第2話 愛こそが力の異世界で、余命宣告を受けた
神々しい光と共に、私の眼前に半透明のプレートが浮かび上がった。
名前:ラブリンコ
レベル:1
魅力:測定不能(限界突破)
話術:測定不能(限界突破)
マナ源:測定不能(虚無)
特殊称号:抱きたいキャバ嬢ランキング3年連続1位、恋愛リアリティショー「愛の収穫祭」シーズン4・完全勝者、ナンバーワンの営業術(MAX)
(きたわ……! 完璧じゃない!)
私は内心でガッツポーズを作った。
レベル1? そんなのは当然よ。だって異世界に来たてだもの。それよりも、この魅力と話術の測定不能評価! それに抱きたいキャバ嬢1位の称号! 女神様も、私の実績をしっかりアカシックレコードに刻んでいたってわけね。
恋愛リアリティショー「愛の収穫祭」での、あの清楚に見せて裏で計算し尽くした立ち振る舞いまでMAX評価だなんて、幸先が良すぎるわ。私が勝利の笑みを浮かべようとしたその時、賢者メルローが、深い深いため息をついた。
「ああ……嘆かわしや。なんと、なんと不憫な……」
メルローが私のステータスを読み上げ始めると、周囲の騎士たちから、悲鳴のようなすすり泣きが漏れ始めた。
「……え? ちょ、ちょっと、皆様? なぜ泣いていらっしゃるの? 抱きたいキャバ嬢1位ですよ? お店の売り上げだけじゃなくて、凄まじい経済効果を生んだ実績なんですけれど」
「ラブリンコ様。……ご自身では気づいておられないのですね。このレベル1が、何を意味するかを」
メルローは、まるで道端で震える捨て猫を見るような、潤んだ瞳で私を見つめた。その瞳には侮蔑も嘲笑もなく、ただただ純粋な慈愛だけが宿っている。
「この世界でのレベルとは、戦闘力などではありません。それは魂の純度。すなわち、見返りを求めぬ無償の愛を知る度合いです。……三十二年も生きてレベル1など、ああっ……このアガペ王国の歴史上ただの一人も存在しません。ううっ……赤子ですらレベル3はあるというのに」
「……はいっ?」
「そして、この称号……抱きたいきゃばじょう、でしたか。三年間、多くの者から劣情という名の毒を向けられ、魂を安売りしてきた悲劇の記録。さらにこの、れんあいりありてぃしょーにおける、徹底した自己演出と、他者を出し抜くための冷徹な演技。……魅力や話術が測定不能なのも、それが魂の輝きではなく、人を欺き、操るために磨き上げられた、あまりに悲しい技術だからです」
メルローが、震える声でその実績を読み上げる。そのあまりに悲惨な「真実」に、玉座の国王ヒューマン・フォン・ピュアリーが顔を覆った。
「おお……なんということだ……。救い主としてお呼びした聖女様が、これほどまでに愛に飢え、心に深い傷を負った哀れな娘であったとは……! わしは……わしは、己の無力さが情けないっ!」
国王はがくりと膝をつき、そのまま床に突っ伏して嗚咽を漏らし始めた。一国の王が絶望して倒れ込むほど、私の魂は「欠陥品」扱いというわけね。
「貴女は三十二年間、ただの一秒も誰とも心を繋いでこなかった。数多の男たちの欲望を煽り、数字という名の虚像を積み上げるために、自らの魂を削り続けてきたのですね。……ああ、なんという孤独。なんという荒野! 貴女の人生には、ただのひとしずくの真実の愛も存在しなかったというのか!」
「ちょ、ちょっと待って。それはプロとしての仕事であって……」
「その通りです! 仕事という名の仮面を被らなければ、貴女は生きていけなかった! 誰かに愛されたいという本能を押し殺し、数字を稼ぐ機械に成り果てていた……! 嗚呼、神よ! この哀れな異邦人に、どうか慈悲を!」
騎士たちが一斉に跪き、祈り始めた。倒れ伏した国王までもが、震える手で私の幸せを祈っている。
「愛を知らぬ可哀想な聖女様に、光を」
「三十二年も一人で戦ってこられたのですね、痛ましい……」
「今すぐ、温かなスープと毛布を! 彼女の凍てついた心を溶かすのです!」
(…………なによ、これ)
私の視界が、屈辱で真っ赤に染まった。
三十二年間、誰よりも美しく、誰よりも賢く、誰よりも愛を武器に金を稼ぎ、誰よりも努力して頂点に立ったこの私が……可哀想な……愛を知らない迷い子?
