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四十三話 ──夜風に揺れる桜の兆し

夜の伏見区は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っとった。街灯の明かりが濡れたアスファルトに反射して、道がほんのり光る。その中を、福田朋広はゆっくり歩いていく。手足の麻痺はあるけれど、杖も使わず、自分の足で一歩一歩確かめるように進むのが日課やった。


「ふぅ…夜の空気は、なんか心落ち着くなあ」

そう独り言ちつつ、スマホを手にとる。最近、なんとなく画面の光がぼんやり桜色に見える気がする。いや、気のせいやろ…と思いつつも、朋広は小さく首をかしげた。


団地の裏路地を抜けたとき、微かに誰かの気配を感じる。薄暗い街灯の下で、すれ違った少女。距離はわずか数メートル。互いに目が合う…けれど、すぐに視線は逸らした。

「ほほぅ…偶然って、こんなもんかいな」

心のどこかで胸が少し高鳴るのを感じつつ、朋広はそのまま歩き続ける。


原付のカバーの上で、わずかに桜色の光が揺れる。スマホも同じく、画面に淡い光の筋が走る。本人は気づかんが、善意と偶然の出会いが、微かなパワーを生んどるんや。


小さな路地を曲がった先、空に浮かぶ夜桜が、風に揺れる。その光景に、朋広はふと足を止めた。

「桜…もう咲き始めとるんか?」

しとしとと降った雨の跡に、夜風が花びらを揺らす。ほんのりとした光が、何かを知らせるように、団地と街灯を染めた。


遠くで、誰かの小さな声が聞こえた気がした。しかし、振り向いても誰もおらん。

「まあ…ええか。見えんもんも、気にせんとこ」

そうつぶやきつつ、朋広は夜の街をゆっくりと歩き続ける。読者にだけ、監視者の視線がその背中を追っていることをほのめかしながら――。



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