プロローグ 虚飾の女王
シャンパンタワーが光を集め、グラスの泡がきらめいていた。華やかな音と光は、私が長年勝ち取ってきた成功の証だ。
私はこの店のナンバーワン、愛川林檎。
SNSの総フォロワー数1200万人を誇るキャバ嬢インフルエンサー、『ラブリンコ』の方が馴染みが深いかもしれない。
活動のきっかけは、お店の販促として始めたコスプレがバズったこと。そこからコラボ、プロモーション、メディア出演へと広がり、恋愛リアリティーショー出演でピークに達した。
最高の集客と話題性を生み出す私は、『ラブリンコ』というブランドになったのだ。
そんな私の目の前には、片膝を付く男性の姿があった。
リュウガは年商1000億を売り上げる大企業のCEOだ。私のチャンネルで生配信される今日の公開プロポーズは、私がキャバ嬢として、彼の心に寄り添い導き出した最高の接客の成果であり、私たちの集大成だ。
彼への恋愛感情は確かにある。でも……私は本当にこれを望んでいたのかな?
心にはほんのわずかな虚無が浮かんでいる。愛や幸福感に偽りは無いけれど、ほんの少し滲んだ打算の心が主張を強めてくる。
配信の同接試聴数が10万を超え、頃合いとばかりにリュウガが私の手を取った。
「俺と結婚してください」
陳腐で甘美なセリフがリュウガの唇から滑り出したその瞬間……
──ガチャンッ!!
と、フロアの隅で、何かが激しく砕け散る音が響く。最高の見せ場でのミスに、一瞬で場の空気が凍り付く。
私は幸福を体現したままの表情で、騒ぎの元凶へと視線を走らせた。どんなに優秀なスタッフだって、ミスは起こり得る。
(ミスをどうリカバリーするか? ハプニングさえも感動に変える、最高の「愛」の脚本を即座に書き直す──)
スタッフたちの視線はバックヤードに向かっていた。そこから異質な人影が現れた。フードを目深に被った。小さな人影だ。
「おい、警備! 何してんだよ!」
リュウガが叫ぶ。フードの人影はその言葉をきっかけに加速する。リュウガは私の前に立ちはだかるどころか、恐怖で顔を歪ませながら、ソファの後ろへと無様に飛び退いてしまった。
私の注意は、フードがずれて見えた犯人の顔に釘付けになった。そこにいたのは、良く見知った顔だった。
「なんで、あなたがこんなことを?」
思考する間もなく、犯人は私の懐に入り込んでいた。
胸元に走る冷たい感触……それはすぐさま焼けるような熱に変わっていく。胸に突き刺さった刃が、心臓を確実に破壊しているのを感じる。
「……あ、死ぬんだ、私」
あまりにもベタベタで、呆気ない幕切れだった。
私はモニターに視線を移した。配信は停止されていなかった。それはそうだ。スタッフには『何があっても配信を止めないように』と、釘を刺していた。皮肉にも醜態としか言いようがないトラブルのお陰で、視聴数は20万に手が届きそうになっていた。
モニターに映る私は……うん……悪くない顔をしている……
こんな時にこんな事を考えているのは、正直寂しいけれど……それが私なんだな……
同時に意識が急速にホワイトアウトしていく……
美しく散れたかな?
これはこれで悪くない最後だったのかも……
……あれ?
私の人生って何だったの?
幸せの頂点のはずだったよね?
こんな虚しい終わり方でいいの?
結局は孤独だったんだね。孤独なプロ意識。それが、私をナンバーワンとして生かし、ブランドにしてくれた。
そしてそれは、今死んだのだ。
なんて滑稽で、なんて、孤独なプロなんだろう。
享年三十二歳。虚飾の女王・愛川林檎の物語は幕を閉じた。




