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二百五十四話ー 月待庵の夜と淡い光
深夜の和喫茶《月待庵》。柔らかい照明が店内を包み、夜の静けさが漂っている。福田朋広はいつもの席にノートを広げ、ペンを走らせた。外の雨音が窓を打ち、店内の静寂にリズムを刻む。
カウンター奥で、白鳥つむぎがグラスを整理していた。朋広が軽く声をかけると、自然に短時間20才姿が発動。手足が滑らかに動き、つむぎの作業を手伝える体になる。
「おっと、落とすところやったな」
つむぎは少し目を見開き、すぐに控えめな微笑みを浮かべる。桜模様の光が手元から舞い上がり、店内の空気に柔らかく溶け込む。理由を語る者はいない。ただ光が揺れるだけだ。読者だけが、この揺らぎが装具の反応であることを察知できる。
「ありがとう…」
つむぎが小声で返し、作業を続ける。朋広は「また原稿に戻ろか」と自然に呟き、ノートに目を落とす。
店内の隅で別の女性がちらりと視線を送る。そのわずかな揺らぎに桜の光が少し増す。夜の《月待庵》は、善意の連鎖と桜模様の光に包まれ、物語の歯車がひそやかに回り続けていた。




