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百六十八話 — 月待庵・閉店後の静けさ —
月待庵の閉店作業が終わり、店内は静寂に包まれていた。
朋広はノートPCを片付け、椅子を整える。
「さて…今日はこれで終わりやな」
そのとき、背後で小さく光が揺れた。
桐生さくらの首元の桜装飾が淡桜色でふわりと揺れる。
朋広が椅子を戻す際に少しぶつかると、装飾の光が小さく跳ねた。
さくらは静かに頭を下げ、そのまま厨房の奥へ歩いていく。
*
窓際の席には朝霧こはるが資料を整理している。
スマホチャームの桜が薄桃色に光り、わずかに脈打つ。
朋広が書類を手渡すと、チャームの光が一瞬弾む。
こはるはすぐに資料に視線を戻す。
*
奥のカウンターには鴉谷りつが座り、カップを手にしている。
首元のピック型ペンダントが濃桃桜色に光り、微かに揺れた。
朋広が椅子を戻す音に、ペンダントの光がふわりと弾む。
りつは無言で視線を戻す。
*
店内に漂う三色の桜の光——淡桜、薄桃、濃桃桜——
光は微かに重なり合い、中心に沿って揺れる。
朋広は手元の文字に目を落とし、独り言をつぶやく。
「……なんや、今日は身体が軽い気ぃするなぁ」
誰も気づかない。
ただ桜の光と揺らぎだけが、深夜の店内に静かに残った。




