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前編

「王宮騎士団がどれほどのものか偵察に行ってくる」

 侍女が読んでいた小説の一文『我が国最強の王宮騎士団』というのが気に障ったらしく、二歳上の姉が王宮騎士団に入団すると言って家を飛び出していったのは一か月前。そんな姉が早々に帰ってきた。

「王宮騎士団の奴らは皆クズばかりだった」

 姉は若い女性を一緒に連れ帰ってきたのだが、王宮騎士たちがその子に酷いことをしたらしい。

「しかも、最強を名乗るなど烏滸がましい。辺境伯である父より強い奴など一人もいなかった。あんなところに長居する意味はない」

 我が国最強だと王宮騎士団が名乗っていないと思うけどな。小説に書いてあっただけだし。それに、父より強い男はそういないだろう。そのうち、辺境伯領最強の名は俺が受け継ぐ予定だけどな。


 正直、姉にはもっと長く王都にいてもらいたかった。男装した姉はとても格好良いので、世の女性を虜にしてしまうのだ。俺に婚約者がいないのも姉のせいだと思っている。

「それはエーリックが不甲斐ないせいだ。私のせいにするな」

 姉はそう言うけれど、俺の周りにいる若い女性は皆頬を染めて姉を見つめている。しかも、話かけられたと思ったら、姉に手紙や贈り物を渡して欲しいと言うんだ。俺だって姉に懸想しているような女と結婚などしたくない。そうこうしていると、知らないうちに二十歳になってしまった。四歳上の長兄は二十歳で結婚して二人の子持ちだと言うのに。

「はぁ」

「エーリック、ため息などついていると幸せが逃げるぞ。悩みがあるなら、この優しい姉さまが聞いてやってもいい」

 誰のせいだと思っているのか。それにしても、姉に鍛えられまくられた記憶はあるが、優しくしてもらった記憶は全くないけど。お陰で強くはなったな。


 姉が連れ帰ったのはルシールという名の十八歳の女性。小柄でとても可愛いのだが、男性恐怖症気味だった。化け猫の精霊みたいなやつに魅了の力を勝手に与えられたそうで、王子を含む高位貴族から迫られ、その後魅了封じの腕輪を付けられると、魅了が解けたそいつらに寄って集って詰られたらしい。

 姉からは彼女に近寄るなと言われていた。大柄な俺は威圧感があって怖がらせるとのこと。威圧感なら母の方が上だと思うけどな。最強と呼ばれる父でさえ、母には頭が上がらないのに。

 納得はいかなかったけれど、ルシールを怖がらせるのは申し訳ないので、ある程度の距離より近づかないようにしていた。しかし、なぜか彼女の姿が目に入る。


 姉はルシールを侍女にしたかったらしいけど、家事は得意だからと家事使用人になった。

 裕福な男爵令嬢だったらしいので、家事労働は大変だろうと思っていたが、手際よくこなしている。姉が言うには、王子を魅了した罰として、厳しい修道院へ入れられ、下働きのようなことをさせられていたとのこと。ルシールに罪はないのに、ひどい話だ。


 ルシールが我が家に来た当初は暗い顔をしていることが多かったが、三か月ほど経つ頃には明るくなって笑顔も見せるようになっていた。姉が言うように王都から離れたのが良かったみたいだ。

 でも、秋も終わりになり、段々と寒くなってきた。辺境伯領は王都より気温の低い。慣れない寒さの中で家事労働をするのは辛いだろうなと心配になる。


 急に寒くなったのでルシールが風邪をひいてしまうのではないかと心配していると、俺の方が熱を出してしまった。喉が痛くて水を飲むのも辛い。風邪をひくなんて子どもの時以来だ。

 我が家では『風邪をひくなど鍛錬が足らん』とか『風邪など寝ていたらそのうち治る』とか言われて優しくなんかしてもらえない。

 仕方がないのでのどの痛みを我慢して水だけ飲んで、とりあえず自分の部屋に行きベッドに潜り込んだ。熱のせいか眩暈がして、妙に落ち着かない。

しばらく目をつむっていると、コンコンと遠慮がちにドアを叩く音がする。

「入ってくれ」

 誰か心配で見に来てくれたのかと思っていると、ドアを開けたのはルシールだった。

「熱があると伺いました。喉が痛いのではありませんか?」

 ドアから顔だけ出しておずおずと聞いてくるルシール。

「確かに喉がすごく痛い」

 姉に聞かれると弱音を吐くなと怒られそうだが、痛いものは痛い。

「あの、林檎のすりおろしに蜂蜜を入れたものをお持ちしたのですが、召し上がれますか?」

「俺に作ってくれたのか? 食べられると思う」

 そう答えると、笑顔を見せて部屋に入ってきた。そして、ベッドの脇で膝をつく。

「どうぞ」

 そう言ってルシールは林檎のすりおろしが入ったスプーンを差し出してきた。食べさせてくれるのか? 死ぬほど喉が痛くても我慢する。

 俺が口を開けると、林檎と蜂蜜の甘酸っぱい味が口に入ってくる。思ったほど喉は痛くなくて、すっと通っていく。いつしか完食してしまっていた。


「弟が良く熱を出して、喉が痛くて何も食べられないと言うのです。そのとき、これを作ってあげると、不思議と食べられると喜ぶのですよ」

 ルシールが懐かしそうに弟の話をしている。だから、つい訊いてしまった。

「父上の男爵位と領地は元に戻り、君の勘当も取り消されたと聞いた。家には帰らないのか?」

「以前、お前など娘とは思わないと父に怒鳴られたことがあって、顔を合わせづらいから」

 ルシールが辛そうに俯く。

「一人で会うのが不安なら、俺が一緒に行ってやるよ。俺は強いから旅の護衛もできて便利だぞ」

 思わずそんなことを言ってしまったのは、熱のせいに違いない。

「エーリック様、お気遣いありがとうございます。いつか同行をお願いするかもしれません。でも、今はぐっすりとお休みくださいね」

 そう言って毛布を喉元までかけてくれるルシールが女神のように光り輝いて見えたのも、熱のせいかもしれない。

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短編から来ました 弟から漂う濃厚な脳筋の気配……
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