第1章 第4話:桜影の静寂 IV
夜の街は静かに雨に濡れていた。街灯の柔らかな光が水たまりに反射し、ゆらゆらと揺れている。
福田朋広は、何の気なしにその街を歩いていた。胸の蕾が、微かに光を帯びている。本人はまだその変化に気づいていないが、夜の静けさにほんのりと温もりを添えていた。
路地の片隅で、小さな少女が荷物を落として困っている。朋広は自然に駆け寄る。
「大丈夫か?」
柔らかい関西弁が雨音にかき消されそうになりながらも、声は確かに届く。少女は驚き、そしてわずかに安堵した表情を浮かべる。胸ポケットに刺繍された自分の名前をちらりと見て、心が小さく揺れる。
通りの向こうでは、遠くから誰かの視線を感じる。誰なのかは分からない。ただ、街全体の空気が微妙に動く感覚だけが残る。偶然の出来事に交わる人々の存在が、夜の街をほんの少しだけ色づけていた。
衣装に薄く映る桜模様が、微かに光を放つ。胸の蕾とともに、変化の兆しを静かに示していた。まだ大きな変化は起きていない。しかし、この夜、この静かな街角での出来事こそが、やがて大きな運命の連鎖を呼ぶ序章であることを、誰も知らない。
桜の蕾は、静かに、そして確かに色づき始めていた――。




