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ANGST  作者: SON Novels
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DIE GESCHICHTE GEHT WEITER

しかし、心の奥底にある不安は、完全に消えることはなかった。久美子を失った悲しみと、「彼ら」の存在が残した痕跡は、私の中に深く刻まれている。小屋の窓から見える夕日には、どこか不穏な影が潜んでいるように感じることもある。


それから数ヶ月が経った。春の訪れとともに、久美子を埋葬した桜の木が満開になった。風が吹くたびに花びらが舞い上がり、まるで彼女の魂がこの地を守っているかのようだった。しかし、夜になるとその美しさは薄れ、代わりに不気味な静寂が私を包む。夢の中ではまだ、「彼ら」の世界を彷徨い続けている。


ある晩、私は奇妙な夢を見た。夢の中で久美子が現れた。彼女は以前と変わらない姿で微笑んでいた。しかし、その背後には暗闇が広がり、無数の目が私を見つめていた。


「誠一さん、まだ終わっていないわ」と彼女は言った。


目覚めた時、汗まみれだった。心臓が激しく鼓動し、息が荒い。久美子の言葉は何を意味しているのか?「終わっていない」とは?


翌日、健太と美咲が訪ねてきた。彼らは「門」の監視活動を続けているものの、新たな異変が起きていると言う。


「先生、最近いくつかの場所で『門』が再び開き始めています」と健太は言った。


「どういうことだ?」私は驚きを隠せなかった。「門は閉じたはずだろう?」


「その通りです。しかし、『彼ら』の影響が完全に消えたわけではありません。一部の場所では空間の歪みが再び観測されています」と美咲が補足した。


「つまり、『彼ら』はまだこの世界に影響を与えているということか?」


健太は頷いた。「はい。そして、その中心地と思われる場所があります。それは…先生の研究室です。」


研究室。その名前を聞いただけで胸が締め付けられる。あそこには悪夢しか残されていない。しかし、それでも向き合わなければならないという思いが湧き上がる。


「戻るしかないということか…」私は呟いた。


健太と美咲は装置を改良し、新たな方法で「門」を封じる準備を進めていた。しかし、その方法にはリスクが伴うという。


「今回の装置は非常に強力です。しかし、それを使用することで『門』だけでなく、その周囲の空間にも影響を与える可能性があります」と健太は説明した。


「つまり…研究室そのものが消滅する可能性もあるということか?」


「はい。その危険性があります。しかし、それ以外に方法はありません。」


しかし、その静寂の中で、私はふと気づいた。十分だと思ったはずの心が、どこかで微かにざわついていることに。久美子の笑顔を思い出しながら目を閉じたその瞬間、胸の奥底に眠る疑念が再び顔を覗かせた。


本当にこれで終わりなのだろうか?


久美子を失い、「彼ら」の侵入を防いだことで世界は平穏を取り戻しつつある。しかし、私の中にはまだ「彼ら」の影が残っている。悪夢は去ったと言い聞かせていたが、実際にはそれはただ表面上のことだったのではないか。深層では、あの存在たちが私を見つめ続けているような気がしてならない。


森の小屋での日々は静かだった。春になり、小屋の周りには桜が咲き誇り、久美子を埋葬した場所に植えた桜も美しい花を咲かせていた。その桜を見るたびに、彼女との最後の会話が頭をよぎる。「きれいな夕日」という言葉と共に、彼女が変わり果てる直前の姿。それは私にとって永遠に消えない記憶となった。


しかし、その平穏も長くは続かなかった。


ある夜、私は再び夢を見る。夢の中で私は暗闇の中を歩いていた。無限に広がる異形の風景。その中心には巨大な裂け目があり、その向こう側には無数の目が私をじっと見つめている。目から発せられる光は不気味で、私の体を貫くような感覚を与えた。


「門は閉じたはずだ...」


夢から目覚めた瞬間、私はそう呟いた。しかし、その言葉には確信がなかった。何かがおかしい。何かがまだ終わっていない。


翌朝、小屋の外で鳥のさえずりを聞きながらコーヒーを飲んでいると、健太と美咲が訪ねてきた。彼らはいつも通り明るい表情だったが、その背後には微かな緊張感が漂っているように感じた。


