第1話 スタメン発表
◆◇◆
はあ、困った……
いったい、どうしたらいいんだろう。
空を仰げば、一羽のカモメが羽を広げて飛んでいくのが見えた。
住宅街の中、いったいどこへ行くのやら。
ああもう、本当にどうしたらいいのか……
母の推し球団は、わたしの推し球団。
だから、絶対応援するって決めてるんだ。
でも……
対戦球団の先発投手が、わたしの推し選手なんだよねぇ……!
こういうときって、どっちを応援するべきなの!?
わたしみたいなプロ野球そのもののファンにとっては、究極の選択……!
推し球団には勝ってもらいたいけど、推し選手が打たれるところは見たくない。
いや、わかってる。
こんなの、ただのワガママだってことぐらいわかってる。
けど……!
「……っくしゅ」
首を吹き抜ける寒風に、思わずくしゃみが出た。
立ち止まっているわけじゃない、ひたすら歩いているのに寒い。
今が本当に3月下旬なのか疑いたくなるくらい寒い……!
薄手の春コートなんかで外に出るんじゃなかった、せめてマフラーは巻いておくべきだった。
北海道の3月下旬がまだ冬だってこと、忘れてた。
3月下旬……正確に言うと、今日は3月27日。
待ちに待ったプロ野球開幕……の、前日。
シーズン終了から今日まで、約5ケ月……
思えば長い年月だった。
その間、いったい自分が何をして過ごしていたのか思い出せないほどに。
どうやらわたしは、プロ野球に人生のすべてを捧げてしまっているようだ。
もし、人生をやり直すことになっても……
おそらく、何も変わらないだろう。
わたしは何度だって、プロ野球に人生のすべてを差し出すに違いない。
通りの右手に、青地に白鷺の看板が見えてきた。
町内のご当地スーパー、サギサワマートだ。
安っぽい電子音とともに自動ドアが開き、条件反射のような「いらっしゃいませー」が聞こえてくる。
時刻は13時過ぎ……ちょうどお昼のピークが過ぎたところらしく、サギサワマートは思ったよりも空いていた。
さて、わたしの大好きな『唐揚げ弁当』は、まだ残っているだろうか。
近所にあるご当地スーパー、サギサワマート。
ここでしか買えない『ラーメンおかき』という駄菓子が人気で、駄菓子マニアの間ではかなり有名だと、この前テレビで紹介されていた。
店内には、サービスカウンターの中に宅配受付のコーナーがあって、ここから『ラーメンおかき』を宅配してもらうことができる。
このコーナーは、もともと『ラーメンおかき』専用の宅配サービスだったのだが、最近では誕生日ケーキを扱ったりして、手広く展開しているらしい。
残念ながら、わたしは使ったことがない。
入ってすぐ、野菜のコーナーを抜けて、つきあたりの鮮魚コーナーを右に曲がると、加工肉のコーナーに出る。
所狭しと並ぶハムやソーセージには、パッケージに地元球団の選手写真が使われていた。
どうやら、対象の加工肉を買って応募すると、抽選で野球の観戦チケットが当たるらしい。
……なるほどね。
この北海道にも、プロ野球が根付いてよかった。
まあ、わたしは母の影響で、北海道に地元球団ができる前からプロ野球が大好きだけどね。
母の推し球団と地元球団はリーグが違うから、どっちも応援できて毎日楽しい。
商品を見て歩いていると、前にいた人にぶつかりそうになった。
慌てて避けたものの、それは人ではなくて、地元球団の監督の等身大パネルだった。
選手より目立っている。
野球一色の加工肉コーナーを抜けると、食欲をそそるお惣菜コーナー!
早速、お弁当の棚でお目当てのものを物色し、唐揚げ弁当を発見。
いそいそとカゴに入れる。
最後のひとつだった、危ない危ない。
……そういえば、昨日も最後のひとつだった気がする。
衣ガシガシ系の大きな唐揚げが4個も入っていて、けっこう食べ応えのあるお弁当だ。
付け合わせのポテトサラダも手作り感があって美味しい。
カゴの中をよく見てみると、容器の中でポテトサラダの大きいニンジンがはみ出していて、唐揚げの区画に侵入していた。
昨日のポテトサラダからも、同じようにはみ出していたような気が……
作っている人が同じなのかもしれない。
近くのおにぎりコーナーを覗いてみると、サギサワマート名物『おにぎりトーナメント』が賑わっていた。
第3回は『ホタテvsシャケ』で、美味しいと思ったほうの札にシールを張っていくシステム。
今回はシールの数がパッと見てわからないくらいの接戦だ。
どうやら明日、結果発表らしい。
明日か……
残念だけど、明日はここに来る予定はない。
気になるけれど、この結果はいつ見られるかわからない。
まあ、仕方がないか。
レジに並びつつ、お弁当ひとつならカゴはいらなかったかなと手荷物のかさばりを反省する。
「お箸お付けしますかー?」
「あ、いえ、大丈夫です」
割り箸は断るのに、無料のレジ袋は是が非でももらってしまう。
安っぽい電子音と「ありがとうございましたー」に見送られ、わたしはサギサワマートを後にした。
家路を急いでいる間にも、頭の中はすでにプロ野球のことでいっぱいだ。
昨年は高卒ルーキーが活躍してて、どの球団の選手も来シーズンが楽しみだって思ったよね。
そんなルーキーたちが、家で開幕を心待ちにしつつ何にもしてないわたしと同い年なんて、シンジラレナーイ!
今年は、どんな活躍を見せてくれるんだろう。
そのうち、彼らが自分たちのチームを……
いや、プロ野球全体を引っ張っていく存在になるんだろうな。
「ユキナー。おーい、ユキナー」
彼らが活躍する頃、わたしはどこで何をして生きているんだろう。
就職して、もうこの町には住んでいないのか。
バリバリ働いているか、それとも結婚してお母さんになっているのか。
それとも……
今と何も変わらず、母とプロ野球を観る生活を送っているのかもしれない。
明日のことすらわからないのが人生だ。
未来のことなんて、わからなくて当たり前。
でも、そんなわからないことだらけの世界で、ひとつだけ確実にわかっていることがある。
それは、たとえどこにいようとも、わたしがプロ野球を観続けているということだ。
なんてったってわたしは、三度の飯よりプロ野球が
「おいこらユキナー! 村山ユキナ、大学1年生―! 大学生活最初の春休みを満喫している、プロ野球大好きなそこの19歳ー!」
先ほどからなんだか名前を呼ばれているような気がしていたけど、気のせいではなかったらしい。
サギサワマートの南出口を出て、右に曲がった先にある大きめの十字路。
その四辻の一角に、女の子が立っていた。
その子が、わたしのことを呼んでいたようだ。
つづく