05 記憶の眠る地
___夕日が天窓から射し込む研究塔の最上階。
その美しい景色に目をくれることもなく、ジュリオはいつも通り研究に勤しんでいた。
目の前には、フェリスの羽から抽出した魔素がフラスコ瓶が浮かんでおり、瓶中の淡いシアンブルーの光を放つ液体は、まるで呼吸でもするかのように、泡を途切れず発生させていた。
ジュリオ「…魔素濃度は前回の3.6倍。安定化傾向にある。これは、フェリス自身の魔力制御が向上しているということだね。」
ジュリオは淡々と記録を取りながら、窓の前で夕日に照らされながらまどろんでいるルドに視線をやる。
ルド「フェリスの方が成長が早いな。お主、焦らんのか?」
ジュリオ「焦る?僕は研究者だよ、ルド。結果が出るまでの過程が面白いんだ。それにサンプルは多ければ多いほどいいからね。」
にこりと微笑み、羽ペンを走らせるジュリオ。その姿に、ルドは「ふすっ」とため息をつく。
ルド「そう言うとは思っていたが…。ところで、フェリスはどこに行ったのだ?」
ジュリオ「ルドがうたた寝をしている間にこの部屋の中を散策し尽くして、資料室に入っていったはずだよ。いないかな?」
フェリス「いるわよ!」
ジュリオたちの会話が聞こえていたらしいフェリスは、資料室へ続く扉の向こうから声を響かせる。
ルド「全く自由な奴だ…。」
フェリス「そんなことないわよ。初めての場所は見て回りたくなるものでしょう?」
ルドの言葉に反応するように、フェリスは資料室から出てきて、ふわりとルドの頭上に降り立った。そして、じゃれるようにしてルドの頭をつんつんと小突く。
フェリス「人間、今日も研究かしら?さっきはしていなかったじゃない。」
ジュリオ「うん、少しだけね。昨日のデータを取り終えたら終わりだよ。さっきのもある意味研究だよ。資料をまとめていただけだから、研究の中でも地味な作業に映りがちだけど、欠かせない作業だからね。」
ジュリオが穏やかに答えると、フェリスは羽を広げ、窓の外を見つめた。
フェリス「…セレーヌの空は綺麗ね。でも、私の知ってる"光"とは違うわ。」
ジュリオ「君の知ってる光?」
ジュリオはフェリスのこぼした何気ない一言に首を傾げる。
フェリス「そう。リュミナルの光。あの場所の空は、もっと柔らかくて、もっと深いの。まるで、空のその先まで見えてしまいそうな、無限に見えるような空。」
少し物寂しそうに、物思いに耽るかのように、空に思いを馳せるフェリス。フェリスの見つめる光の先には、ジュリオとルドには皆目見当もつかない。
___時は遡る。
フェリス「私を連れて行って、リュミナルに。」
ジュリオ「リュミナル…、まさかあの禁忌の地のことを指している訳では無いよね?」
フェリス「そう、禁忌の地と今は呼ばれているのね。ウルフ、流石にあなたも名ぐらいは知ってるわよね?」
ルド「無論だ。神々が最初に地に降りた場所、そして封印された都市。…だが、今は王国によって立入禁止区域に指定されている。…一応聞くが、サンシッチェ王国の郊外都市リュミナルで違いないな?」
フェリス「えぇ、間違いないわ。」
フェリスは自信満々に言いのけたが、ジュリオとルドの顔には影が落ちている。
ここセレスティア学園があるのは、ディルモンド王国の首都セレーヌ。サンシッチェ王国はセレーヌから遥か南方に位置する。
そして、郊外都市リュミナルにはサンシッチェ王国の国民すらもその近郊には近付かない。しかし、その地は"最後の楽園"とも呼ばれ、神々が人に知識を与え、力を授けた最初の場所とされる。
現在は半ば滅び、霧に包まれた研究禁止区域となっている。
ジュリオ「でも、リュミナルは立入禁止区域なわけだから、少し厳しいとは思うよ…?」
フェリスはその言葉に、ほんの一瞬だけ寂しそうな笑みを浮かべた。
フェリス「ええ、でも、あの場所は私の"故郷"でもあるの。」
その言葉に、ジュリオの記録を取る手が止まる。
ルドは驚いたようにフェリスを見つめる。
ルド「故郷、だと…?お主、いったい何者なのだ?」
フェリスはその問いには答えず、静かにジュリオの方へ向き直る。そのシアンの瞳が、確かにジュリオを捉えた。
フェリス「ジュリオ。あなたにお願いがあるの。改めて言うわ。私をリュミナルへ連れて行って。」
その声はいつになく真剣で、ジュリオはわずかに息を呑んだ。
ジュリオ「…理由を聞いても?」
フェリス「あなたならきっと知りたがると思っていたわ。」
フェリスはやっとルドの頭上からおり、机上、ジュリオの目の前に光の粒子を舞い散らせながら着地した。
そして、まるで過去の記憶を一つ一つ紡ぐようにして静かに語り出した。
フェリス「リュミナルには、"神の記憶"が眠っている。そこには、私が封印される前に見た、神々の最後の夢があるの。」
その言葉に、部屋の空気が一瞬にして張りつめた。




