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四十一話 ──小さな声と、届かぬ自覚

商店街を抜け、

川沿いの遊歩道に差し掛かったときだった。


「いたっ……!」


しゃがみ込む小さな影があった。


小学生くらいの女の子が、

転んで膝をすりむいて泣きそうになっている。


ランドセルは大きく歪み、

教科書が芝生に散らばっていた。


朋広は、

迷うことなく駆け寄る。


「おっと、大丈夫か?」


少女は涙目で顔を上げた。


「……うん。でも、いたい……」


「そら痛いわなぁ。ちょっと見せてみ?」


手つきは慣れていた。

自分が身体を壊してから学んだ

“無理をさせない扱い方”が自然に出る。


ポケットから

消毒用の小さなスプレーと絆創膏を取り出す。


「ほら、じっとしとき。しみへんようにするさかい」


ぷしゅ、と傷口に優しく吹きかける。


少女は目をぎゅっとつむるが、すぐ表情が緩んだ。


「……いたくない……!」


「そらよかった」


絆創膏を貼り終えると、

散らばった教科書を拾い集め、

ランドセルのひしゃげた金具を軽く整えた。


少女は、ぽつりと言った。


「ありがとう……おじ……」


言いかけ、失礼かもしれないと躊躇する。


朋広は笑って頭を撫でた。


「かめへんかめへん。気ぃつけて帰りや」


少女の顔がぱっと明るくなる。


その瞬間――

読者には見える“桜の粒子”が、

少女の髪飾りへふわりと流れ込む。


桜色の反応は淡く、小さな光。

本人には全く分からない。


ただ、少女は胸の中に

「なんだかあったかい気持ち」を残した。


朋広はその正体を知らない。



川沿いを歩きながら、

スマホがまた震えた。


《善意反応──増幅:+1》

《対象:不定(幼)》


「……なんやねん、これほんま。

 変なアプリ入ったんちゃうか……?」


とぼやきながら通知を閉じる。


彼が気づかない背後のベンチには、

影がひとつ腰掛けている。


風のように輪郭が揺れるその存在は、

誰にも見えない。


――善意、安定。

――欠片、順調に増加中。

――変身可能域:ゆるやかに上昇。


影は言葉なき声を落として消えた。


朋広は気づかない。

ただ、膝の違和感を確かめながら歩き続ける。


「……今日は、なんや調子ええな」


それは、

彼が知らない“蓄積”が

確実に形を取りつつある証拠だった。


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