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レベル1のキャバ聖女は、愛で魔王を殺せない  作者: しばいぬ


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第12話 ガウェイン様

 翌朝、私は王城の自室で、昼過ぎの柔らかな日差しを浴びながら盛大に欠伸を噛み殺していた。

 夜な夜な王城を抜け出し、「夜の月亭」でプロデューサー業に勤しんでいるのだ。今の私にとって、聖女としての公務は副業、夜の改革こそが本業である。

「聖女様、またこのような時間まで……。アガペを体現すべきお方が、連日の朝寝坊とは嘆かわしい」

 部屋に踏み込んできたメルローが、眉間に深い皺を刻んで説教を始める。私は重い瞼をこじ開け、わざとらしく胸を押さえて激しく咳き込んでみせた。

「……っ、ごほっ、ごほごほ! ……ああ、メルロー。心配しないで。昨晩も、この国に渦巻く悲しき魂たちのために、一晩中祈りを捧げていただけですわ。……わかりました。この生命を削ってでも、明日からは早起きいたしますわ。これぞ、愛っ!」

 私が虚空を仰いで聖女スマイルを浮かべると、メルローは毒気を抜かれたように「……ほどほどになさいませ」と引き下がっていった。

 この国の警備は、平和ボケしているおかげで実にザルだ。アガペを信じ切っている騎士たちは、聖女が夜中に窓から脱走して色街へ通っているなど、微塵も疑わないのだから。

 着替えを終え、バルコニーから何気なく中庭を見下ろすと、そこには見慣れた白銀の甲冑があった。騎士団長ガウェイン。今日から現場に復帰したようだった。

「あら、ガウェイン様……」

 傍らに控える侍女のアンナが、心底ほっとしたように胸をなでおろす。

「良かったですわ、聖女様。ガウェイン様、こうして背筋を伸ばされている姿を見ると、やはりこの国の平和の象徴だと安心いたしますわ」

 アンナの言う通り、遠目に見るガウェインは完璧だった。だが、私にはわかった。部下たちの敬礼を背に受ける彼の肩が、ごくわずかに震えている。

『ヒヒッ、見てなよ。あの背負い込んだ「正義」の重みで、今にも背骨がへし折れそうだぜ。あいつ、自分の吐く綺麗な言葉の毒に当てられて死にかけてやがる』

 影の中でマナモンが耳障りな笑い声を上げる。私は無視して、バルコニーの欄干を強く握った。

(……アンナ、あなたは何もわかってないわ。あんなの、今にも崩れそうな張りぼてよ)

 その日の夜。私は再び「夜の月亭」へと降り立った。

 かつては湿った空気の漂っていた別館は、突貫工事で「異世界キャバクラ」へと生まれ変わっていた。魔法の灯りがシャンデリアのように煌めき、ベルベットのソファが並ぶ。

「さあ、見惚れるのはそこまで。今日からあんたたちに教えるのは、男の隣に座ってから、その財布の紐を魔法よりも鮮やかに解くテクニックよ」

 私は仮面をつけ、選抜した娘たちに前世の「絶対(完璧)」と呼ばれた技術を、一滴の妥協もなく叩き込んでいた。

「いい、キャバ嬢っていうのはね、鏡であり、毒であり、救いなの。相手のグラスの持ち方一つで、その日のストレスがどこに溜まってるかを見抜きなさい。肩を回せば仕事、眉を寄せれば対人、グラスを弄れば孤独よ。その『隙間』に、あんたたちの所作を滑り込ませるの」

 カミラには、ただの傲慢ではない「客を甘やかさない高貴さ」を教えた。サシャには、ただの弱さではない「庇護欲を煽る計算された震え」を教えた。

 だが、リリだけは、その二人を遥かに凌駕する異質さを放っていた。

「リリ、私の隣に座って。あんたに、究極の『同調』を教えるわ」

 私は彼女を客席に座らせ、自ら客を演じて対峙した。わざと荒くため息を吐き、疲れ果てた男の呼吸を再現した私に対し、リリは瞬時に動いた。

 驚くべきは、その速度ではなく「音」だった。彼女がボトルを手に取り、酒を注ぐ。その一連の動作に、一切の『雑音』がない。衣服の擦れる音さえも、私の呼吸のリズムに完璧に調和している。

「……リリ、今、何を考えて私の隣にいるの?」

「何も。あなたが吐いた息の深さを計り、その呼気が戻るタイミングに合わせて腕を動かしただけです。感情があると、どうしても動作に『揺らぎ』が出ます。無になれば、あなたのリズムを完全に支配できる」

 リリは淡々と答える。彼女にとって接客は、慈愛でも奉仕でもない。ただ男という生き物の脆弱なポイントを突く「作業」なのだ。感情というノイズがないからこそ、私が教える毒を最も高濃度で抽出できてしまう。

『おいおいラブリンコ、とんでもねえ化け物を育てちまったな。こいつには「心」がない。だからこそ、相手の欲しい「心」を完璧に偽造できる。……お前よりよっぽど質が悪いぜ、このガキは』

 マナモンの囁きに、私は背筋が寒くなるのを感じた。

 そんなレッスンの最中だった。入り口が騒がしくなり、ベアトリーチェが合図を送ってきた。下を覗き込むと、そこには白銀の甲冑を纏ったままのガウェインが立っていた。

「……今日は、リリはいないのか」

 彼は案内しようとした他の娘を制し、冷たく言い放つ。リリが不在だと知ると、絶望を背負ったまま踵を返し、帰ろうとした。

 私を、あるいは聖女という概念を拒絶し続けてきた、最高級の獲物。

 私は仮面の奥で、獲物を追い詰める捕食者の笑みを浮かべた。

「……いいわ、リリを出しなさい。ただし、今まで通りの接客は禁止よ。今夜、あの高潔な騎士様に、本物の地獄と極上の嘘を教えてあげるわ」


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