二十二話 ──雨上がりの邂逅
朝の光が病室の窓から差し込み、雨に濡れた街はまだ静かに輝いていた。
福田朋広はゆっくりと目を覚ます。体にはまだ鈍い痛みが残るが、思ったよりも自由に手足を動かせることに気づき、ほっと息をつく。
「……ほう、今日の調子は悪うないな」
天然の関西弁が、かすかに部屋の静けさに溶ける。体の感覚は59歳のままだが、なぜか心は青年の軽やかさを覚えていた。
ベッド脇のスマホに目をやる。通知が光るわけでもなく、ふと画面を触ると、破損していたはずの原付とスマホは、まるで新調されたかのように元通りだった。
「……なんやこれ、新しい機種か?」と、ぽつり呟く。
そのとき、病室の扉がそっと開く。
「福田はん、大丈夫どすか?」
明るく優しい京都弁が、朋広の耳に届く。顔を覗かせたのは、向島のコンビニ店員・高瀬みのり(21)。
黒髪を一つに結び、普段着姿で立つみのりは、近所の知人が様子を見に来たかのような自然さだった。
「おお、みのりちゃんか。わざわざ悪いなぁ」
「そんなん気にせんでええよ。倒れはったって聞いたら、心配しますやん」
そこへ、扉の隅から控えめに顔を出す少女がいた。
制服姿の小柄な影。名札には「桐生さくら」と記されている。
「こ、これ……道に落ちてて……」
両手で差し出されたのは、朋広のスマホだった。
「おお、わざわざありがとうなぁ」
「い、いえ……お返し、だけ……」
さくらの声はか細く、微かに震えていた。首元のリボン型チョーカーが揺れ、雨の反射か、ほんの一瞬、淡い桜色が光る。
みのりが興味深そうに覗き込む。
「えらい可愛らしい子やなぁ。福田はん、知り合い?」
「いや、初めて会った思うわ」
胸に微かな違和感を覚えながらも、朋広はそう答える。
雨音が静かに病室を満たす中、二人の女性が残した短い時間は、まだ始まったばかりの物語の余韻を静かに漂わせていた。
ベッド横の原付のキーとスマホに目を落とし、頬を緩める朋広。胸の蕾が、微かに桜色に揺れるような感覚が、彼の日常に小さな変化の兆しを告げていた。




