第七話 ――初めての20才姿の兆し
雨の夜がようやく明け、病室には柔らかな朝の光が差し込んでいた。
窓に残る雨滴が、まだ湿った街の匂いを運ぶ。59才の姿の福田朋広は、ゆっくりと目を覚ます。体の痛みは残っているが、胸の奥で何かが静かにざわめくのを感じた。
「……おや、なんやこれ、新しい機種か?」
天然に呟きながら手元のスマホを操作する。昨日の事故のことは、まだ朧げな夢のようで、思い出せない。原付やスマホは、雨で壊れたはずなのに、まるで何事もなかったかのように元通りだ。
雨音はまだ窓を叩いていた。柔らかな光としずくが、病室の壁にゆらゆらと模様を描く。そんな中、病室の扉がゆっくりと開く。
「福田はん、大丈夫どす?」
明るい京都弁とともに現れたのは、高瀬みのり。黒髪をひとつに結んだ、21才の女性だ。制服ではなく、私服の姿が自然で、近所の知人が心配に来た、そんな雰囲気が漂う。
「おお、みのりちゃんか。わざわざ悪いなぁ」
「そんなん気にせんでええよ。向島で倒れはったって聞いたら、そら心配しますやん」
気さくな笑顔に、朋広は思わず頬を緩める。
「甘いもんとか、いるか?」
「はは、気持ちだけで充分や」
短いやり取りの中にも、自然な安心感が漂った。
そのとき、扉の隅から小さな声が聞こえる。
「……あ、あの……し、失礼します……」
控えめに足を踏み入れた少女の胸元には「桐生さくら」と書かれた名札が光る。黒い制服の上着にリボン型チョーカー。震える手で、朋広のスマホを差し出した。
「おお、わざわざありがとうなぁ」
「い、いえ……お返し、だけ……」
さくらの声はか細く、表情も読み取りにくい。みのりが横から興味深そうに覗き込む。
「えらい可愛らしい子やなぁ。福田はん、知り合い?」
「いや、初めて会った思うわ」
答えながらも、朋広の胸に微かな違和感が走る。
(……なんやろ? 聞いたことあるような声や……)
記憶は霧のように流れ、手の届かないところに消える。
さくらが去ると、みのりがぽつりと言った。
「なんや、儚げな子やったねぇ。ええ子そうやけど」
「せやなぁ……」
雨上がりの空気と共に、静かに病室を満たすのは微かな桜の香り。朋広は、無意識に胸元の蕾のような感覚を確かめる。
その瞬間、原付やスマホに微かに桜模様の光が反応した。ぼんやりとした光は、主人公にはまだはっきりと見えない。しかし、読者には何か特別な力の兆しとして伝わる。監視者は息を潜め、静かに見守る。
「この者に核を……」
声なき声が夜明けの光を震わせ、倒れた影に触れた瞬間、通常は装具に融合するはずの力の一部が、なぜか原付とスマホに流れ込む。
監視者も思わず息を飲む。
「人に融合するとは……」
日常の中に潜む小さな奇跡。その兆しを、まだ59才姿の朋広は気づかない。天然な性格と鈍感さが、善意の行動を自然に導く。
しかし読者には、後に起こる変身や桜の力、ハーレム要員たちとの繋がりの伏線として、静かに響く場面となった。




