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百七十一話 — 団地10階・深夜の階段室 —
団地10階の階段室は、わずかに外気の匂いを含んだ静寂が漂っていた。
朋広は手に郵便物を持ち、階段を降りる。
「今日も長かったな…」
踊り場で、かすかな光が揺れる。
桐生さくらの首元の桜装飾が淡桜色で、静かに弾む。
朋広が落ちた封筒を拾い手渡すと、光は小さく跳ねた。
さくらはうなずき、奥の廊下へ歩いていく。
*
踊り場の反対側、花房るりが本を抱えて立つ。
扇子ストラップが白桃色に揺れ、朋広が掲示板を整えると光が一瞬弾む。
「落とさんようにな」
るりは小さく頷き、書類に視線を戻す。
光は揺れ続ける。
*
さらに奥では、雛菊ゆらが指輪を握りしめ立っている。
薄紅色の桜が波打つように光った。
朋広が階段の扉を閉めると、光が小さく揺れ、廊下全体に微かに広がる。
*
三色の桜の光——淡桜、白桃、薄紅——が階段室に漂い、
中心に沿って静かに揺れ続ける。
朋広は手すりを握り、足元を見ながらつぶやく。
「……なんや、身体が軽い気ぃするなぁ」
誰も気づかない。
ただ桜の光と揺らぎだけが、静かな夜に残った。




