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レベル1のキャバ聖女は、愛で魔王を殺せない  作者: しばいぬ


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2/12

第1話 キャバ嬢インフルエンサー、愛の国で聖女になる

 意識が途切れると同時に、私の魂は肉体から引き剥がされたようだった。


 これが死なのね。サウナみたいで案外悪くないわ。なんていうか……最高の整いって感じね。


 目を開けると、そこは光に満ちた果てしなく広がるフロアだった。床も壁も、空気さえも、高級なパールとダイヤモンドの光沢でできており、天上のVIPルームといった風情だ。


 フロア中央には、絶世の美女が佇んでいた。長いプラチナブロンドの髪、全てを包み込むような温かい光を放つ瞳。きっと女神様ね。


「ようこそ、愛川林檎。あるいは、ラブリンコ。あなたは魂の次元に迷い込んだのよ」


「私は、死んだのですか?」


「ええ、あなたは現世での命を終えたわ。そして今、新たな道を選ぶ機会を与えられている」


「新たな道……光栄ですわ。しかし、どうして私がここに?」


 私は臆する事なく女神に質問した。女神はそれこそ神様が手作りしたかのような精巧な顔で微笑んでいる。美しい……完璧な美だ……でも……。


「フフッ。完璧な美人だけど、面白くない顔ね。私の方が客の目を引きそう……そう思いましたね?」


「……えっ!?」


 流石の私も動揺が隠せなかった。どうやら思考は筒抜けのようだ。


「そうそう。貴女の見立て通り、私は女神で間違いないわよ。名前は秘密だけどね」


 やはり女神か……でもっ! 迷うな。ビビるな。覚悟を決めろ。私は瞬時に、この場を最高のオーディションだと認識し、営業モードへと切り替えた。


「失礼いたしました女神様。どうぞお許しください」


「構わないわ。過去にはもっと粗野で下品な欲望をぶつける輩もいたしね」


(普通の男ならそうか……女神様露出多いしな……)


「そうなの。それがあったから羽衣を纏ったのよ。それまでは裸だったわ」


「……それは、男性がやらしい事を考えるのも仕方ありませんわね」


「フフフッ。やはり面白い子ね。貴女を生き返らせてあげる事は出来ないけれど、新たな使命を与えてあげようかと思ったの。……キャバクラ嬢……でしたわよね? 貴女の仕事っぷりはすばらしかったわ」


「光栄で御座います」


(私の仕事っぷりを評価しての「新たな使命」ということは……)


「やっぱり勘がいいわね」


「そうであるなばら、私ほどその期待に応えられる人間はいないと自負しています。私の人生は愛の技術の証明でした」


「さすが、自己肯定感がエネルギーとして凝固している魂だわ。……さて、貴女に提示できる舞台は三つある。私の管轄の中でもとびきりの三つよ」


 女神は優雅に指を立てた。


「一つ目は、欲望の都市エラメス。ここなら前世と同じ、夜の女王として君臨できるわ。……二つ目は、富の帝国ガルダ。ここでは絶世の美女として貴族の妻になり、贅沢三昧よ」


「あら、どちらも魅力的ですけれど……少し既視感がありますわね。本命は三つ目ではありませんか」


「フフ。……では三つ目。愛の王国アガペ。ここでは聖女として召喚される。そして、愛の力で魔王に対抗し、滅びゆく世界を救うのが使命よ」


「愛の力で世界を救う……! 前世で掴み損ねた真の愛の力を証明できるなら、これ以上の栄誉はありませんわ。……でも、魔王って?」


「ええ。今のアガペ王国は、真実の愛が枯渇し始めているの。魔王は人々の心の隙間に『無関心』と『絶望』を植え付け、愛のマナを喰らい尽くそうとしている。もしこのまま愛が消えれば、国どころか世界が崩壊するわ」


 私はふと考えた。


(……ちょっと待って。愛が枯渇してる国で、愛の力を使って魔王を倒せ? それって、不況の極みのマーケットに、売る商品もない状態で放り込まれるようなものじゃない? ……ブラック企業も真っ青のハードワークの予感がするわね)


「女神様。報酬はどうなっていますの? それに、予算……いえ、武器とか初期装備とかは?」


「報酬は世界からの喝采よ! 武器は貴女の心にある愛っ!!」


「……少し、条件が厳しすぎません? 二番目の『贅沢三昧の貴族の妻』の方が、魅力的に感じてきましたわ」


「……えっ。……あ、でも、アガペなら貴女は、この世で唯一の 聖女として、全人類から最高級の承認を得られるわよ? ナンバーワンどころか、オンリーワンの神推しよ?」


「……なるほど。全人類が、私のファンになるというわけですわね?」


「え、ええ。そうね。間違いなくそうなるわ(……この子、思考回路がやっぱり独特だわ)」


「……わかりました。アガペ王国へお願いします。夜の女王が聖女として世界を救う。これ以上の人生は御座いませんわ!」


 女神は呆れたように、けれどどこか楽しそうに微笑んだ。


「決まりね。ただし、警告しておくわ。その世界では、真実の愛がない魂は、肉体を維持するためのマナを生成できない。その虚飾の魂で、どれだけ生き延びられるか。あなたは、自分の命をかけて証明をするのよ」


