第2話 リプレイ検証
◆◇◆
その女の子は、冬物のダッフルコートを着ていた。
両手を腰に当て、両足は肩幅に開いて立ち、じっとわたしを見上げている。
明らかに不機嫌そうで、眉間にはグッとシワが寄っていた。
思わず、目を疑った。
だれなのか、すぐにわかったから。
まさか、こんなところで会えるなんて。
「もしかして……まーちゃん?」
わたしは、目の前に立つ女の子に向かって、親友の名前を口にした。
すると、
「そうだよ! 久しぶりだね、ユキナ!」
まーちゃんは、わたしを下から睨みつけて、低い声で再会の喜びを口にした。
というかこれ、喜んでいるようには聞こえないんだけど……
まったく、ちぐはぐにもほどがある。
でも……
わたしが気になっていることは、それだけじゃない。
まーちゃん、なんでこんなところにいるの?
そう聞いてみようとしたのだが、そこでまーちゃんが「ごめん」と口を開いた。
「いろいろ聞きたいことはあると思う。でもね……今は、それどころじゃない。もっと大事なことが起こってるんだよ」
まーちゃんはそう言うと、わたしの顔を穴が開くんじゃないかと思うほどじっと見つめてきた。
いやいやいや、まーちゃんがここにいること以上に大事なことなんて、ないと思うけどなぁ。
わたしが首を傾げて待っていると、
「あたしは、ユキナに教えに来たんだよ。今日……3月27日が、延々とループしてるってことを」
と、まーちゃんは真面目くさった顔で言った。
「……は?」
思わず大きな声が出た。
道行く人が不思議そうにわたしを見て、足早に去っていく。
わあ恥ずかしい……
って、いやいや、待て待て。
それどころじゃない。
まーちゃん、今、何て言ったの??
え??
3月27日が、ループしている??
それって、今日だけじゃなくて、昨日も一昨日も、その前日も3月27日だってこと??
えええ、ちょっと待ってよ……
そんなことって……
「ぶっ」
わたしは、まーちゃんの真面目くさった顔を前に、思わず吹き出してしまった。
「もう、まーちゃんってば何言ってんの? そんなの、マンガやアニメの世界じゃあるまいし、現実に起こるわけないじゃん! シンジラレナーイ! だよぉ~!」
あ~、びっくりした。
まーちゃんってば、突然現れたと思ったら、そんなよくあるSFみたいなこと言っちゃって……
それなら、まーちゃんがここにいる理由を説明してくれたほうが、まだ驚いたと思うけどなぁ。
さ、早く帰って、録画しておいた永久保存版の『リアル野球BAN』観ながら唐揚げ弁当食べよーっと。
「じゃ、わたし帰るね」
早く帰らないと、せっかく作りたての唐揚げが冷めてしまう。
わたしは、まーちゃんに手を振って歩き出そうとした。
少し冷たい気もしたけれど、唐揚げが冷たくなるほうが嫌なので、急がなければならない。
しかし、まーちゃんはわたしを呼び止めると、表情ひとつ変えずに唐揚げ弁当を指さして口を開いた。
「ユキナ、昨日も唐揚げ弁当だったよ。あたし、実はレジ横の窓からこっそり見てたの。昨日も今日も、ずーっと同じお弁当なんだよ」
と、言った。
その顔はいたって真剣で、よほど自信があるように見えた。
そう、それはまるで確信を持って審判団にリクエストする監督のよう……!
今のはアウトじゃない、絶対にセーフだ!
……なんて言い出しても不思議じゃない。
でも……
ああ、残念!
わたしは首を横に振った。
自信だけじゃ、判定は覆らない。
まーちゃんが見たという光景だけでは、3月27日が延々とループしている証拠にはならないのだ。
なぜなら……
「最近は、毎日サギサワマートのお弁当食べてるよ。だから、昨日も今日も買ってたって言われても、本当にそうだし……昨日も最後の唐揚げ弁当買えたんだ。しっかり覚えてるよ」
わたしの淡々とした受け答えに、まーちゃんは「そうなの?」と目を丸くしていたけれど、わたしは表情も変えずに「うん」と頷いた。
「……飽きたりしないの?」
まーちゃんに少し怖いものを見る目で見られても、全然平気だ。
「飽きたりなんてしないよ、だって美味しいんだもん。毎日でも平気。まーちゃんだって、小学生の頃ここの『ラーメンおかき』毎日5袋は食べていたけど、飽きないって言ってたでしょう? あれと同じだよ」
「……ああ、そう……うん、そっか……」
わたしの説明に、まーちゃんは自分を納得させるように頷いていた。
そうなんですよ、まーちゃん監督。
リプレイ検証は『確実さ』がないとダメなんです。
それがないと、判定は覆らない。
例えるなら……
9回ウラ二死一塁アウトの判定を巡ってまーちゃん監督がリクエストしたものの、リプレイ検証の結果は判定覆らず!
3アウトで試合終了!
……ってところかな。
「それじゃ、わたし帰るね」
手を振って家路を急ぐ。
そろそろ本当に帰らないと、母から頼まれている家事が時間までに終わらなくなってしまう。
そんなわたしの背中から、まーちゃんの声が聞こえてきた。
「ユキナは、明日もここに来るよ。そして、唐揚げ弁当を買って帰るところで、またあたしに会うんだよ。同じ日の同じ時間に……本当だからね」
わたしはその声に答えて、後ろ手に手を振った。
いやいや、ありえないよ、そんなこと。
3月27日がループしてるなんて。
わたしが、またまーちゃんに会えるなんて。
ありえない、絶対に。
だって、そんなことになっているんだとしたら……
それはつまり、プロ野球が開幕していないってことになるわけで……
もし、そんなことになっているんだとしたら……
このプロ野球大好き人間のわたしが、そんな世界にいて正気でいられるわけないんだから。
でも……
もしも、3月27日がループしているんだとしたら……
わたしは、明日もまーちゃんに会えるらしい。
正確に言うと「明日」ではないんだろうけど……
それでも、1回は体験してみたいかな。
まあ、ありえないんだろうけどね。
プロ野球開幕を心待ちにしているはずのわたしは、まーちゃんとの再会という夢を見せられ、ほんの少しだけ「明日」が楽しみになっていた。
ありえない、ありえない……
そう心で念じながら。
つづく