢者という人が百五十年に一度の乾期を予言していたこと。

 それが今、現実となりそうに乾燥してきていること。

 それを救えるのは、異界から訪れる渡り人(乙女、とも言っていた)で、天の水底と呼ばれる水門の鍵を開けることができると言われていること。

 あくまでも伝説は伝説だとラクエルは強調したけど、そんな重要なことのためにわたしがここにいるなんて信じられなかった。

 ショックのあまり茫然としていれば、ラクエルが詫びるように笑いかけた。

『戸惑われるのは当然です。われわれですら、本当に異界から人が訪れるなどと思ってはいなかったのですから。ですが、あなたにお会いできて心から喜んでいます。歓迎いたします、異界の乙女よ』

 歓迎されてもどうしようもない。

 いろいろ疑問はあったのに、聞けない自分が辛かった。少し一人になって考えたかった。

『突然のことで、今宵はお疲れになっていらっしゃるでしょう。お食事も用意してございますが、どうなさいますか?』

 食事なんて、とても食べる気分じゃない。わたしは情けなくもまた浮かんできた涙を指で拭い、首を横に振った。

 目を潤ませるわたしに、心配そうな顔をしてタクが傍に来る。

「リオコ、ネ プロゥリ」

『泣かないでください。わたしも彼も、あなたの味方です。気持ちが落ち着かれるのであれば、なんでもお持ちしましょう。遠慮なさらず、おっしゃってください』

 わたしは少し眠りたいと、身振りで伝えた。

 タクが枕を整えてくれ、ラクエルが横になったわたしにそっと毛布を被せる。ラクエルがまた手を握って、心で話しかけてきた。

『灯りは点けておきましょうか?』

 母親のような問いかけに、無言でこっくりと頷く。

『何かありましたら、ドアを叩いてください。すぐに、わたしか将軍に伝わります。

 見知らぬ人と顔を合わせるかもしれませんが、彼らは皆あなたの味方です。心配はいりません。いいですね?』

 まるで小さな子どもにでも言い聞かせるようにそう語りかけ、わずかに部屋の明かりを弱めて、異界の男女は出て行った。



*文中訳はこちら。

「リオコ、シ イェ ラクエル」→「リオコ、彼女がラクエルだ」

「リオコ、ネ プロゥリ」→「リオコ、泣くな」


…訳すまでもない気が(汗;)

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