三十一話 ──雨上がりの微光
朝の通勤ラッシュが過ぎた街路は、まだ湿った空気に包まれている。
福田朋広は原付を停め、ゆっくりと歩道を進む。手足の鈍さはあるが、心地よい疲労感と共に、街の匂いが鼻をくすぐる。
歩道のベンチで、白鳥つむぎが小さな声でつぶやくように独り言を言っている。
「今日も……頑張らなあかんなぁ」
朋広は自然と足を止める。
「ええ声やな……一緒に行くか?」
軽い声かけに、つむぎは驚きつつも少し安心した笑みを浮かべる。
その時、街灯の影にほんのり光る桜模様が揺れる。
原付のライトに反射して微かに光る桜の色、スマホの画面にも淡い桜色の光が瞬く。
朋広には気づかぬまま、読者にはこの光が何を意味するのか匂わせる。
「……信号変わるなぁ」
天然に呟く朋広の背中に、監視者の視線が静かに注がれる。
「この者には……まだ気づかせる時ではない」
声なき声が夜の名残を揺らし、核はさりげなく力を分け与える。
街角を曲がると、水瀬ほたるがクラブ帰りらしい姿で立ち止まる。
雨上がりの光が濡れた髪に反射し、彼女の輪郭が柔らかく浮かぶ。
朋広は自然に手を差し伸べ、支えるように彼女を誘導する。
その所作だけで、核の一部が微かに反応し、世界の善意の一端が広がっていく。




