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レベル1のキャバ聖女は、愛で魔王を殺せない  作者: しばいぬ


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第11話 選定

 広いホールに集まった数十人の娘たちは、困惑と嘲笑の入り混じった空気に包まれていた。私が提示した「キャバクラ」という未知の概念。直接的なサービスをせず、会話だけで男から金を巻き上げるという話は、この街で体を張って生きてきた彼女たちには、あまりにも現実味のないお伽話に聞こえたのだろう。


 「さて、どうしようかしら……」


 私は仮面の奥で呟き、彼女たちの反応を観察した。


 現状、まともに私の話を聞こうとしているのは、どこか切羽詰まった表情の数人だけだ。新しいことを始めるには、あまりに人手が足りない。だが、全員がこの仕組みを理解する必要はないのだ。


「いい、勘違いしないで。これは強制じゃないわ。今のまま、泥を啜るような夜を続けたいなら、どうぞお戻りなさい。……でも、もし少しでも今の自分を変えたいと思うなら、無条件で受け入れてあげる。失敗しても、元の仕事に戻るだけよ。損はないはずじゃない?」


 私の挑発に近い勧誘に、まず三人の娘がおずおずと手を挙げた。技術も自信もないが、今の生活から抜け出したい一心なのだろう。


「……いいわ。あなたたち三人は採用。まずは『お酒の作り方』から教え直してあげる」


 だが、店を支える看板にするには、まだ「毒」が足りない。私は、冷ややかな目で見守る主力グループに視線を向けた。

「カミラ。あんたも残んなさい」


 鼻で笑って背を向けていた大柄な美女が、不機嫌そうに振り返った。


「はあ? 私にそんなお遊びに付き合えって言うの? 今のままだって私は一番稼いでるのよ」


「だからよ。あんたのそのパワープレイ、あと何年持つと思ってるの? 無理して声を張り、無理して客を圧倒する。……本当は、その強気な仮面を剥がしてくれる誰かを待っているんじゃない? あんたの持つ『女王様』の素質は、力技じゃなく『焦らし』でこそ輝くわ」


 カミラは一瞬、言葉を失った。見透かされたことへの怒りよりも、正体を言い当てられた衝撃が勝ったようだ。


「……勝手に決めつけないでよ。でも、あんたがそこまで言うなら……ちょっとだけ覗いてあげてもいいわよ」


 プライドを捨てきれない返答だが、これで「華」は確保した。


 続けて、私は視線を隅へ向けた。おどおどと指を絡ませ、今にも泣き出しそうなサシャを見つける。


「サシャ、あなたもキープよ。その怯えは、教え方次第で男の守護欲を煽る最強の武器になる」


 最後に、私は柱の影で退屈そうに爪を整えている少女の前で足を止めた。周囲から「給料泥棒」と罵られ、仕事をしない女と蔑まれている地味な少女だ。


「リリ」


 呼ばれた彼女は、ゆっくりと顔を上げた。その瞳は鏡のように私の仮面を映すだけで、光を一切通さない。


「……何か、御用でしょうか」


「あなた、客を愛してないどころか、この世界のルールそのものを信じてないわね」


「……お言葉ですが、私はただの不器用な女ですよ。皆様のような華やかな才覚はありませんわ」


 リリは教科書通りの守ってあげたくなる少女を演じてみせた。だが、その指先は完璧に静止している。私はベアトリーチェに顔を向けた。


「ベアトリーチェ。あの子の過去を教えて。平和ボケアガペの住人とは、あまりに色が違いすぎるわ」


 ベアトリーチェは一度リリを見やり、短く問いかけた。


「……リリ、いいわね?」


 リリは唇の両端をわずかに吊り上げ、仮面の私を見据えたまま答えた。


「どうぞ、お好きに。剥ぐような肉も、分けるような思い出も、あいにく持ち合わせてはおりませんから」


 その不敵な承諾を受け、女将は声を潜めて語り始めた。


「あの子の故郷はここじゃないわ。他国で、それも戦時下の泥沼の中で、奴隷として過ごした過去があるの。明日をも知れぬ命のやり取りの中で、男の喉笛をいつ掻き切るかだけを考えて生きてきた……。愛なんて甘っちょろい光が届かない地獄で、生き抜くために毒を煮詰めてきた子よ」


 影の中から、マナモンが低く囁く。


『ひゅう、いい度胸だ。弱者のフリをして、内側じゃ本物の牙を隠し持ってやがる。こいつは捕食者だぜ、ラブリンコ。どこかのお前にソックリじゃねえか』


(ええ、そうね。だからこそ、あの子じゃないとダメなのよ)


 高潔すぎる騎士ガウェインが、この店に通い詰めている理由。それは、アガペに疲れ果てた彼が、リリの纏う絶対的な虚無の中に、唯一の安らぎを見出しているからではないか。


「決まりね。サシャ、カミラ、そして希望者のあなたたち。それと……リリ、あなたは私の一号生よ。あなたが隠し持っているその毒を、最高の夢としてパッケージしてあげるわ」


 リリは初めて、仮面の奥にある私の本性を探るように目を細めた。


「……その夢、高くつきますよ? プロデューサーさん」


 不敵な笑みを返し、私は夜の月亭の新たな幕開けを確信した。

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