第二十話 ──病室に差し込む春光
病室に朝の光が静かに差し込み、雨上がりの匂いが微かに混ざる。
朋広は寝返りを打ち、まだ鈍く残る痛みに眉をひそめる。身体の自由は完全ではないが、手元のスマホと原付が元通りになっていることに気づく。
「……おや、なんやこれ、新しい機種か?」
天然に呟きながらスマホを操作する。通知の画面には、普段とは違う便利なアプリの案内がちらりと見える。
雨はまだ止まない。窓に落ちる水滴を眺めながら、朋広は深く息をつく。
(ほんま、いろいろあったな……)
そこへ、扉がそっと開いた。
「福田はん、大丈夫どす?」
明るい京都弁とともに顔を出したのは、向島のコンビニ店員・高瀬みのり(21)だった。黒髪を一つに結び、制服ではない私服姿。自然に様子を見に来た近所の人のようだ。
「おお、みのりちゃんか。わざわざ悪いなぁ」
「そんなん気にせんでええよ。倒れはったって聞いたら、そら心配しますやん」
気さくで誰とでも話せるみのりに、朋広は自然と笑みを返す。
「甘いもんとかいる? コンビニで買うてきますえ」
「はは、気持ちだけで充分や」
そのとき、扉が少し開き、控えめな声が聞こえる。
「あ、あの……失礼します……」
慎重に入ってきたのは、制服姿の少女だった。
胸元の名札には、桐生さくらと書かれている。
「こ、これ……道に落ちてて……」
差し出されたのは、朋広のスマホだった。
「おお、わざわざありがとうなぁ」
「い、いえ……お返し、だけ……」
声は小さく震えているが、誠実さが滲む。
みのりが横から覗き込み、ぽつりと呟く。
「えらい可愛らしい子やなぁ。福田はん、知り合い?」
「いや、初めて会った思うわ」
さくらが頭を下げると、首元のチョーカーが揺れ、雨の反射でほんの一瞬、桜色に光った。
朋広もみのりも気づかない。しかし読者だけには、昨日の夜に起きた不可思議な出来事の名残として匂わせられる。
雨音が静かに病室を満たす中、朋広の胸に微かに芽生える桜の蕾は、まだ理由も分からず、未来への小さな予兆として揺れていた。




