4-やらかし
カチャカチャ
ごくんっ
瑞瑞しいラディッシュやトマトのような緑黄色野菜。
俗に言うマッシュポテトのような白いフワフワとした珍品。
深みがある澄んだコンソメ風味のスープ。
体調を労わってか、負担の少なそうな品の数々。
こんなにも品のある贅のつくし方があるのだの感心するほどの朝食たち。
作ったであろうシェフが、なにか説明をしながら並べていたが、何一つ覚えていない。
肩に力が入り、周囲を見渡すことはできないが、公爵の斜め後ろには強面の騎士。
四方八方にはモデルかと見間違えそうな使用人達が。
そして真正面には少し距離があるが、この長いテーブルの先で黙々と食事をとるダーリッチ公爵。
人数だけ見ればパーティすら始めれそうなのに。
感じるのは静かなプレッシャーのみ。
重い。
何かを悟られたのか。
そう思わざるを得ないほど、親子の食事とは思えない静寂。
「ごほん.......あぁ.....んん」
咳払いをし、覚悟をしたかのような目をこちらに向ける。
「...半年ぶりだな。こうして二人で食事をするのは。気分はどうだ。苦しくは、ないかメルド。」
まるで宝石を扱うかのように、慎重に言葉を紡ぐ。
魔法使いとは思えないその歴戦の風貌からは、似つかわしくない困り顔。
返答に困る。
体調は良好。
それを伝えるだけなのに、口が動こうとしない。
メルドとして生きる。
悲しませない、そう決めたはずなのに。
簡単にはいかない。
(そうか、わからないんだ)
食事の前から、異常に緊張していたのはメルドになり切れるかの不安というよりも。
前世から何十年も経験していない、実父とのたわいのない会話。
奪われたその機会を、今メルドとして果たせるのか。
果たすしかない。
メルドを。僕を前に進めるために。
僕は、僕を騙しきる。
僕の、父上はダールディなのだから。
「昨日までの苦しさが嘘のように体が軽いんだ父上。今日は久しぶりに散歩してもいい、かな?」
「あぁ、リュール神官からしっかりと食事をして動く気力があれば、徐々に運動しても良いと言われている。今日は敷地内のみで、苦しくなったら直ぐに伝えるんだぞ。」
言質は取った。
早々に食事を済ませ、逃げるかのようにルロリアと共に自室へ準備しにもどる。
多分及第点。
不安になるほど自然だった会話を反芻しながら、心を落ち着かせる。
ダーリッチ公爵の敷地内。
ゲーム内での風景では、閑散としたエリアのように感じていたのに、今では隅から隅までまさに公爵の館であると示すかのように生気が満ち溢れている。
既に自分が辿っていたシナリオとは違う情景。
(メルドが生きているルートなど僕は知らない。
だから僕の持つ知識など、通用しないかもしれない。)
それでもこの気分の高揚はなんだろう。
足任せに、覚えているマップが正しいか擦り合わせるかのように散策する。
1枚絵に収められていた、図書館が、食堂が、花園が。 全て自分の目で味わう。
息切れすら忘れてしまうほど魅入ってしまう。
「メルド様、あまり無茶はしませんようにお願いいたします。」
ルロリアが持っていたハンカチで額を優しく拭ってくれる。
これじゃまるで本当の子供みたいだ。
精神年齢で言えば立派な大人だと言うのに、今の僕は傍から見たら、病気明けではしゃいでいるように見えるだろう。
これも偽装の一部であることにしよう。
(しかし見つからないな『魔道剣地』)
ダーリッチ公爵家が王国で絶大な権力を握っていた理由。
高位の魔法士と、剣士達が互いに練磨するその訓練地は、他国にまで知られているほど有名である。
それは現在の当主が剣と魔の腕前が抜きん出ているからこそ成立する鍛錬方法。
特に、『特魔団』が面白い。
公爵自らがスカウトして来た、固有魔法持ちの魔法使い。
ちなみに公爵本人も『雷』の固有魔法持ちである。
