婚約破棄したくもなるよ。だってお相手はTカラヅカ歌劇団男役のファン
工藤でんとしては、超短編です
婚約破棄現場をこそっとつまんでみました
「アンドレア・イシス・クラウディア侯爵令嬢!
貴方との婚約を破棄する!!」
オスカー・ルーカスは自分の婚約者に指を突きつけ、周囲に聞こえるよう声を荒げた。
ルーカス伯爵家主催のパーティである。招待客が余すことなく二人を見ていた。しん、と会場に沈黙が落ちていた。
オスカーがアンドレア侯爵令嬢の婚約者となって五年。伯爵家長男のオスカーの元へ、侯爵家三女のアンドレアが嫁ぐことになる。両家共に望んだ政略結婚であった。何事もなく仲睦まじい婚約者として過ごした四年間。
それが唐突に崩れたのは、ほんの一年前のことだった。
アンドレアは、この一年で変わった。
凄まじく変わった。意図しない方向に、急カーブからのトップスピードでハンドル切ってさらに加速!の状態で、変わってしまった。
オスカーは、婚約者であるアンドレアの輝くような金色の髪に目を向けた。オスカーの好きだった、美しい光そのもののような金色の髪。そのサラサラとした滑らかな金糸は、令嬢とは思えないほど、短く刈り込まれていた。
さらに、スラリとした体躯を際立たせる紺色の夜会服。ドレスではなく男性が身に付ける夜会服。不敵な微笑みは令嬢とは思えないほど攻撃的で、数多の令嬢を殺せるほど甘く艶やか。
アンドレアは一年前から唐突に、麗しさの際立つ水の滴るような男装を始めた。姿形だけでなく仕草や声音までも含め、ひと目でわかるいい男、を目指し始めたのだ。
もともと細身で背の高い令嬢だったアンドレアだ。柔らかい女性らしさより、気高さを引き立てるドレスを身につけることは多かった。それはそれでとても美しい令嬢だったのだが。
まずアンドレアは、腰ほどの長さのあった金髪をばっさり切り落とした。それどころか襟足を刈り上げるような短髪となった。
凛とした大人びた容貌で誰からも美しいと評判の令嬢であったのだが。髪型と表情のせいで、誰が見ても男性にしか見えなくなった。それどころか、そんじょそこらでは見かけることのできない美美しいイケメンが出来上がっていた。
ということで、今現在のオスカーは。男の格好をした自分の婚約者(女)に、男の格好で婚約破棄を突きつけているのである。
パーティ会場は、男対男の婚約破棄という、見たこともない光景になっていた。本人たち以外、全員呆気に取られている状況である。
婚約破棄を言い渡されたアンドレアは、オスカーをしげしげと眺めながら片頬を上げて笑って見せた。その色気のある微笑みに周囲の一部の令嬢が「きゃあ」とざわめく。
女子の微笑みに女子がざわめく。甘いイケメンフェイスに頬を染める女子多数。それはもう、社交界デビューしたての女子から年配のご婦人まで。
着飾った男性の多くいるパーティ会場で、男の面子を見事に潰してくれている、侯爵令嬢アンドレア。
アンドレアは少し掠れたハイトーンボイスでオスカーに答えた。
「オスカー、婚約破棄の理由は……なんてね。そんなの聞かなくても分かるけどね」
「その通りだアンドレア。なぜ男の格好をしている。俺は再三、やめろと通達したよな。女が男の格好するなど馬鹿げていると」
「しかし。自分で言うのも何なんだが。私、この格好が大変似合ってしまっていて」
「ああ、似合っているとも。ムカつくほど似合ってんだよ、残念ながらな!」
オスカーが毒付くのを、アンドレアは面白いものを見るように観察している。その余裕のある表情がまた、いけ好かない。
オスカーは忌々しそうに舌打ちした。
「しかも。男装の理由が、何度聞いても理解不能だ」
「一年前に、前世の記憶を思い出したんだ。Tカラヅカ歌劇団に魂の底からハマっていた自分を思い出してしまって」
「女が男の格好をして歌や劇をする集団、てやつだな? もう、何がいいのかさっぱり分からんが」
「娘役もいるけどね。
それにしても、なんてことだ!
