第3話 突然の連絡
『明日から学校に行くから、時間割教えてくれよ』
不登校生活を続けている、いとこ兼クラスメイトの八木駿矢からそう電話口で伝えられた。
時刻は夜の十一時を回ったところ。突然の連絡で驚きもしたけれど、特に理由は聞かない。
昔から何かと気まぐれというか自由に行動する人間だった。
正直僕と気が合うタイプではないから、親戚という繋がりで幼い頃からの付き合いがなければ、今こうして僕らが話していることはなかっただろう。
「いいけど、時々学校来てたときは勉強道具すら持ってきてなかったよな」
『ああ、でも今回は真面目に勉強しようと思ってさ』
平然とした声のトーンでサラッと言われたが、その内容に僕は少なからず動揺した。
駿矢が真剣に勉強を取り組もうとする姿勢はこれまでの人生で一度しか見たことがない。
そのとき駿矢が必死になっていたのは百合恵さんが理由だった。
「真面目に勉強って、駿矢が?」
『そう、俺が』
「…………いいんじゃないか。その、頑張れよ」
反応が薄く、無関心なように聞こえてしまったかもしれないが、実際のところは興味しかなかった。
それでも上手く言葉を返せなかったのは、自分と駿矢を比較して、言葉に窮していたからだ。
あの出来事からまだ間もない中で駿矢は変わろうとしている。
すごいな、と素直に感心した。
『別に頑張りはしないけどな。ただ、俺ここ最近真面目でさ、この前も不良に絡まれてた女子を助けたりしてた』
「なんだよそれ。どちらかといえば駿矢は不良側だろ」
このときの僕はてっきり、駿矢が努力する姿を誤魔化すために冗談を言ったのだと思っていた。
『そうかもな。ま、とりあえず学校には行くから』
「了解。やる気があるなら余計なお世話かもしれないけど、あんまり無理はしないでくれよ」
『春人もな』
そう言われ、プツリ、と通話が切られた。
胸の奥でザワザワと焦った気持ちをゆっくりとした深呼吸で落ち着かせる。
何事もなく通話が終わって良かった。
駿矢と話すのは一ヶ月程前に執り行われた百合恵さんの葬式以来だ。そのときの駿矢の表情や瞳を僕は今でも忘れていない。僕たちは決して涙を流すことはなかったけど、確かな傷を受けていた。
急に学校へ行くとか、真面目に勉強をするだとか、相変わらず行動の読めない気分屋な奴ではあるが、今回に関しては恐らく百合恵さんの死が絡んでいるのだろう。
だから突発的な行動を起こそうとする駿矢に、今回「なんで?」とは聞かなかった。
僕は今、とにかく、百合恵さんの話をしたくない。
百合恵さんが死んでから、僕の心にはぽっかりと大きな穴が空いた。そして百合恵さんのことを思い出す度に、空いた穴の奥底がズキズキと傷んだ。
百合恵さんの死を、未だに実感できていないのだと思う。その穴の埋め方が分からないまま、僕はのうのうと生きている。
そんな僕と違って、駿矢は前に進もうとしているのかもしれない。
穴を塞ごうとしているのかもしれない。
一歩を踏み出そうとする駿矢に応援する気持ちを込めて、一週間の時間割表を送信した。