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02 住処


 最上位聖従魔は、神の眷属に最も近い存在とされる。しかし、それでもなお"神の従魔"と呼ばれる存在は、誰にも確認されたことがない。





 ジュリオはダンジョンに訪れた日の夜、研究室の机に向かって新たなノートを開いた。


 《神の従魔に関する観察記録》


ルド「…また長い研究になりそうだな。」

ジュリオ「いいじゃないか。退屈しないよ。」


 窓の外に蒼い月が静かに輝いている。そしてそれは、ジュリオとルドの目に月が反射して映っているようにも見えた。







___翌朝のセレスティア学園。


 生徒会室の窓辺からは、淡い朝日が差し込んでいた。

 机上には、昨日ダンジョンで発見した石板の写しが。表面の一部は欠けていたが、『神の従魔』『封印』『鍵』という文字だけは辛うじて読み取ることが出来る。


リナルド「…で?まさか、また本気で潜るつもり?」


 リナルドは険しい表情でジュリオを睨みつけた。そんなリナルドには一瞥もくれず、ジュリオは涼しい顔のまま、羽ペンをサラサラと動かしていた。


ジュリオ「うん。昨日の調査は表層だけだったからね。碑文を見つけたんだけど、その続きが気になるんだ。」

リナルド「気になるくらいでダンジョンに行くのは君くらいなものだよ。」


 「俺もそう思う」とルドが即答し、リナルドはルドと目線を合わせた。


ジュリオ「人生は刺激的な方がいいと思わないかい?」

リナルド「…君も大変だね、主がこうも自由だと。」


 同情の目でルドを見つめる彼に、ルドは「フスっ」と鼻息を荒く吐いたあと、腕に顎を乗せるようにして伏せ寝した。


ジュリオ「でも、リナルド。昨日見つけたものはきっと大きな収穫だよ。それも世界を揺るがすほどのね。」

リナルド「はいはい。別に僕は付き合わないから好きにしなよ。報告と相談ぐらいは乗ってあげることにするよ。」

ジュリオ「さすが話が早いね、リナルド。」


 リナルドの心底呆れたという表情には目もくれず、ジュリオは準備を淡々と進めていく。

 そんな様子を横目に、リナルドは、自身の聖従魔である黒くツヤツヤの毛並みに斑模様が映えるパンサー、マッシミリアの頭を軽く撫でる。

 伏せをしたまま、頭を撫でられるマッシミリアは耳をピクピクっと動かすものの、主からの愛情表現を心地よさそうに受けいれた。


リナルド「結果は追って報告して。」

ジュリオ「あぁ、もちろんだよ。」


 その瞬間、ジュリオはクスリと小さく微笑んだ。

 冷たくあしらっている様で愛情があり、無関心のようで結果は追う。ジュリオにとってそれは、リナルドを好む理由のひとつになるには充分だった。







___3日後


学園郊外の森にある、崩れたダンジョンの入口。既に国から派遣されたらしい調査団が開拓したであろう痕跡が、そこかしこに散らばっていた。

 ジュリオとルドはそれらを避け、別のルートを選択した。


ジュリオ「うん…魔力反応は微弱だけど、まだ奥に続いているみたいだね。ルド、風の流れを読めるか?」

ルド「東側の湿気が薄いな。そっちに道があるのだろう。」


 ルドの声に誘われるように、石壁に目を向ける。


ジュリオ「東側…っ、これかな、。」


 目を凝らして観察をすれば、不自然に感じられる僅かな亀裂を見つける。亀裂自体は小さく目立ちにくいものだが、その壁にだけ、あまりにも亀裂が密集しすぎているのだ。

 手を添えると、淡い群青色の光が微かに漏れる。ジュリオに呼応するように光る魔法陣。それは"聖従魔"について研究を続けているジュリオにとっては馴染み深い、封印解除の魔法陣である。


