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二十九話 ──雨上がりの橋
雨がようやく止み、雲間から夕日が差し込む。
福田朋広は、向島の小さな橋をゆっくりと渡る。手足の感覚はまだ鈍いが、風を受けて深呼吸するその姿には自然な安心感が漂う。
橋のたもとで、小さな子どもが迷子になって泣いていた。
「大丈夫や、こっちおいで」
朋広は自然と手を差し伸べる。子どもは安心したように腕を絡め、橋の反対側へ導かれる。
傍らには、近くの図書館帰りらしい如月ほのかが佇む。
「福田はん……ほんま、ええ人やなぁ」
彼女の瞳に浮かぶ小さな笑みが、静かに読者の心に残る。
雨上がりの水面に、橋の欄干越しに微かに桜模様が揺れる。
原付やスマホに宿った微光は、まだ主人公には認識できない。
しかし見守る存在――監視者は、静かにその動きを見届ける。
橋を渡りきった朋広の背中には、自然に人を助ける空気と、微かに桜色の兆しが漂っていた。
その姿を、偶然居合わせた近所の人々が目にして、ほんの一瞬、心を温める。
小さな善意が積み重なり、桜の力は少しずつ、確かに世界に息を吹き返し始めている。




