二十五話 ──交差点の微光
向島の商店街を抜け、福田朋広は小さな橋の手前で足を止めた。
空にはまだ雲が残り、路面には雨の名残の光が反射する。
「……今日も平和やな」
独り言のように呟き、視線を下げると、川沿いの歩道に落ち葉が散らばっていた。
その瞬間、小さな騒ぎが前方で起こる。
自転車に乗った少年がハンドルを取られ、傘を落としそうになっていた。
「おおっと!」
自然に駆け寄る朋広。少年の自転車を支え、傘を拾い上げて渡す。
「ありがと、おじさん!」
笑顔で去る少年を見送り、朋広も静かに頷く。
橋の向こうから、何かが光る。
それは遠くの屋根の上、シルエットのように見える女性の姿。
黒い羽根飾りの髪留めが光に反射して一瞬だけ目立つ。
(……誰やろ……?)
気になるが、今は放っておくしかない。
同時に、原付とスマホに微かに光が揺れる。
昨日の夜の余韻のように、桜の模様がぼんやりと浮かび上がる。
本人にははっきり見えず、あくまで街の光景の中に溶け込む程度。
商店街の角を曲がると、向かいから一人の女性が歩いてくる。
「福田はん?」
黒髪を一つに結んだ私服姿、高瀬みのりだ。
「お、みのりちゃんか。今日も出歩きか?」
「ちょっと買い物ついでに、様子見に来ただけどな」
二人は軽く会話を交わす。
その背後、橋の向こうのシルエットは静かに見守る。
読者には、誰かが遠くから朋広を見ている気配が匂わされるが、本人は気づかない。
小さな善意の積み重ねが、この街の空気に微かな温もりを残していく。




