3-決意
抱擁を交わした後、身体は疲れているだろうということで一時安静のため神官たちと共に父上は部屋を後にした。
落ち着いたら共に朝食を食べようとのこと。
メルド • ダーリッチ
ダーリッチ家の一人息子。
母上は亡くしており、親族と呼べるのはダールディのみ。
若くして魔法の才を認められ将来は雷公とよばれるダールディを凌ぐと言われた魔法使いの卵。
あれだけメルドを追った僕ですらこの位の情報しか持っていないというのだから本当に謎の人物である。
喋り方も人物背景もわかっている部分が少なすぎて安易に口も開けない。
本当は転生者であることを素直に話すことは無いにしろ、記憶喪失という体で話を進めようと思っていた。
しかしあの涙を見たあとじゃ流石にそんな事言えるわけがない。
死の淵にいた一人息子が治ったと思ったら記憶喪失など、喜ぶに喜べないだろう。
とりあえずはメルドとして怪しまれない為の偽装が第一目標だ。
正直、前の世界に帰りたいとはそこまで思わない。
奇妙な気分だ。両親はいないが、親しい友人や思い残したことだって何個もある。
それでも、メルドに呼ばれ、何かを託された。
その気持ちに応えてあげたい。
そして生きられなかったメルドの代わりにこの世界を楽しみたい。
勿論メルドだけのためだけじゃない。
僕自身もワクワクしている。
あんなにやりこんでたゲームのキャラが今意志を持って動いている。
気分の高まりをはっきりと感じる。
しかしまずは、この後の朝食をそつなく終えるためメルドになりきる。
今のところ相槌以外まともな返答もしていない。
これじゃ会話がままならない。
いざとなれば記憶喪失という手も使うが出来れば使いたくない。
早くどうにかしなければ。
《グチャり》
緊張からか、気付いていなかったが左手には何かメモを握っていたようだ。
(!!)
魔法陣。
見慣れたものではない。
ただ、歪でいて横に書いてある文字も何を意味するかわからない。はずだった。
解読とはまた違う。
まるで最初から知っていたかのように。
ゲーム内では意味の無い文字の羅列だと思っていたが今なら理解できる。
これはメルドが残した爪痕、魔帝にすら届く刃となる、変転式魔法陣。それの原書。
未完成ではあるが、ここまで書き終えているということはなるほど、今日だったか。
メルドの死期。
限られた期間内の選択肢を条件通りに進んだ時に、現れていたあるメッセージテキスト。
(メルドは、自分の居ない先の未来へ、未完の変転式魔法陣を残し、同時期に息絶えた。)
このテキストはたった一文ではあったが、メインシナリオ、ましてや他のサブシナリオにすら姿を表さないことが不自然であるほど重要な一文だと思っている。
確かに他のルートでは、1人のNPCがこの魔法陣を発見したとされているが、それでもこのメルドルートがあるのなら何かしら運営は、変転式魔法陣についてメルドに言及するシナリオや何かかしら作って欲しかった。
(っていうのはコアなファンとしての無理難題なのかな)
閑話休題。
この魔法陣についてはとりあえず後に解析するとして、まずは目の前の問題だ。
ダールディとの朝食。
もはやゲームのミッションのように立ち塞がるこの壁をどうするか。
(一つ、思い出した)
解決策とも言いづらいが公爵以外でメルドの人となりを知っている人物。
ルロリア • アーリー
没落したアーリー家の娘。
没落後はダーリッチ家のメイドとして就いている。
ルロリアはメルドが唯一公爵以外に心を開いた相手であり、メルドが独り苦しんでいる時も甲斐甲斐しく看病していた少女である。
「ルロリア、いる?」
先程から扉の外には気配を感じる。
多分ゲームの描写からするに、扉の外には貴族の専属メイドがいる。
そして先程チラリと見えた黒髪のメイドは専属メイドのルロリアのはずだ。
「はい。メルド様。どうかいたしましたでしょうか?」
少し鼻声のように聞こえるが合っていたようだ。
「少し入ってきてもらえる?」
扉越しに動揺のようなものを感じ、一拍置いてルロリアが入室してきた。
「失礼いたします。メルド様この度はご回復おめでとうございます。」
一礼し簡潔に、それでいて幸せを噛み締めるかのような顔をして祝辞を述べる。
ダールディ達をみてわかってはいた。
しかし改めて実感する。
これは夢などではないと。
何百の世界線で見続けた、ダールディが、ルロリアが今動いているのだ。
一枚絵だったルロリア。
黒のワンピースに白のフリルのついたエプロンには皺を感じられないヴィクトリアンタイプのメイド服。
気品すら感じるのは生来のものなのかとても似合っているように感じる。
正直トライアングルストーリーでは地味な方の女の子だと思っていた。
けれどそれは伝わりきれてなかっただけなのだろう。
動いているからこそわかる仕草の一つ一つに感じる洗練された動き、扉を閉める姿すら美しい。
これがメイド、ルロリア • アーリーか。
黒髪のロングヘアに光を吸い込むほどの深いレッドアイ。
美しい。ただ素直にそう思った。
「め、メルド様?どうかなさいましたか?そこまで見つめられると私、少し恥ずかしいです。」