「先生、お久しぶりです」健太が言った。


「どうしたんだ?」私は尋ねた。


美咲が口を開いた。「実は...新しい『門』が見つかったんです。」


その言葉に、私の心臓は一瞬止まりそうになった。「新しい『門』?どういうことだ?」


健太が続けた。「完全に閉じたと思われていた場所から、新たな歪みが発生しています。それも...以前より強力なものです。」


「そんな馬鹿な...装置は正常に作動しているはずだろう?」


「はい、それでもです。」美咲の表情は真剣だった。「私たちはすぐに調査する必要があります。」


私は椅子から立ち上がった。「場所はどこだ?」


「先生の研究室です。」健太が答えた。


その言葉に、全身から血の気が引くような感覚を覚えた。研究室は崩壊し、「彼ら」が侵入する可能性は完全に封じられたと思っていた。しかし、それでもなお、新しい歪みが発生しているという事実。それは、「彼ら」が完全には去っていないことを示していた。


数日後、私は健太、美咲、そして村上と共に再び大学へ向かった。封鎖されていた研究棟跡地には瓦礫しか残っていないように見えた。しかし、その中心部には異様な空気感が漂っていた。まるで空間そのものが震えているようだった。


「ここです。」健太が指差した場所には、小さな裂け目のようなものが浮かんでいた。それは肉眼ではほとんど見えないほど微細だったが、その周囲には異常なエネルギー場が広がっていることを感じ取ることができた。


「これまでよりも小さいですが...」美咲が言った。「この裂け目から漏れ出しているエネルギー量は計り知れません。」


村上が拳銃を握りしめながら周囲を警戒している。「また『彼ら』が現れる可能性もある。慎重に行動しよう。」


健太と美咲は装置を設置し始めた。その装置は以前よりも改良されており、小規模な裂け目にも対応できるようになっていた。しかし、その設置作業中にも不安定な空気感は増していった。


突然、地面から低い振動音が響き渡る。そして、その音と共に裂け目から黒い影のようなものが漏れ出してきた。それは以前見た「彼ら」と同じような形状だった。


「来るぞ!」村上が叫び、拳銃を構える。しかし、その影は物理的な攻撃ではなく、精神的な圧力として私たちに襲い掛かってきた。


ペンダントを握りしめながら耐える私。しかし、その圧力は以前よりも強烈だった。まるで「彼ら」が進化しているかのようだった。


装置の設置と起動まであと数分というところで、美咲が叫んだ。「裂け目が広がっています!急いで!」


その言葉通り、小さかった裂け目は徐々に大きくなり始めていた。その中から漏れ出す影も増えていく。そして、それら影の中心部には巨大な存在感を持つ何かが現れようとしていた。


「これ以上広げさせるわけにはいかない!」健太が叫びながら装置のスイッチを押した。その瞬間、高周波音と強烈な光線が放射され、「彼ら」の影を押し戻す効果を発揮した。しかし、それでも裂け目自体は完全には閉じない。


「何かがおかしい...」私は呟いた。「装置だけでは足りない。」


その時、美咲が私を見る。「先生、この裂け目自体がおそらく...あなた自身と繋がっています。」


「どういうことだ?」


「先生の体内にはまだ『彼ら』の痕跡があります。それがおそらく、この新しい歪みを引き起こしている原因です。」


その言葉に私は愕然とした。「つまり、この裂け目を閉じるためには...」


美咲は静かに頷いた。「先生自身も『門』となっています。それを断ち切る方法しかありません。」


その後数時間、私たちは議論した。そして最終的に導き出された結論。それは私自身による犠牲だった。この裂け目を完全に封じるためには、「彼ら」と繋がった痕跡ごと消滅させる必要があるということだった。


村上や健太、美咲は反対した。しかし私は決断した。この世界全体への脅威となる可能性を排除するためならば、自分自身すべてを犠牲にする価値はあると思ったからだ。そして、それこそ久美子との最後の日々から学んだことでもあった。


装置によって生成されたエネルギー場。その中心部へと足を踏み入れる瞬間、私は久美子との記憶やこれまでの日々について思い巡らせていた。この犠牲によって世界全体への脅威となる可能性を排除できるならば、それこそ十分なのではないか、と自分自身に言い聞かせながら。


エネルギー場内へ完全に入った瞬間、「彼ら」の影響力とも言える圧力や歪み感覚すべて消滅し始めました。そして最終的結果としてこの新しい門自体完全封鎖されました…。


それ以降…私の意識は途切れた。最後に感じたのは、エネルギー場の中心で「彼ら」の影が消えていく感覚と、体の中から何かが引き剥がされるような痛みだった。それが終わりを告げる瞬間だったのだろう。


