表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/13

第8話 連続押し出し四球

◆◇◆


 スコアは5対8。

 9回ウラ二死からの連打で満塁とし、打席には得点圏打率8割超えの四番打者。

 マウンドには今季被安打0の絶対的守護神、しかしここまで四球が2つと制球が定まっていない様子。


 これはもう、絶対に何点かは入るに違いない。

 観客の期待が球場に満ち満ちる。

 もしかしたら、ここで逆転の……


「あ~、残念! ユキナ惜しいよぉ〜、いい線いってたけどねぇ〜。そーいうことじゃ、ないんだよね~!」


 2ストライクからの3球目、四番打者のバットをかわすように、ボールはキャッチャーミットへ吸い込まれていき……


 空振り三振―っ!!

 試合終了―っ!!


「だ……だよねー!」


 まーちゃんの言う通りだよー!

 だって、朝起きたときから昨日とまったく同じだったもんねー!

 お母さん普通にパート行っちゃったし、昨日食べたカレーも復活してるし!

 そうだよねー! 掃除じゃないよねー! 違うよねー!


 ……はあ。


 いつもの十字路で、わたしは唐揚げ弁当を手に、また天を仰いでいた。


 目の前に立つまーちゃんは、昨日と同じようにロジンバックの煙みたいなフワフワした様子だったけれど、若干渋い表情を浮かべている。

 今にも「相手のほうが何枚も上手だったな」なんて言い出しそうな監督みたいだ。


 そんなまーちゃん監督は、遠い目をするわたしに、


「でも、本当に惜しいとこ突いてるんだよ。お母さんの言ってたことを思い出したのは、アレだね。あの……ファインプレー! だね」


 と、野球好きのわたしのために、それほど詳しくない野球を例えに出して慰めてくれたのだった。

 しかも、新しいヒントまでくれて。

 危うく聞き逃すところだったけど!


「お母さんの、言ってたこと……?」

「そうそう。けっこ~大事なこと言ってるんだよね~」

「え、まじか……何だろう」


 ふむ、と考え込むわたしに、まーちゃんは真剣な顔で、


「今からでも遅くないから、ちゃんと話を聞いてみるといいよ。ユキナ、最近お母さんに生返事ばーっかりしてるでしょう」


 と言ってきた。


「……」


 うーん、図星。


 まーちゃんってば、見てきたように言うなぁ。

 確かに、今朝も話半分で「うん聞いてた」とかなんとか言って玄関で見送ってきたけど……


 まーちゃん、もしかして見てた……?

 ……まさかね。


 わたしはまーちゃんに「わかった」と頷いてから、ふと気になったことを尋ねてみた。


「もしもわたしが『何をしていないのか』思い出しても……またここに来たら、まーちゃんに会えるんだよね?」


 なんとなく、答えを知っているというまーちゃんに「正解!」って言ってもらいたい。

 というか……

 ちゃんと正解かどうか知りたい。


 けれどもまーちゃんは、わたしの確認に「うーん」と首を捻って、


「どうかなぁ……いるかもしれないし、いないかもしれないなぁ……残念だけど、あたしにもわかんないや」


 そう言って、寂しそうに笑った。


 わからないの?

 自分のことだよね?


 とは、聞けなかった。

 どうやらまーちゃんは、わたしにはわからない秘密を抱えているらしい。

 グラブの中に隠された球種のような、だれにも言えない秘密……


「そっか……」


 それなら仕方がない。

 わたしは、まーちゃんに手を振って歩きだそうとした。

 すると、


「ユキナ」


 まーちゃんが、いつになく真剣な口調でわたしの名前を呼んだ。

 そして、


「久しぶりに、たくさん話せて楽しかったよ。ありがとう」


 満開の桜みたいな笑顔で、まーちゃんは言った。


「……」


 わたしは、何も言えなかった。

 それはまるで、最後の挨拶のようだったから。


 何言ってんの、まーちゃん。

 最後じゃないよ。

 だってわたし、まだ思い出してないもん。


 また会えるよ。

 わたし、明日もここに来るんだから。

 そのときは、まーちゃんに「大正解!」って言ってもらうんだから。


 ねぇ、そうでしょう?

 わたし、ちゃんと何をしてないのか思い出すから。

 また明日、会おうよ。

 最後の3月27日の思い出にしよう。


「……」


 頭の中では、まーちゃんに話したいことがたくさんあったのに、それはどうしても声にならなかった。

 それはきっと、話し始めた途端に最後の挨拶になってしまうと、本能的にわかっていたからかもしれない。


 まーちゃんは、何も話さずホームベースみたいに動かないわたしに寂しそうに笑って、


「大丈夫。ユキナが何を思い出しても、あたしは怒ってないんだよ。ほかのことは忘れたままでもいいけど、これだけは忘れないでほしいな」


 そう言って手を振ると、十字路の角を左に曲がっていった。


「まーちゃん!」


 我に返ったわたしは、すぐにまーちゃんの後を追った。


 しかし……

 住宅街を貫く長い一本道、そのどこにも、まーちゃんの姿はなかった。



つづく

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