あのTカラヅカのあの世界観を。あの美しさと煌びやかさと切なさで彩られた世界を。あの世界に浸る温度を分かち合うことができない、というのがもどかしい!」
アンドレアは額に手を当てて大仰に天井を仰いだ。一年前から動作が芝居がかっている。切なげな表情も芝居がかっている。なんだかんだで芝居も上手くなっている。
全体的に嘘くさい演技で彩られているのが、今のアンドレアだ。
どういう訳だか周囲の女子たちには、やけに受けがいい。今も「ひゃあん」「尊い」「こっち向いて」とか声が上がっていた。
「一年前、見知らぬベッドで目を覚ました私は。前世の記憶と現世の記憶を持った私が見たものは。
全てがTカラヅカの世界のようだった。中世ヨーロッパ調の内装、華やかなドレス、そして日本人離れした顔!
いやもう、私の顔! 鼻は高いし肌白いし目は大きいしまつ毛バシバシだし。なんじゃこりゃ、Tカラヅカの演者そのままじゃんて思うでしょ。
何より瞳の色が青なの。青だよ、青! しかも金髪だし! もう、こんなのオスカル様じゃん。オスカル様でしかないじゃん。放っておいてもオスカル様じゃん」
「その話、何度も聞いてるけどな。半分くらい何言ってるか分からないんだぞ」
「ただね、私は『ベルばら』ならオスカルよりアンドレ派なわけ。で、この世界での私の名前がアンドレアだろ。その時点で決まったね。私はアンドレだ。
そして君の名前はオスカーだろ。もう、オスカルにしろよ。オスカルがいいよ」
「何言ってるかさっぱりだが、理論がぶっ飛んでるってことだけは分かった」
「私は改名する。私の名前はアンドレだ。そして君はオスカルだ」
「却下だ!」
「私はアンドレだからほら、髪も短くしたんだ。リアルにアンドレの長さだと女性っぽさがでちゃうからさ、思い切って刈り上げたんだよ。似合うだろ?」
「君は女性だろうが! 変なところで思いきるな!」
オスカーが怒鳴りつけると、アンドレアがオスカーに爽やかな微笑みを投げてきた。爽やかすぎて腹が立つことなんてことがこの世にあるのだと、オスカーは実感した。
「妬くな、オスカー」
「何をどうやったら俺がお前に嫉妬することになる?」
「私がモテるのは仕方ない。見た目だけなら私も私に惚れそうだから」
「お前、ふざけてんのか」
「ふざけているとは心外な。
大真面目に本気出して全身全霊で隅から隅まで私好みのこの姿にしておるが? ふざけてるとはこれ如何に?」
「ああ、そうだろうな! お前には分からんだろうが、俺は女性が好きなんだ!
