第5話 最初のお客様みーつけた
「失礼致します、ラブリンコ様。お食事のお片付けに参りました」
控えめなノックと共に、年若い侍女が入ってきた。名前はアンナ。昨日の私の演説で一番派手に泣いていた子だ。
「ありがとう。……ねえ、アンナ。少し聞いてもいいかしら?」
「は、はい! 何なりとお申し付けください!」
私が微笑むだけで、彼女の顔がパッと輝く。本当にちょろいわね。
「この国で今、一番人気がある方ってどなたなの? ほら、私が外の空気に慣れるための参考にしたいの」
「それでしたら、やっぱり第一騎士団長のガウェイン様です! 実力はもちろん、あの方の誠実な愛の深さは国民の憧れなんです!」
「愛の深さね。それが騎士としての強さに直結するのかしら? アンナ、あなたから見て、彼はどんな風に戦うの?」
問いかけると、アンナは待ってましたと言わんばかりに身を乗り出した。
「ガウェイン様は、まさに努力と愛の結晶です! この国の騎士は皆、幼少期から血の滲むような肉体の修練を積み、高度な剣技を極めます。でも、それだけでは届かない領域がある。ガウェイン様は、その極限まで磨き上げた技に、守るべき人々への『愛』というマナを乗せて振るわれるのです。五年前、隣国との親善武術大会でのあの一撃……決勝戦、猛者相手に見せた山をも断つような剣閃は、まさに愛が形を成した神々しさでした。
『ケッ。聞こえはいいが、要は燃料の問題さ』
影の中からマナモンが冷めた声を出す。
(燃料?)
『ああ。ガウェインって男は元々が怪物なのさ。才能も研鑽も凄まじい。だが、この国特有の「愛」というマナがそこに注ぎ込まれることで、その実力は十倍にも膨れ上がる。どんなに鋭い刃でも、振るう者の心が冷えていちゃナマクラだが、想いの熱量がそのまま破壊力に変換されるのさ』
(つまり、元々のステータスに「愛」による補正……バフが掛かっている状態ね。でも、そのバフの供給源が絶たれれば……)
「ガウェイン……昨日の召喚の儀には参加してた?」
「いえ……体調を崩されたとの事で」
(女神様が言っていた真実の愛の欠乏が原因かしら。燃料供給が止まって、騎士としてのアイデンティティが揺らいでいるのかも)
「……最近はお顔に元気が無かったんです。それなのに夜な夜な街の酒場に通われているという噂もあって」
(体調不良で飲み歩く……か。誠実すぎて疲れちゃったのかしら?)
「元気がないって……それは、魔王の影響なのかしら?」
「はい……。実は二年前、この国が召喚した『勇者様』のことで、深く心を痛めていらっしゃって。ガウェイン様は指南役としてあの方を導こうとしたのですが、力及ばず……勇者様は魔王軍へと降ってしまわれたのです」
『……ケッ。指南役ねえ。あのクズ勇者め』
マナモンが脳内で鼻で笑った。
(何か知ってるの?)
『ホスト上がりって奴さ。ジャックって野郎は、お前のようなドブマナ女とは違う、情に脆いだけの馬鹿だった。自分を慕う女たちへの「愛」を薪にして、最強の炎を燃やして見せたが、最後にゃその愛が反転して絶望に変わった瞬間、あいつは自ら魔王の手を取った』
(それ、褒めてる? 貶してる?)
『まあ、ガウェインが病むのも無理はねえよ。真面目なあいつにとっちゃ、ジャックは「愛」という概念そのものを破壊していったようなもんだからな。信じていた高潔なバフの源が、裏切りという名の不純物で汚染されたんだ。今のガウェインは、火の消えた竈も同然さ』
(勇者が魔王軍へ、ね。指南役のガウェインが精神を病むのも納得だわ。……でも、そんな傷心の騎士団長、私の最初の「太客」にふさわしいわ。燃料が尽きたなら、私が新しい火を灯してあげましょう。本物よりずっと美しくて、猛毒を含んだ偽物の火をね)
「あ、あの……ラブリンコ様? どうかされましたか?」
怪訝そうにこちらを見るアンナに、私は極上の微笑みを返した。
「いいえ、なんでもないわ。……そのガウェイン様、一度お会いしてみたいわね」
(マナモン、最初のお客様が見つかったみたいだわ)
『ケッ。虚飾の見せどころってわけだなぅ! ドブマナ、ぷんぷんと臭ってるぜ』
私はゆっくりと立ち上がり、鏡の前で自分の姿を整えた。
レベル1。マナ源は底なしの虚無。
愛を知らない私が、この搾取され切った国で、どんな「極上のまがい物」を売ってやろうかしら。
☆★☆★☆★
王城の厨房は異常な熱気に包まれていた。
私は袖をまくり上げ、粘土のように重く硬い生地と格闘している。侍女アンナから、騎士団長ガウェインが連日の激務と心労で食も細り、憔悴しきっているという情報を引き出したからだ。
あちらの世界で、最高の焼き上がりを追求して視聴者の心を掴んだ私にとって、ターゲットが弱っている時に「胃袋を掴む」のは定石中の定石。それも、ただの食事ではない。未知の感動を伴う食の演出が必要なのだ。
「パンが味気ないなら、美味しく焼けばいいじゃない」
私は貴重なバターを贅沢に使い、何度も生地を折り重ねて層を作っていく。指先に伝わる弾力、温度の変化。黄金色のクロワッサンが焼き上がった瞬間、厨房の料理人たちは未知の香りに酔いしれ、その場で膝をついた。
「な、なんだこの甘みは……! 聖女様、いつの間に秘蔵の砂糖を!?」
それもアンナから聞いている。この世界で、砂糖やスパイスは金にも匹敵する高価なものなのだ。
「砂糖なんて使っていないわ。これはバターの脂を熱で逃がさず、生地の中に閉じ込めただけの技術による甘みよ」
「なんと……」
私にとっては基本に過ぎないことが、この世界の人々には未知の快楽なのだ。それを知らしめるのは、愛のひとつじゃなくて?
「ラブリンコ様あっ!!」
そこへ、血相を変えた賢者メルローが文官たちを連れて乱入してきた。昨日からずっと胃のあたりをさすっている彼は、この国の最高権威でありながら、私に振り回されて相当参っているらしい。
「何よ騒がしいわね」
「厨房を占拠して何をしておられるのですか! 貴女のお身体はいつマナ欠で崩壊してもおかしくない状態なのですよ!」
私は騒ぐ彼の口に、サクサクのパンを一切れ突っ込んで黙らせた。
「落ち着きなさい、賢者様」
「……こっ、これはっ!? 馬鹿者! いくら聖女様の頼みでも、パンに貴重な砂糖を使うなどっっ!」
メルローは料理人たちに向かって声を荒げた。
「砂糖は使ってないわ。賢者様ですら勘違いなさるのね? これは私の手腕による産物よ。話も聞かずに怒鳴り散らすなんて、愛が足りないのではなくて?」
「ぐっ……それは……」
「……そんなに私の身が心配なら、部屋に戻りましょう。あなたの言う愛の教義とやら、少しは聞いてあげるわ」




