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レベル1のキャバ聖女は、愛で魔王を殺せない  作者: しばいぬ


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第8話 聖女、夜の街を征く

 黒いマナの供給ブーストにより、私は一陣の風となって雑踏を駆け抜けた。五歳児並みの敏捷性「3」という絶望的体力が、一時的な過給によって「全盛期のキレ」を取り戻す。


 追ってくる老賢者の気配が完全に消えた路地裏で、私はようやく足を止めた。肩で息をしながら、影に向かって低く念じる。


「マナモン、この聖女特有の『光り輝くオーラ』を消して。目立って仕方ないわ。お忍びのつもりなんだから」


『……は? お前、寝ぼけてんのか?』


 影の中から、心底呆れたようなマナモンの声が響く。


『元々お前に「聖女のオーラ」なんて一分もねえよ。さっき見たろ、お前のマナはドロドロの鉄錆味だ。……お前が「光り輝いて見える」ようにしてるのは、お前自身の力じゃねえんだよ』


「え……? でも、民衆もメルロー様も、私のこと眩しそうに見てるじゃない」


『それは、この世界の連中が「アガペ(純愛)」の毒に当てられてるからだ。あいつらはな、目の前の対象を「こうあってほしい」という理想で補正して見てるだけなんだよ。お前が聖女の座に座った瞬間、連中は勝手にお前にフィルターをかけて、脳内で神々しいエフェクトを特盛にしてやがんだ。……お前自身は、ただの真っ黒な、それでいて「やたらと顔面のいい女」に過ぎねえんだよ』


(……なるほどね。私の演技が完璧なんじゃなくて、客が勝手に「最高の偶像アイドル」として幻想ファンタジーを見てるだけってわけ。……いいわ、その「脳内補正」は最大限に利用させてもらうわよ)


 私は自分が「光っていない」ことを再確認し、潜伏先を探るため街の酒場を巡ることにした。


 一軒目の酒場は、冒険者たちがたむろする殺風景な場所だった。


 扉を開けた瞬間、騒がしかった店内が水を打ったように静まり返る。


 カウンターで安酒を呷っていた男たちが一斉にこちらを見た。その中の一人、脂ぎった顔でニチャアと笑う小太りの冒険者が、馴れ馴れしく声をかけてくる。


「……おや、これはこれは。こんな掃き溜めに、天の遣いのような麗人が何の御用かな?」


 私は営業用の笑みを浮かべ、話を切り出した。


「騎士団長ガウェイン様について、何か知らない? 最近、お姿を見かけないのだけれど」


「ああ、ガウェイン様! 彼は我ら『アガペ主義者』の希望の星ですよ。この汚れきった世界で、ただ一人純潔を貫く高潔な御方だ。……ですがね、最近は不届きな連中が、ガウェイン様が夜な夜な『娼館街』へ消えていくのを見た、なんて罰当たりなデマを流していましてね。ハハハ、笑わせる!」


 男は酒を煽り、気色の悪い熱弁を続ける。


「我々にとって娼館など、アガペを汚す『必要悪のゴミ捨て場』ですよ。あそこは、30歳を過ぎても真実の愛に出会えない、マナ枯渇の危機に瀕した『残り物』が駆け込む、公衆便所みたいな場所ですからねぇ」


(……マナ枯渇? 何のこと?)


 私が眉をひそめると、マナモンが耳元で冷たく囁いた。


『この国の呪いみたいなシステムだ。アガペ王国の人間は、30歳までに誰かと「愛の契約」を結ばねえと、体内のマナが腐って砂になって消える。だから、相手が見つからねえ奴は、マナの腐敗を防ぐために、しかたなく娼館で「愛の形骸」だけを処理しに行くのさ。……いわばマナの非常用排出弁だな』


(……何それ。三十路までに童貞守ると魔法使いになるどころか、砂になって死ぬってわけ? 道理でみんな必死に愛、愛、ってうるさいはずだわ)


「お嬢さんもそう思うでしょう?」


 小太りの男は、私の困惑を同意と受け取ったのか、さらに饒舌になる。


「愛とは、高みにある汚れなきもの。娼婦などという『マナのゴミ処理係』とは無縁の場所なのです。ガウェイン様のような清らかな愛の体現者が、そんな死に損ないの溜まり場に行く道理がない。……我々はガウェイン様を信じている! これもまた、彼へのアガペですからね!」


(……必要悪のゴミ捨て場? マナのゴミ処理係?)


 私はその言葉を反芻し、心の底で静かにキレた。この男たちの「上から目線の愛の定義」が我慢ならない。


 酒場を出て、私は泥濘んだ路地を歩きながら、吐き捨てるようにマナモンに問いかけた。


「ねぇ、マナモン。この国には『女の子の店』はないの? 娼館なんて極端な場所じゃなくて……もっとこう、会話と雰囲気を楽しんで、夢を売るような場所よ」


『キャバクラだか何だか知らねえが、そんなまどろっこしい商売、この異世界にはねえよ。欲を満たして延命するなら「娼館」、酔うなら「酒場」。それだけだ。……だがな、お前が向かうのはそこらの安宿じゃねえ。歴史的な娼館だ。値段も格式も、並の貴族じゃ手が出ねえ城下町の『影の宮殿』だぜ』


「……効率主義ね。娼婦を差別するつもりはないけれど、愛の国を自称するなら、もっと繊細な『夜の楽しみ方』があっていいはずだわ。男にはね、ただ身体を繋げる前に、誰かに認められたい、理解されたいっていう『魂の渇き』があるのよ。……そして、そこにはプロにしか売れない『愛』があるの」


 キャバクラ。それは、日常の喧騒を忘れ、選ばれた女たちの技術によって、男たちが「自分は特別な存在だ」と錯覚できる聖域。


「……決めたわ。指輪を回収するついでに、そのガウェイン様が隠れてまで通いたくなるような『夜の世界』、私が本物のプロの仕事を見せてあげる」


『……おい、まさか。本当にやるのか?』


「あら、悪いかしら? あのキモい男たちに『本物の夜』を教えてあげるのも悪くないわね。……さあ、案内して。歴史が古くて、ガウェイン様がデマを流されるほど怪しまれている『格式高い娼館』へ」


 私は、まだ見ぬ夜の城へと、ヒールのない靴で力強く一歩を踏み出した。


 私の瞳には、ハナから聖女の慈愛などない。それは、未開の市場マーケットを奪い取る、真の「プロ」の輝きだった。

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