第5話 なかなおり乱闘
◆◇◆
この状況である。
わたしはもう、サギサワマート名物の『おにぎりトーナメント』のシール台に「結果発表は明日! お楽しみに!」と書かれていても、もう驚かなくなっていた。
ああ、これから発表なのかな? とか……
あれれ、忘れてる? とか……
そんなことは、微塵も考えていなかった。
お弁当コーナーで、昨日と同じポテトサラダのニンジンがはみ出した唐揚げ弁当を買い求め、大急ぎで十字路へ向かう。
そこには昨日と同じ女の子が、ひとりでわたしを待ち構えていた。
暖かそうなダッフルコートを着て、手を腰に当て、両足を開いて踏ん張っている。
けれども、眉間にぐっと寄せられていたシワは、わたしの姿を見るなり緩められた。
「あれれ? ユキナってば、昨日と違って冬コートなんだねぇ」
そう言って、まーちゃんは勝ち誇ったようにニヤリと笑った。
すべてお見通しらしいまーちゃんに、わたしは「何もかも昨日と同じなら、今日も寒いと思って」と答えたものの、決まり悪くなって目を逸らした。
……いや、そんなことできる立場じゃない。
わたしは、目の前のまーちゃんに、ぶんっと音が鳴るくらい勢いよく頭を下げた。
「昨日はごめん! まーちゃんの言うこと、何も信じようとしなくて……本当にごめん!」
まーちゃんの靴先が、視界に入ってくる。
中学生の頃に履いていたであろうローファーだ。
「……ん。わかってくれたんなら、よし。顔、上げなさい」
促されるまま顔を上げると、まーちゃんはしたり顔をしていた。
どうやら怒ってはいないようなので安心した。
けど……ちょっとイラッとする。
「ふふ……言った通りだったでしょう?」
自信満々のまーちゃんに、わたしは神妙に頷いた。
「確かにそうだけど……まさか、もうずっとこのままってこと、ないよね……?」
恐る恐る確認してみると、まーちゃんは「そうだなぁ」と遠い目をして、
「時間の流れをもとに戻す方法は……なくもない、かな」
と、呟いた。
えー……
なんだその頼りにならない一言は。
君は先発の勝ちを消してしまう中継ぎか抑えか。
でも……
方法があるなら聞きたい。
そして、それを実行したい。
わたしにできることなら、なんだってやるつもりだ。
だってそうじゃないと、いつまでも今日のまま、明日が来ない。
明日が来ないと……
「教えて! まーちゃん! わたしは、どうしたらいいの!?」
「え? ユキナってば、急にどうし」
「だって明日が来ないとプロ野球が開幕しないんだもん!!」
「……」
思わず叫んでしまった。
道行く人が昨日と同じように、わたしをチラチラ見ながら通り過ぎていく。
しまったまたやっちゃった!
身悶えるわたしだったが、まーちゃんは、
「あはははは! ユキナってば、相変わらずだねぇ!」
そう言ってひとしきり笑い、目元を拭った。
「やっぱり、三度の飯より野球が好きなんだ~」
「いやぁ、そこは小学生の頃から変わってないからね」
うんうんと頷いてから、わたしは慌てて「いやそれより!」と話をもとに戻した。
「どうしたらいいか、知ってるなら教えて!!」
わたしは、飛球に向かって思い切り腕を伸ばす外野手のように必死だった。
ボールよグラブに入ってくれ!
そんな感じで、ボールという名のまーちゃんの次の言葉を待った。
しかし、まーちゃんは渋い顔で、
「うーん……教えてあげたいのは、やまやまなんだけどねぇ……」
と言って腕を組むと、
「これは、教えちゃいけない決まりになってるんだよ。原因であるユキナが自分で気がついて、自分でなんとかしないとダメなんだって」
そう言って「ごめんね」と謝った。
ああ……
取れるはずだったボールが、あと1ミリってところでグラブに収まらず、だれもいない外野を転々としていく。
その間に、打者は快足を飛ばして三塁へ。
うーん、無死三塁の大ピンチ。
そうだなぁ……
ついさっきまーちゃんに謝って2点返したってことにすると、2回表で2対8、無死三塁か……
ああ、どうしよう!
……ん?
ちょっと待てよ……?
まーちゃん、今、何て言った?
わたしの聞き間違いじゃなかったら、さっき「原因であるユキナが」って言わなかった?
言わなかった!?
つづく