二十三話 ──小さな奇跡の朝
窓から差し込む朝光に、病室の空気は静かに温まる。
福田朋広はベッドに座り、まだ鈍い痛みに眉をひそめつつも、手足を軽く動かして感覚を確かめる。
「……ほう、思ったより動かせるやん」
天然の関西弁が自然と零れる。体は59歳の感覚のままだが、心はどこか青年の軽やかさを帯びていた。
目の前のスマホに目をやる。昨日の事故で壊れたはずの原付もスマホも、まるで新品のように修復されている。
「……なんや、ほんまに直っとるやんか」と、ぽつり呟く。
病室の扉が再び開く。
「福田はん、朝ごはん食べはった?」
柔らかい京都弁の声と共に現れたのは、みのり。
「うん、ちょっとまだ腹減ってへんけど、気ぃつかってくれておおきに」
「そんなん気にせんでええ。倒れはったと聞いたら、ほっとけへんやんか」
そこへ、扉の端から小さな影が顔を出す。
制服姿の少女――桐生さくら。
「こ、これ……落としてはったんで……」
両手で差し出すのは、朋広のスマホ。首元のリボン型チョーカーが微かに揺れる。
雨の名残か、わずかに桜色が反射するようにも見える。
みのりが興味深そうに覗き込み、
「福田はん、この子、知り合い?」
「いや、初めて会う子や」
朋広は微笑みながら答えるが、胸にわずかなざわめきを感じる。
原付のキーとスマホに目を落とすと、微かに揺れる桜模様が、今後起こる物語の兆しのように静かに存在していた。
(……今日もいろいろあるんやろな……)
無意識にそう思いながら、朋広は立ち上がる。
この朝の静けさの中、まだ誰も知らない奇跡が、ゆっくりと動き始めていた。