私の努力も、積み上げた数字も、全部孤独な魂の叫びでしかないって言うの?
「ラブリンコ様。マナ源が虚無なのは、貴女が誰とも魂の繋がりを持っていないからです。この世界では、絆こそが生命維持のエネルギー。マナがない貴女は、あと数日もすれば、砂のように崩れて消滅するでしょう……」
悔しくて、爪が手のひらに食い込む。
でも、メルローも、泣き崩れている国王も、その瞳にあるのは絶対的な善意だ。彼らは、本気で私を不憫だと思い、本気で救おうとしている。
悪意のない正論。汚れなき慈愛。それが私のプライドを無残にじわじわとなぶり殺していく。
(……ああ、そう。レベル1。虚無のマナ。……私は、ここではただのゴミなのね)
私はその場にへたり込んだ。王城の豪華な装飾が、私を嘲笑う牢獄に見え、三十二年かけて築いた夜の女王の城が、たった数分の正論で、砂の城のように崩れ去っていく。
……その時だった。
『……ケッ。しみったれてんなぁ。お通夜かよ。……なあ、お前、あそこの爺さんに魂が砂漠だなんて言われて、このまま干からびて死ぬつもりか?』
脳内に響く、あのだみ声。さっきも聞こえた声だ。
それは私の影から聞こえていた。影の中から、可愛げのないドス黒いスライムがぬるりと顔を覗かせる。
『やっと気付いたか。なら返事しろよ、ラブリンコ』
(……ほっといてよ。私は愛を知らない欠陥品なの……)
『欠陥品? 笑わせるな。……お前のマナ、さっきから不味いを通り越して、腐った毒みたいに猛烈に臭ってるぜ。いいか、レベル1。こいつらの言う愛なんて、甘ったるいお菓子みたいなもんだ』
スライムの波動が、私の冷え切った自尊心に、ドロリとした燃料を注ぎ込む。
『だが、お前のマナは違う。……それは愛じゃねえ。……死んでも一番を譲らねえっていう、ドロドロの自己愛と執念だ。……俺様は、そんな汚ねえマナが大好物なんだよ。……立てよ、ラブリンコ。お前のそのエグい実績が、こいつらの言う真実の愛より強いってことを、分からせてやれよ』
(……っていうか、あんた何者よ? スライムが喋るなんて聞いてないわよ)
『俺か? 俺様は「マナモン」だ。普通の野郎には声も姿も見えねえ特殊な個体よ。……おい、ラブリンコ。このまま消えちまうのか? それとも俺様とお互いの「毒」を共有して、こいつらに一泡吹かせてやるか?』
……執念。
そうだ。
私は、愛されたくてトップにいたんじゃない。
私を見下した連中に、指一本触れさせずに、ひれ伏させてやるために……。
この足で、一番高いところに立ち続けるために、あそこに立っていたんだ。
ゆっくりと顔を上げた。
涙に濡れた顔のまま、口角を不敵に吊り上げる。
「……メルロー賢者様。……そして、慈愛に満ちた皆様方」
震える手で乱れた髪を整え、最高の笑顔を貼り付けた。
「……かわいそう? 私が? ……ふふっ。笑わせないで。……これから教えてあげるわ。あんたたちの言う愛なんて不確かなものより、私の虚飾の方が、よっぽど世界を救えるってことをね」