 ルドの瞳が同調し、空間全体に群青の光が広がっていく。程なく、壁が音もなく崩れ落ち、冷たい空気が流れ込んだ。


ジュリオ「…すごいな、ルド。このダンジョン、まだ動いているよ。」

ルド「いや、このダンジョンの場合、まだ生きている、が正しいかもしれんな。」







___崩落した壁の先。


 奥に進むほどに空気は澄み、壁は石から土へと変化をしている。

 これを不思議以外の何物だというのだろう。


ジュリオ「…このダンジョンはどうなっているんだ?初めて見る草花ばかりだし、こんなに美しい色の魔法石も初めて見る。」


 ここにしか自生していないであろう植物も、魔法石も、所狭しと空間を埋めつくしている。

 通路を抜けると、そこには小さな泉があった。天井から、氷柱のように垂れ下がる土に、水晶のような魔法石たち。

 澄んだ水面には、淡い桃色に光る花びらが漂い、まるで月光を映すかのように輝いている。


ジュリオ「とても綺麗だね。」

ルド「あぁ、全くだ。こんな神秘的な場所が学園のすぐ側にあったと考えると、驚愕するな。」


 神秘的な美しさを堪能する一方で、ジュリオの研究者としての目は鈍っておらず、瞳にはこのダンジョンの主とでも呼ぶべき生物を映していた。


ジュリオ「魔力反応はあるみたいだね。…あの生物、あるいは__ 」


 泉の中央から、何かを飾るためかのように縦に、そして尻窄まりな形で伸びた土。

 そこには、小さな生き物が浮かんでいた。それもただ浮いているのだ。微動だにせず、飛んだままの状態で封印されたかのように。


 ジュリオは何かに引き込まれるようにその生物に歩を進める。そしてダンジョン(その生物)もジュリオを受け入れるように水面に見えない道を作り出した。

 学者としては、現状維持をしないということは、後世に残されるはずであった知識を奪うこと、神や先祖たちの遺した歴史や厚意を無下にすることである。

 それを心得ているジュリオでも、触らずにはいられなかった。その生物にだけは。


 ジュリオが触れた途端、硬く、生物の形をした魔法石とも取れるそれがキラリと淡く光った。それも束の間、眩いほどの光が泉を、その空間全てを包み込むように輝いた。


ジュリオ「…っ、!?」

ルド「ジュリオ、!」


 泉の外から様子を見守っていたルドは慌てたように声を掛けたものの、身体がピタと制止されたように動かなかった。


 光の中、ジュリオの手に触れられた生物は、 パキパキパキと全身に、否、正確には全身を覆っていた魔法石のような何かにヒビが入り、それらが剥がれ落ち、静かに目を開く。

 澄んだシアンブルーの瞳。その瞳の奥に宿るのは魔獣のそれらとはまた違う、"確かに意思"だった。


 シアンブルーの透き通るような羽は、所々シルバーの毛を含んでいる。

 ファサファサと優雅に飛び、ジュリオの広げた両の手に留まる。尾の長い毛が手の甲を擦れて擽ったさを覚える。


 見た目はさながらイーグルのようであったが、些か小さい。全長は30cmといったところだろうか。

 しかし、ジュリオは違和感を覚えた。


ジュリオ「まさか…聖従魔?」

ルド「いや、違うな。しかし、それに限りなく近い。」


 ルドからの返答にジュリオは微笑んだ。そして、落ち着いた声でそれに語りかけた。


ジュリオ「…君、うちに来るかい?とは言っても、学校なんだけどね。」


 未知の魔獣は小さく鳴いた。魔獣と同じシアンブルーの光が鮮やかに弾け、ルドはわずかに目を細めた。


ルド「家族が増えたな。」

ジュリオ「あぁ。良いことだね。帰って落ち着いたらみんなにも紹介しよう。」

ルド「…その前に学校に申請しなくてはならないのではないか?」

ジュリオ「…失念していたよ。思い出させてくれてありがとう、ルド。」


ルドは少し擽ったそうに微笑んだ。


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