真っ直ぐこちらを見つめていた瞳を逸らし、頬を紅潮させる。
僕は今ドラマでも見ているのだろうか。
ここまで仕草ひとつひとつに心動かされるなんて。前世の頃にはなかった。
27になり恋愛の一つもしなかったが女性に免疫がないとは思っていなかった。
しかし、自分は初心であると、そう思わされるほど心がバクバクとうるさい。
思い入れがあるキャラが動いているから気分が高揚してるだけだと無理矢理にでも心を落ち着かせる。
「感謝を伝えたかったんだルロリア。今まで看病してくれてありがとう」
メルドが。
メルド • ダーリッチが苦しみながらも半年足掻けたのはルロリアの存在が大きかったと僕は思ってる。
なぜそこまで尽くしていたのかは分からないが、ルロリアはメルドが死ぬその時まで励まし続けた。
病状が和らいでいるように見えると、きっと良くなると。
ハリボテの慰めだったとしてもメルドは嬉しかっただろう。
そんな彼女の心境が記された一文。
メルドが息を引き取った時、彼女は張り裂けた心を守るかのように思い出が残る王国を発った、と。
「私の役目は、メルド様のお世話でございました。一メイドにそのようなお言葉は不要でございます」
なんとも堂に入った使用人魂だ。
しかし緩んだ口元が、照れているだけだと一目でわかる。
「それでも、だよ。ルロリア。」
こちらも、真っ直ぐに瞳を見つめればルロリアは顔を背けてしまう。
なんとも愛らしい。思い入れのあるキャラだからだとは思うが、僕はこんな成人に満たない少女がタイプだったのだろうか。
確かメルドの死亡時期はメルドが9歳になってすぐ。
それが今だとすればルロリアは確か16か。
そして今日がその日なら今はシナリオスタートから数ヶ月と言ったところか。
もしもトライアングルストーリー通りに、3人の主人公どれかのストーリーが進んでいるとすれば強くならなければならない。
それは、主人公には選ばれなかった候補者のどちらか一方がラスボス。
生まれながらの邪悪、主人公の村の仇であり、僕の母親の仇。
それが三角関係の《トライアングル》物語の大枠なのだから。
状況は理解した。
今立たされているおおよその位置も。
しかし変わらない。
僕について分からないことが多いということは変わらない。
ここからは賭けだ。
ルロリアの人間性、そしてメルドへの忠誠心に賭ける。
「でも、ルロリア。僕少し記憶が飛んじゃってるみたいだ」
そう、ルロリアにだけ明かす記憶喪失。
少しというのがミソ。
雇い主である父上には報告しなくてもいいと思える塩梅をつかなければいけない。
「お母さんのことも、ルロリアの事も覚えてる。
けどここ最近の記憶がなくてちょっと混乱してるんだ。」
自分の知っている知識を混ぜて信憑性をあげる。
ルロリアだってメルドの母、フワル • ダーリッチのことだって大体シナリオでわかる。
「それは......、もしかしたら仕方がないことかもしれません。私は神官ではありませんので、詳しいことは分かりませんが、ここ半年メルド様は病により記憶が混濁しているご様子でした。診察の際は気丈に振舞っておられましたがおひとりになっている際は非常に苦しそうにしてらっしゃいました」
記憶が混濁してもおかしくないほどの病状。
メルドのことを考えれば喜んではいけないが、今の状況は望ましい展開。
「僕、父上のこと心配させたくなくてこのこと言ってないんだ。父上に黙ってていてくれる?」
「お任せ下さい。メルド様の公爵様を想うお気持ちは理解しているつもりです。」
なんとも心強い。
多分裏切りは...ない。
「それと僕この喋り方で大丈夫かな...?この後父上とご飯を食べるんだけど、最近全然喋ってない気がして心配なんだ」
一番の問題。
父上相手の会話だ。半年まともに話していないであろう相手ではあるが露骨に変わってしまっては怪しまれるだろう。
それは結果的に記憶喪失と打ち明ける以上に父上を傷付けてしまうかもしれない
「少し、大人びたように感じますが、それもまた成長でしょう。きっと公爵様はお食事を楽しみにしてらっしゃいますよ!」
一人称は「僕」で間違っていなかったか。
なんとなく分かってはいた。
幼い頃に親を亡くし、僕呼びから変わらず、変える機会が訪れず。
前世でも、社内以外では僕と言ってしまっていた。
メルドもそうだったんだ。いやただまだ幼く俺に変える機会が無かっただけかもしれない。
ただ自分がそう思いたいだけかもしれないが、それでも親近感を湧いてしまう。
「しかし本当にメルド様が、お治りになりとても嬉しく思います。公爵様のあのような朗らかなお顔は初めて見たかもしれません」
ルロリアは、先程腫らしたであろう瞼にまた涙をじんわりと浮かべる。
苦労したのだろう。
メルドはこんなにも父上に、それにルロリアに想われていたんだ。
メルドから何を期待されて、託されたのか。
まだ分かっちゃいないが、多分、悲しませたくなったんだろう。
だから意志を受け継ぐ。
きっと、少なくともメルドとして生きることが彼が求める僕だから。