女らしい女が好きなんだよ! 婚約者には女であって欲しいんだよ!」
「そうか。そんなオスカーに朗報だ。
私は、女だ。正真正銘の女だぞ」
「そんなこと。お前が思うより、俺は充分すぎるくらい知ってるよ!」
女性のドレスを着ていた時には、ちゃんと女性としてアンドレアをエスコートしていたオスカーである。
デコルテの開いたドレスの時には、ささやかながらも存在する胸の谷間を確認していたオスカーである。ちゃんとそこに釘付けになっていたオスカーである。
アンドレアの女性成分を四年間ガン見していたオスカーなのだ。
男みたいな見かけの女は、腹立つくらい美しい顔してオスカーに流し目をくれた。
「婚約破棄などと、威勢のいいことを言っていたが。
君の父君は、今にも沸騰しそうな程真っ赤な顔して君を睨んでいるよ」
「あ」
「ルーカス伯爵家は、新しい事業に手を付けるため、クラウディア侯爵家の援助が必要なんだろう? 我々の婚姻はルーカス家の経営の礎になるものではなかったのかな」
「……うう」
「それに、私は君の事を好ましく思っているんだ、オスカー。私がこの格好を始めて一年、言葉を尽くして諌めてくれたね」
「……一応、婚約者だからな」
「拒絶するのではなく糾そうとする姿勢に好感が持てた。私の事を真剣に考えてくれたからだろう」
「だったら男装など今すぐにやめ」
「だからってこの姿をやめる気なんか、これっぽっちもないけどね」
ペロリと舌を出したアンドレアは可愛らしいと、言えなくもない。
くっそ、と毒づきながらも、オスカーは雁字搦めな立場を理解していた。家のために、家族のために、決められた結婚に従うしかない。四年間女性として姿を追い続けたアンドレアを、愛しく想う気持ちも確かに存在している。男の姿のアンドレアを見ると即座に否定したくはなるが。
アンドレアは甘さがダダ漏れた目をしながらゆっくりとオスカーの顎をクイと上げた。
リアル顎クイに、周りの女子が「きゃあああ」と喚いた。男の身で顎クイされているオスカーの気持ちを慮ってほしい。
「オスカー、前言の撤回を」
「貴様、アンドレア。この借りは倍にして返すからな」
「女性に向けて言うセリフではないね、オスカー」
「うるさい。
……婚約は破棄しない。俺はアンドレアと結婚する」
「いい子だ、オスカー」
アンドレアは輝くような微笑みを浮かべてオスカーを見た。そのままオスカーにゆっくりと近づく。その頬に優しく口付けをした。
ギョッとしてアンドレアを見返すと、愛しげにオスカーを見つめるアンドレアがいた。その顔に女性として見ていたアンドレアの姿が重なって、オスカーは何も言えなくなった。
……愛しく、思えなくもなくもないかもしれない。
まるで男同士によるキスシーンに見えて、一部の女子は悲鳴を上げた。「今の見た?! まさかBLが生で見られるなんてっ」「美男×美男のカプ最高」「ねえ、どっちが受けだと思う?」「当然攻めはアンドレア様でしょっ」などの声は聞かなかったことにしよう、とオスカーは誓った。
理解すると脳が腐る。たぶん。
男同士じゃない。俺はノーマル。俺の相手は女性で、愛すべき婚約者。
愛すべき婚約者の、アンドレアだ。
その愛すべき婚約者は、「お嬢様、私と踊っていただけますか」とか言いながら、ダンスに興じ始めた。もちろん男性パートで。
取っかえ引っかえで女性と踊るアンドレアは実に楽しそうだ。オスカーは呆れながら、アンドレアのやたら上手いダンスを見守った。そしてアンドレアが余計なことを考えないよう背を向けた。
オスカーが婚約者とダンスなどすれば、男同士のダンスカップルが生まれてしまう。一部の女子に大いにウケてしまう。もしかしたら自分が女性パートを踊らされてしまうかもしれん。想像するだけで悪夢である。
そんな恥だけは晒すまいと、オスカーはパーティ会場を早足で歩き出した。
それを見越したように、キラキラとした光を背負ったアンドレアが、麗しい微笑みと共にオスカーの前に立ちはだかった。紺色の夜会服を見事に着こなした美しい麗人(女)は、不遜にも見える表情でオスカーに手を差し伸べた。
「Shall we dance?」
一度くらいは見てみたいTカラヅカ歌劇団。恐ろしいのは、ハマると人生設計練り直さなきゃいけないくらいお金がかかりそうなところ。触らぬ神に……と遠目にしています。でも見てみたい
評価★★★★★、ブクマ、リアクション、感想などいただけると、私の背中から黒い大きな羽が生えて大階段をゆっくり降りたくなるでしょう。清く、正しく、美しく!
読んでいただきありがとうございました!




