第6話 三球三振三三振
◆◇◆
「これって、わたしのせいなの!?」
またもや声が大きくなってしまって、道行く人にチラチラ見られるわたし。
それを気にすることなく、まーちゃんはポカンとした顔で、
「えー? 言ってなかったっけ? そうだよー、ユキナのせいだよー」
なんて言ってのけた。
何それー……
それじゃあまるでさっきのプレーは、記録では三塁打じゃなくて二塁打にわたしの失策がついて結果的に走者三塁になったってこと……
みたいな?
「……まじか」
「うん、まじまじ」
まーちゃんの言葉は、投手の手の中で宙を舞い、またマウンドへと戻されたロジンバッグの煙のように、フワフワとしていた。
しかし、そのままグラウンド全体に流れて消えていくのかと思いきや、
「……答えは教えられないけど、ヒントなら教えてもいいみたいなんだよねー。だから、心当たりがあるなら言ってみてよ。それが原因に近いか遠いかぐらいなら、教えてあげられるから」
と、その場に漂い続けているのだった。
どうやらここは、風の影響を受けないドーム球場らしい。
それにしても、なるほど。
それはありがたい。
まーちゃんの一言のおかげで、三塁に走者はいるものの、なんとか二死までやってきた感じがする。
そうだよね……
野球は、1人でするスポーツじゃないもんね。
グラウンドには、8人の仲間がいるんだ。
まあ、8人ともわたしの分身のようなものだけど。
「心当たり、か……」
腕を組んで、必死に頭を働かせてみた。
この「3月27日がループしている」という奇妙な現象は、わたしのせいで起こっている。
だから、わたしがループの原因に気がついて、なおかつそこから何かしらの行動を起こさなければ、3月27日が永遠に続くことになる……
「……」
まずは、その問題について考えてみよう。
この現象がわたしのせいで起こっているってことは、わたしが何か「悪いこと」をしているってこと……なのかもしれない。
例えば、知らず知らずのうちにやっちゃってる「ダメなこと」がある、とか?
うーん、それって何だろう。
「……」
ここで少し、わたしの春休みを振り返ってみよう。
修了式が終わって、部活やサークルに所属していないわたしは、お金を貯めてやりたいこともないからアルバイトもせず、ただ家でゴロゴロと時間を浪費する春休みを過ごしている……
この生活の中に、時の流れを止めてしまうような「悪いこと」や「ダメなこと」はあるだろうか……
「……」
しかし、いくら考えても何も出てこない。
これといって何かした記憶はない。
それに、家には『何やらいわくつきの古時計』もなければ『なぜかめくれなくなっている日めくりカレンダー』もない。
そして、この空間自体が『だれかの夢の中』という可能性もあり得ない。
先ほどから唐揚げ弁当のいい匂いが漂っているし、袋を下げている手の指先はかじかんできているのだ。
「…………」
「いや~、長考だねぇ」
まーちゃんの間延びした声に、わたしは現実に引き戻された。
自分では気がつかないうちに、うんと長いこと考え込んでいたらしい。
「まっっったくないみたいだね、心当たり」
「……はい」
まーちゃんの一言に、わたしは見逃し三振した打者のように天を仰いだ。
2回ウラ二死満塁、せっかくさっきのピンチを抑えて迎えた大チャンス……
ああ、それなのに……!
よりによって、見逃し三振なんて!
たとえ空振りだったとしても、バットを振っていたら、何か起こっていたかもしれないのに!
何が何でも走者を帰そうという気概はなかったのか!
何やってんだよ、わたし!
「ねぇねぇ、ユキナ」
チームメイトのまーちゃんが、まだバッターボックスに立ったままのわたしを見かねて迎えに来てくれた。
ああ、中継で見たことあるやつだ……
こういうとき、ベテランが声をかけてくれるチームって、なんか良いんだよな。
ベンチの雰囲気が明るいチーム、大好き。
まーちゃんは、意気消沈したわたしをベンチに連れて行きながら、
「心当たりがないってことは、さ……そもそも、逆なんじゃないかな」
と、次の打席での作戦を耳打ちするように囁いた。
「逆……?」
「そうそう。何を『したのか』じゃなくて、何を『していないのか』ってことなんじゃないかなー。きっとユキナは、何かを忘れているんじゃないかなー。で、その何かのせいで3月27日をループしてるんじゃないかなー」
と、まーちゃんは歌うように喋って、
「まあ、ここまでだったら教えてあげられるかなー」
と付け足した。
そういえば「教えちゃいけない決まり」とかなんとか言ってたっけ。
わたしが何を「したのか」じゃなくて、何を「していないのか」ってこと……
それを、まーちゃんは知っている。
知っているけど教えられない、と……
いやそんなもん知るかーっ!
今すぐ教えてくれーっ!
と思ったけど、そういうルールなら仕方がない。
与えられたルールの中で頑張らないと。
プロなら木製バット、当たり前だよね。
「……わかった、頑張って思い出してみるよ」
キャッチャーが出すサインに頷くピッチャーのように、わたしは神妙な顔でまーちゃんに頷いていた。
するとまーちゃんは、チャンスで四番に打席が回ってきたときのファンのようにキラキラした瞳で、
「うん! 応援してる!」
と、こぶしを握った。
グラウンド整備中に打ち上がる花火みたいに眩しい笑顔に見送られて、わたしの戦いは始まった。
大切な何かを思い出す、という戦いが。
つづく