目を覚ましたとき、私は森の小屋のベッドに横たわっていた。窓からは柔らかな朝日が差し込んでいる。外では鳥の鳴き声が聞こえ、春の息吹を感じさせる空気が漂っていた。


「ここは…?」


私はゆっくりと体を起こした。頭はぼんやりとしていて、記憶が曖昧だった。しかし、胸の奥に静かな感覚があった。あの裂け目は閉じた。世界は救われた。それだけは確信できた。


部屋には誰もいなかった。健太や美咲、村上もいない。私はベッドから降りて窓辺に立ち、外の景色を眺めた。桜の木々が満開で、その下には久美子を埋葬した場所に植えた桜も美しく咲いていた。


「終わったんだ…」


そう呟いた瞬間、胸の奥に微かな違和感が生じた。それは痛みでもなく、不安でもない。ただ、何かがまだ残っているような感覚だった。


その日、健太と美咲が訪ねてきた。彼らは私を見るなり驚いた表情を浮かべた。


「先生…」健太が言葉を詰まらせながら続ける。「無事だったんですね。」


「どういうことだ?」私は尋ねた。「あの裂け目は閉じたんだろう?」


美咲が頷いた。「はい、完全に閉じました。でも…先生がその中心に入った後、私たちはもう二度と先生を見つけられないと思っていました。」


「どうしてだ?」


健太が答えた。「普通なら、あのエネルギー場の中心に入った人間は消滅するはずなんです。『彼ら』との繋がりごと消える。それなのに先生は…」


美咲が続ける。「戻ってきている。」


その言葉に私は混乱した。「つまり、私は死ぬべきだったということか?」


健太と美咲は黙ったままだった。その沈黙が答えだった。


その夜、小屋で一人になった私は、自分自身について考え続けていた。なぜ私は生きている?なぜ消滅しなかった?裂け目は閉じたと言っても、本当に完全に封じ込められたのだろうか?


鏡を覗き込むと、自分の顔がそこに映っていた。しかし、その瞳には微かな変化があった。左目の瞳孔に、ごくわずかな異物感を覚える。以前「彼ら」に感染した人々と同じような変色ではない。ただ、それでもなお何かがおかしい。


「まだ終わっていない…」


その言葉が胸に響いた。


数週間後、健太と美咲から連絡があった。彼らの研究によれば、「門」は完全には封じ込められておらず、新しい歪みが発生する可能性があるということだった。そして、その歪みの中心には私自身が関係している可能性が高いとも。


「先生…」健太が電話越しに言った。「もしかすると、『彼ら』は先生を通じてまだこの世界と繋がっているかもしれません。」


その言葉に私は背筋を凍らせるような感覚を覚えた。「つまり、私自身が新しい『門』となる可能性があるということか?」


美咲が静かに答えた。「はい。その痕跡は微弱ですが、確実に存在しています。」


私は電話を切り、小屋の中で一人座り込んだ。すべて終わったと思っていた。しかし、それはただの希望的観測だったのかもしれない。「彼ら」は完全には去っていない。そして、その繋ぎ止め役となっている可能性があるのは、この私自身なのだ。


それからの日々、私は自分自身との戦いを続けていた。鏡を見るたびに、自分自身ではない何かを感じることも増えていった。それでもなお、自分自身であり続けるために努力した。健太や美咲とも連絡を取り合いながら、「彼ら」の影響を最小限に抑える方法を模索し続けた。


しかし、その努力にも限界があることを感じ始めていた。


ある夜、夢を見る。その夢では再び暗闇の中を歩いている。そして、その中心には裂け目ではなく、自分自身の姿が立っている。その姿は私自身でありながら、「彼ら」の影響を受けた異形でもあった。


「あなたは門だ。」


その声は夢の中で響き渡り、その言葉と共に目覚める。


それ以降も日々、「彼ら」の影響との戦いは続いている。世界全体への脅威となる可能性は減少したものの、それでもなお完全には消えていない。そして、その中心には私自身という存在そのものが関係しているという事実。それこそ、この物語の真実なのだろう。


恐怖と平穏。その狭間で生き続ける日々。それでもなお、この世界には美しさも存在している。それだけでも十分だと思いつつも、どこかでそれだけでは不十分なのではないかという思いも拭えない。


私は窓辺に座り込みながら桜を見る。そして久美子との記憶を思い出す。その記憶だけでも、この世界で生き続ける理由になる。それだけでも十分なのだろう、と自分自身に言い聞かせながら。


しかし、その背後では微かなざわつきもまだ残っている。それこそ、この物語の終わりなのかもしれない。そして、それこそ新しい始まりなのかもしれない…。


それ以降…物語は続いている。

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