 そう言うと、女神は手をかざし、私を押し出した。


(虚飾の魂……? 愛の理論を虚飾と言われるのは我慢出来たとして、魂まで虚飾だなんて失礼な話ね! 命をかけた証明ですか……ええ、やってやろうじゃないの! 私は愛で、アガペ王国を救い、魔王を私の客にしてやるわ! それが私の聖女としての『仕事』よ!)


 決意する私の瞼を、強烈な黄金の光が刺した。


☆★☆★☆★


 瞼の裏を刺していた強烈な黄金の光が引いた瞬間、目の前に広がる景色は異世界そのもの……は、言い過ぎか? 映画で観たことがある中世ヨーロッパの雰囲気だ。


 大理石の床には緻密な紋様が刻まれ、天蓋のステンドグラスから差し込む光が、ホールに幻想的な影を落としている。


 目の前には、派手なローブを纏った初老の男がいた。その周囲には屈強な騎士団がずらりと並び、私に向かって深く頭を垂れていた。彼らの鎧は鏡のように磨き上げられ、その眼差しには狂信的とも言える色が宿っている。


「ようこそ! 愛の聖女、ラブリンコ様!」


「ついに、このアガペ王国に真の聖女がお越しになった!」


 ホールを揺らす大歓声。


(ラブリンコ……か。女神様ったら、SNS活動で使っていた名前で指名を果たせって事? 望むところよ!)


 強烈な使命感に突き動かされた。キャバ嬢インフルエンサーとしての本能が、脳より先に口を動かした。目の前の彼らは、私に聖女という役割を求めている。今、私はそれに応えなければならない。


「ええ、みなさん。わたくし、召喚聖女のラブリンコよ」


 私は深呼吸ひとつで、夜の女王の仮面を剥ぎ取った。


 完璧な角度と完璧な口角で、お客様が求める姿を体現する。


「愛の聖女として、この世界を最高の輝きで満たして差し上げますわ」


 私の経験で異世界そのものを虜にしてみせる。


 すると、ローブの初老の男が立ち上がり、優雅に深々と頭を垂れた。


「わたくしは、この国の最高賢者、メルロー・アリストテレスにございます。聖女様をお迎えでき、光栄の至り」


 メルローは涙ぐんでいるようにも見えるが、その顔には、一切の打算や邪心が見えない。彼の瞳は、ただ純粋な愛を私に捧げている。


 その直後、奥の玉座から立ち上がった、威厳ある人物がいた。豪奢な王冠と真っ白な衣装を纏った王国の最高権力者だ。


「わしが、アガペ王国国王、ヒューマン・フォン・ピュアリーである! 聖女ラブリンコよ、よくぞ来てくれた!」


 国王の言葉に続き、ホールに集まった観衆だけでなく、外にいるであろう街の人々からも、熱狂的な愛の讃歌のような歓声が響き渡る。


(何? この空気……これが「マナ」?)


 目の前の歓声からは、愛以外の感情が全く感じ取れなかった。


 人の行動には少なからず欲望や下心が含まれているものなのだ。しかし、このアガペ王国の人々から溢れ出る熱気は、私が知る自己愛とは全く異なるものだった。彼らの絆や喜びは、まるで透明なマナとなって、都市全体を包み込んでいるようだ。


(……これが、女神の言っていた真実の愛……? 私の存在がこの異様な愛を生み出してるの……?)


 その時だった。


『……不味い……。ヘッ、反吐が出るぜ』


 私の思考ではない、冷たく、不快な声が脳内に直接響いた。

 一瞬、私の完璧な営業スマイルが凍りつく。


(……今、誰の声? まさか、魔王の声なの!?)


『お前。……「愛の聖女」なんて抜かしやがって。……お前のその魂、ドロドロの毒みてえに「不味い」なぁ』


 声は、私の影から聞こえていた。


 私を歓迎する「真実の愛」の光が強ければ強いほど、その影は嘲笑うようにうごめいた。


(毒……? 私の魂が……?)


 熱狂的な歓迎と、脳内に響く罵倒のギャップに眩暈を覚える。


 そんな私の動揺に気づくはずもない賢者メルローが、うやうやしく一つの水晶板を捧げ持った。


「さあ、聖女様。まずはその尊き御魂の輝きを、このステータス測定機にお示しください。皆に、貴女様の愛の深さを証明していただくのです!」


 この時、私はまだ知らなかった。


 この後に待ち受けているのが、私の人生を全否定するような、残酷なまでの「現実」であることを。

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