しかし見つからない。
『魔道剣地』はゲーム内でもそこそこ有名であったが、公爵敷地内に存在するという情報しか書かれておらず、僕も終ぞ見つけることは叶わなかった。
こうなれば、この手が易しか。
新人の巡回かのようにキビキビと歩く、優しそうな騎士柄の青年の前を立ち塞ぐ。
これが権力の乱用。
公爵の跡取りを無視することなど出来まい。
ルロリアが困ったような顔をして僕と騎士を見ている。
「こ、これはメルド様!!ほ、本日は、お日柄?もよく!お身体が回復したとのことで!おおおおお祝い申し上げた、クッ!!!」
なんか、とても申し訳ないことをした気分だ。
これじゃまるで、祝言をカツアゲしているみたいじゃないか。
読んで字のごとく、顔を真っ青にしてしまった騎士にこれを頼むのはとても不憫でしょうがないが、許してくれ。
「僕今散歩しているんだけど、疲れちゃって、、。けど最後にどうしても『魔道剣地』を見に行きたいんだけど、よければおんぶして連れて行ってくれないかな?」
そう、多分メルドは『魔道剣地』の場所を知っているはずなのだ。
九歳にもなり、魔法すら扱えるのに知らないはずがない。
なのに今更『魔道剣地』の場所を尋ねることはできない。
なら連れてってもらうしかない。確実に知っているであろう騎士に。
「オ、オ、私がですか!?」
名も知らぬ騎士は、僕の付き人であるルロリアに目を向けるが、ルロリアは何も言わない。
何となくこの騎士が何を考えているのかわかる。
自分の上司の更に上司の、また更に上司の子供に何か粗相をしないために、早くこの場から去りたいのだろう。
このゲームの貴族観をまだ把握しきれてはいないが、僕がこの騎士を不敬罪で処することも出来てしまうのだろうか、しないけど。
「か、かしこまりました。どうぞお乗り下さい。」
片膝を着き僕が乗りやすいように、背を向ける。
誰かの背に乗るなど記憶上一度もないが、悪い気分では無いな。
身体を預け、ふと呑気にそんなことを考える。
「騎士さんのお名前はなんて言うんですか?」
流石にこんな迷惑を掛けておきながら名も知らないのは可哀想かと思い尋ねる。
ゲーム内でも特に見たことは無いし多分ネームレスだったであろう騎士。
「メープリー • モーリーでございます!」
緊張が面白いほど背中から伝わる。
(なんとも甘そうな名前だし、苗字持ちということは貴族か)
モーリー家というのは聞いたことがないが多分、男爵とかそこら辺だろう。
「メープリーさんは今日は『魔道剣地』で鍛錬などはしないのですか?」
「騎士である私に敬称は不要ですメルド様!!私はまだ騎士となって1年目でして、敷地内での警備などが職務となっております!」
会話もそこそこに、すれ違う使用人たちに驚かれながら、マップ上では通過できなかった通路を辿り館の外に出る。
メープリーも、ある程度は緊張が解れたのか、肩の力が抜けている。
「こちらが『魔道剣地』でございます!!」
ここが...、そうか。
飛び交う火球に水球。
地形を唸らせ、見えない刃が空気を歪める。
ファンタジー。
最初に見た奇蹟、神聖術とは違う目に見える異常。
これが魔法か。
そう感心していると、指がピクピクと動く。
自分も出来ると、血が沸騰するように体が熱い。
まるで叫べと、口がモゴモゴと勝手に動く。
『黒く濁りて纏いし雷鳴、黒雷球』
ハッとした時にはもう終わっていた。
創り出したその黒の球を、恐れからか防衛本能からか。
危険を察知し地面に叩きつける。
バァァァァァァァァァン
轟音と共に土煙と、土へんが飛び交う。
あまりにも突然の出来事に呆然と立ち尽くすしかできない僕に、ルロリアとそしてさっき出会ったばかりのメープリーすら私を庇う。
耳を塞ぎたくなるほどの、破裂音が消え、土煙が収まった頃。
僕は、自責の念とともに意識を刈られた。




