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百七十四話 — 月待庵・早朝の書き物 —
早朝の月待庵は、まだ静寂に包まれている。
外の街灯は雨上がりの路面に柔らかく反射していた。
朋広はノートPCを開き、執筆の続きを始める。
「さて…今日はどこまで書こか」
背後で小さな光が揺れた。
桐生さくらの首元の桜装飾が淡桜色で、ふわりと弾む。
朋広が椅子を少し引くと、光が小さく跳ねた。
さくらは微かに会釈し、静かに奥の棚へ歩いていく。
*
窓際の席では、朝霧こはるが資料を整理している。
スマホチャームの桜が薄桃色に光り、わずかに脈打つ。
朋広が書類を手渡すと、光が小さく揺れる。
こはるは視線を資料に戻すだけだった。
*
カウンター奥では、鴉谷りつがカップを手に座る。
首元のピック型ペンダントが濃桃桜色に光り、微かに揺れた。
朋広が椅子を戻すと、光がふわりと弾む。
*
店内に漂う三色の桜の光——淡桜、薄桃、濃桃桜——
揺れはわずかに重なり合い、空気全体に静かに広がる。
朋広は文字に集中し、独り言をつぶやく。
「……なんや、今日は身体が軽い気ぃするなぁ」
誰も気づかない。
ただ桜の光と揺らぎだけが、静かな早朝の店内に残った。




